私はうつ病のひどかった頃まったくテレビを見ない時期があったが、
回復し始めた頃にアニメ「NARUTO」だけは見ていた。 このアニメは本当によくできていて、登場人物1人1人にとても深いドラマがある。 忍者の話なのだが、現在に通じるものもたくさんあり、 孤独、怒り、悲しみ、憎しみ、生きること・・・様々なことを考えさせられる。 下手なアカデミー賞映画なんかより全然素晴らしい。 その中でも私は我愛羅という登場人物に共感し、 このブログでもガアラというハンドルネームを使っている。 実験的な兵器として生まれ、愛に餓え、孤独に苦しめられ、 他者を殺すことだけが己の存在を証明することになってしまった彼だったが、 様々な出会いの中で少しずつ心が変化していく。 以下、「NARUTO疾風伝」での我愛羅の言葉(一部省略あり) 「待っているだけでは、もっと大きな苦しみにまた襲われる。 努力し、自ら切り開くしかないんだ。 1人っきりの孤独な道に逃げず・・・。 この里につながり、生きるために 努力し、他者から認められる存在になりたい。 他者とのつながり・・・ 俺にとってそれは憎しみと殺意でしかなかった。 しかし、あいつがそこまでして言うつながりとは何なのか、 今頃になって俺にも少しわかったことがある。 苦しみや悲しみ、喜びも 他の誰かと分かち合うことができるのだと・・・。 あいつは俺と同じ苦しみを知っていた。 そして生きる道を変えることができることを教えてくれた。 俺もいつか誰からも必要とされる存在になりたい。」 うつのど真中にいてはこの言葉の本当の意味はわからないだろうと思うし、 反感すら覚えてしまうかもしれない。 だけど、回復した時にきっとこの言葉の意味がわかる。 自分の中の「過去」とどうやって向き合っていけばいいのか・・・。 時間のある方はぜひ第1話から「NARUTO」をご覧になってみてください^^ ⇒「おじいさん」へつづく |
人とのつながり
昔はたくさん友達もいたし、次から次へと新しい人間関係も出来ていました。
それが、うつ病だった3年間で激減し、いまはごく少数の友達しかいなくなってしまいました。 回復してきたといってもまだ新しい人間関係を結ぶ気力は出ないしで、まだまだ昔のような訳には行きません。 でも、最近、すごく人とのつながりを渇望している自分がいるんですよね。 孤独に逃げることなく、信頼感で結ばれている人とつながっていたいです。 うっちーさんへ
私も今までサークルに入ってみたりあれやこれやとやってきましたが、なぜかいつもしっくりいかなくて・・・
なんというのか、どこにいてもそこが自分の居場所という感じがしないんですよね^^; でも、そこできっぱり「今の中途半端な自分では無理矢理人間関係を広げようと思ってもムダだ」と開き直って家事や育児に没頭してたら、その頑張りを認めてくれる人が増えました^^ このアニメの中で言っているのですが、「愛情とは・・・自分の身近にいる大切な人に尽くしてあげたいと慈しみ、見守る心。そして心の傷を癒せるたったひとつのもの」だそうです。 明るい未来は遥か遠くにあるのではなく、自分の足元にある・・・。 信頼できる友も恋人も自分が拒絶するのをやめればきっと見えてくるのではないか・・・?と私は思いますよ^^ NoTitle
NARUTOは確かフランスでもやっていたような…ケーブルで。見たことないんですけど。いいこと言ってますね。
似たようなのでは、スナフキンかな。彼も定住できない人で、時期が来たら居心地が悪くなってまた場所を移してしまっていたんですよね。 私は対人恐怖のせいで、どうしても人と長く付き合えなくて…。自ら切り開くべく何度も努力を繰り返しているのですが、どうしても、また逆戻りをしてしまうんですね。良い時は分かち合えるのに、苦しみや悲しみは友達とは分かち合えないのです。こういう自分を変えるのは、身ひとつでこんな遠くに嫁ぐことよりも大変です。。。 やこさんへ
自分を変えるというのは本当に難しいですね。
私も楽しい時はいいのですが、 苦しいことや本当に困ってることは相談できなかったです。 裏切られるのが怖いとか、拒否されるのが怖いとか・・・ 結局は自分の自信の無さからきてるのかもしれないですが・・・。 今は、そんな自分でも助けてくれる人がいて、 声をかけてくれたり、励ましてくれたり・・・ そういう人たちを見ながら、 そうかこういうふうにされると嬉しいんだとか、 こういうふうに言ってもらえるとすごく気持ちがラクになるんだとか、 勉強させてもらってます。 すぐには変われなくてもちょっとずつちょっとずつ・・・ いつか自分を救ってくれた人たちのように、 私も誰かを救えるようになるといいなぁと思います^^ |
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