アムカの傷跡
世の中は東日本大震災で大変なことになっているが、
我が家も長女が重症の気管支炎で大変なことになっていた。

早めに病院に行って薬を飲ませていたのだが、
咳と鼻水がなかなか止まらず、10日目ぐらいに発熱。
いつもは元気な長女もさすがにぐったり。。。

肺炎の一歩手前だということで、点滴をしてもらい、
翌日も点滴してようやく少し症状が落ち着いてきた。

元気な時は生意気なことを言ったり、なにかと腹がたつことも多いが、
いつもはばくばく食べる長女がひとくちふたくちしか食べなくなり、
ソファーでじーっとしている姿は、見ていてとてもツラかった。

長女は細かいところまでよく気がつく娘だ。

以前、私の手に小さな傷ができているのを見つけて、
「これ、どうしたの?痛かった?」と聞いてきたことがあった。

それはほんとに小さなどうってことない傷だったのだが、
その時ふと思った。

私の左腕にはアムカの傷跡が残っている。
長女はいつかこの傷にも気がついてしまうんだろうか・・・。

母親が自分で自分の腕を切り刻んでいたことを知ったら、
長女はどれだけ悲しみ傷つくだろうか・・・。

きれいなものや可愛いものが大好きな長女。
そんな長女にとってこの醜い傷跡がきれいに感じるはずがない。

以前私はこの傷跡を、自分が病気と闘ってきた証拠なのだと思っていた。
何も恥じることはない、頑張った証なのだと・・・。

でも、それは違った。
これは、闘ってきた証じゃない。
私が病気に負けてきた証なのだ。

病気に飲み込まれ、負けた数だけ私は傷を残してきた。
なんとも情けない、みっともない傷だ。

私は心の中で長女に誓った。

どんなにツラくても、もう自分の体に傷はつけない。
長女が喜んでくれるような、きれいなお母さんになろう・・・と。

アムカをしなくなってどれぐらいたっただろうか。
2年か・・・3年か・・・もう覚えてもいない。

きれいな腕には戻らないが、もうこれ以上傷が増えることもない。
長女が私をアムカから救ってくれたのだ。

私は長女に何をしてあげられるだろう・・・。
病気で苦しんでたって、ただ見ていることしかできない。

医者でもなければ弁護士でもない、政治家でもない。
地位も権力も知識もない、なんともちっぽけなただの母親。

だけど、ただそこにいるだけで安心できるのは私だけなのだろう。
抱きしめるだけで心が安らぐのは私だけなのだろう。
世界にたった1人しかいない、長女の母親。

だから私はただ寄り添い、枕元で髪をなでる。

元気になったら、また公園に行って自転車に乗ろう。
一緒にお買い物にも行こう。

お母さんははずっとここにいるよ。
絶対いなくなったりしないからね。
安心してね。
【2011/03/23】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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