うつ病母のお弁当
うつ病になってたくさんのものを失くした。
大好きだった掃除、仕事、友達との会話・・・。

当たり前のことが当たり前にできない悔しさは相当なもので、
鉛のような体の重さはとても口で説明できるものではなくて、
普通にできる人々をただ黙って見ていることしかできなかった。

でも、そんな私がこだわり続けたものがある。

それが・・・長男のお弁当。

私がまだ仕事をしていた頃、長男は学童に入っていた。
学校が終わった後、そこで親が迎えに来るまで待っているのである。

普段は学校で給食を食べるからいいのだが、
春休みなど、学校が休みの時はお弁当持参となる。
夏休みともなれば約1ヶ月半・・・。

学童では業者に弁当を注文することもでき、利用している人もいたが、
私は一度も注文したことがない。

部屋の掃除も、料理も、「おかえり」の返事も何もできなくなった自分。
だけど、それは決して長男が嫌いになったからじゃない。
だからどうしても何かひとつ、自分の愛情を表現できるものがほしかった。

毎朝台所に這いつくばり、涙を流し、弁当を詰め続ける。
料理をすることができなくなった自分にとってこの1ヶ月半は地獄である。

だけど、たとえ冷凍食品のオンパレードでも、オシャレじゃなくても、
この弁当箱に詰めて持たせてやる・・・

くだらないこだわりだ・・・
こんなことをしても意味がない・・・

だけど、他のことが何もできなくなっても、絶対にゼロにはなりたくない・・・。

そんな生活は長男が3年生の終わり頃まで続いた。

現在は学童には行っていないので、そんなふうに長期間弁当を作ることはないが、
遠足や校外学習の時には当たり前のように私の作った弁当を持っていく。

「今日の弁当は豪華だったなぁ?」
「今度は違うおにぎりの具がいいなぁ」

長男は私の弁当作りの苦労など何も知らない。
だけど、それでいいのだ。
母親の弁当の味・・・それさえ覚えていてくれれば・・・。

私の唯一の自慢だ。


「転校のその後」へつづく
【2009/05/30】 | 長男のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
なんだか涙がでそうになりました。

私も主人の弁当つくり、鬱のときは唯一の愛情表現だったかもしれません。

あの頃は辛かった。。

何をどうしていいのか。。ただただ自分を責めました。。

【2009/06/04 14:22】 URL | りりっさ #-[ 編集] | page top↑
りりっささんへ
りりっささんも苦しかったですね。
でも、今その当時を振り返って、「そうやって頑張ったことは決して無駄じゃなかったな」ってつくづく思います。
うつは頑張ってはいけない病気だけど、頑張ることを全部やめてしまったら私はもっと自分を嫌いになっていた気がするから(^ー^)
自分がツライ時に誰かのために頑張れるってすごいことですよね。
それができるりりっささんはすごく優しい人なんですよ。
自信持ってくださいね♪
【2009/06/04 21:17】 URL | ガアラ #-[ 編集] | page top↑
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