先日また旦那とケンカになった。
長男に対する旦那の態度や発言に不快感を感じたので注意をしたら、 旦那は逆ギレした挙げ句にだんまり。 かと思えば、翌日手のひらを返したように謝ってきた。 なんなんだろう・・・? なんでいつもこの人はこういうふうにしかできないのだろう・・・? ずっと前から疑問に思っていたことだが、ふとしたことで確信した。 旦那は間違いなく病んでいる。。。 旦那も私と同様まともな家庭では育っていない。 だから理想の家庭像も、目指すべき父親像も持っていない。 そして何よりも「自分」というものが確立されていない。 「ありのままを受け止めてもらう」という経験を持たず、 否定的な言葉や攻撃的な言葉ばかりを聞かされた結果、 ついつい人のいいなりになってしまう習慣が身についてしまったのだろう。 ただ、そのことに気がついても私はどこか見て見ぬふりをしていた。 そこには「病気を発症しているかどうか」という大きな壁があったから・・・。 過去にパニック障害になったことがあるとはいえ、今は完治しているし、 私に比べたら仕事にも行けて体力もあって、かなりまともに生きている。 だからどうしても「しっかりしてくれよ!」と思う気持ちが強かった。 もっと父親らしく・・・もっと一家の大黒柱の自覚を持って・・・と。 ただ、よくよく考えてみたらそれは無理な話だ。 旦那も私と同じで子供の頃に時間が止まってしまっている。 昔の私が明るくて手のかからない子を演じていたのと同じように、 旦那も長い間、お気楽で悩まない子を演じてきたのだ。 それが旦那にとって唯一の生き延びる方法だったのだろう。 そして今もその仮面をかぶり続けている。 旦那には生きる場所がないのだ。 自分のすべてをさらけ出し、ありのままの自分でいてもいい場所。 心を開放できる場所が、旦那にはないのだ・・・。 私は、「しっかりしろ!」と怒鳴りつける前に、 ありのままの旦那を受け入れる努力をしなければいけなかったのかもしれない。 子供たちの子育てと同じように、他の家庭と比べたりせず、 理想にもとらわれず、ただひらすら受け止める努力を・・・。 旦那も子供、私も子供。 そんな2人が結婚して、4人の子供を育てている。 この家には子供しかいない・・・。 子供の最大の魅力ってなんだろ? それはくだらないことでも笑えるってことだ。 難しいことなんかわからなくたっていい。 できないことがたくさんあってもいい。 毎日笑えていれば、それでいい。 そんなふうに思ったら肩の力が抜けた。 ようやく心の置き所が見つかった・・・。 |
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