母さん、たじたじ・・・
うつ病真っ只中で産み、うつ病真っ只中で育てた長女。
赤ちゃん時代は、満足に笑顔を向けてあげることすらできず、
こんな母親に育てられて大丈夫だろうかと心配になることも度々あった。

でも、そんな私の心配をよそに長女はすくすくと育ち、
その心の純粋さや優しさに感動されられることもたくさんあった。

そしてもうすぐ4歳。
言葉の発達を保健士にチクチク言われたのもなんのその、
すっかり口も達者になり、毎日ビックリさせてくれます。

先日、おしっこの溜まったオマルの中に虫が浮いているのを発見した長女。
「ねぇねぇお母さん、虫さんが・・・可哀想・・・

ああ・・・やっぱり心優しい長女ちゃんだわと感動したのも束の間、
次の瞬間にはなぜかペッペッと唾を吐きかけてるΣΣ(゚Д゚;)

そして一言、「やっつけといたからね

・・・お前・・・さっきまで可哀想って言ってたじゃん・・・il||li _| ̄|○ il||li

可愛いウサギさんの絵を描いていたかと思えば、その横に謎の物体。
「これは何?」と聞くと、

「兄ちゃんのウンコ

なんでそんなもん描いてんだ・・・

可愛らしくプリキュアの歌を歌い踊っていたかと思えば、

「ケツの穴?.+:。(ノ^∇^)ノ゚」を連呼していたり・・・。

なんともまぁ次から次へと面白おかしいことをやってくれます。

保育園ではいち時期鉄棒やうんていに夢中になりマメだらけ。
絆創膏がはがれようが皮がむけようが毎日やり続けるので手がボロボロ。
何がそんなに面白いんだか・・・

そして今はなぜか毎日園庭を走り続けている・・・

やりたいことが見つかるととことん突き進んでいくタイプなんだろうか・・・?
すごいど根性です。

いたずら盛りのチビ3人を育てているので毎日怒鳴ることも多いのですが、
最近では怒鳴ると長女に注意されます。

「勝手に怒ったらダメでしょ!ごめんなさいは?

悪いことをしたから怒っているのに、なんで私が謝らにゃいかんのだ??
しかも勝手にってなんだ・・・???

やりたいことをやり、言いたいことを言い、まさにのびのび育ってる長女。
時にはお姫様になり、時には極悪非道になり、
プリキュアにもなれれば星飛雄馬にもなれる、まさに変幻自在のカメレオン。

双子たちも、私に怒られた時には長女の所に行くようになりました。
泣きながら長女に抱きつくと、長女は頭をなでなで・・・。
「どうしたの?お母さんに怒られたの?ひどいねぇ?。」

そして3人揃って、こちらをジロッ

えっ・・・!?
悪いのは私っすか・・・!?

素晴らしき兄弟愛・・・( ̄∀ ̄;)
【2011/03/01】 | 長女の育児 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
双子の発達バトル
我が家の双子は二卵性で、顔も違えば性格も全然違う。
よく寝るゴルゴに、なかなか眠れないえなり。

先に笑顔を見せるようになったのはえなりのほうだった。
その頃ゴルゴは、ひたすら飲んじゃ寝、飲んじゃ寝・・・

しかしその後、先に手を使うようになったのはゴルゴだった。
えなりはおもちゃを持つ力もなく、ただ笑っているだけ・・・ウフッ

そしてその後も、笑わないゴルゴの快進撃は続き、
首すわり、お座り、ハイハイ、つかまり立ちまで、圧倒的な勝利。
えなりは、数週間から1ヶ月以上も遅れてようやくという感じ。

このままゴルゴの独走態勢が続くのかと思われたのだが、
ハイハイとつかまり立ちができるようになってから、
ゴルゴはいたずらに目覚めてしまった・・・

ハイハイとつかまり立ちさえできればどこへでも自由に行ける。
俺にはあんよなんて必要ないさ・・・┐(´ー`)┌
・・・てな感じでひたすらいたずらに明け暮れる毎日。
歩けなくても階段は上がれたりするんだよね・・・

そして、そんなことをしている間にえなりが最初の一歩を踏み出した!

おお?っ、まさかの大逆転!

つかまり立ちの時には身長差6cmの壁が大きかったせいか、
1ヶ月半近く遅れをとっていたえなり。
それなのに、ゴルゴより先に歩き出すなんてすごいぞ!

このままの勢いでぐんぐんゴルゴを突き離すのか・・・と思いきや・・・、
超慎重派のえなり・・・。

最初の一歩を踏み出してから二歩、三歩がなかなか進まない・・・。
倒れるのが怖くて、一歩足を出した位置でずっとバランスとってる・・・

一週間たち・・・二週間たち・・・三週間たち・・・。
そして気がつくと・・・

ゴルゴが走ってるΣΣ(゚Д゚;)

倒れることなどまったく気にしないゴルゴ。
まるで千鳥足の酔っ払いのごとくあっちをふらふらこっちをふらふら。
・・・つうか・・・倒れるのを楽しんでる・・・??( ̄д ̄;)

足がちゃんとついたかどうかとか、体が傾いているとか関係なし。
勢いにまかせてひたすら前に突き進む・・・
恐るべし、ゴルゴ魂。

歩けるようになってからはベビーカーではなく、
歩かせて散歩に出ることも増えたのだが、
走り回ったあげくに何度も顔面を擦りむくゴルゴ。
まったく歩こうとせず、立てば抱っこ、座れば膝の上、
万年ひっつき虫のえなり。

どっちも可愛いが・・・どっちも大変・・・┐(´-`;)┌
【2011/03/04】 | 双子の育児 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
神の存在
「うつ病と離婚」のカテゴリーを読んでもらえばわかるが、
私と元夫との結婚生活はボロボロだった。

嫁姑関係の悪化に、元夫の兄の多額の借金。
毎月の返済額は約30万・・・。
これから先どうやって生きていけばいいのだろう・・・。

人生のどん底だと思った・・・。
笑えるぐらい不幸だった。

もうこれから先、外食をすることもできなくなるだろう。
最後にもう一度だけ、腹いっぱいおいしいものを食べようと、
家族で外食に出かけた。

そして、その最後の外食をした店で財布を失くした・・・。

驚いた・・・・。
そして絶望し・・・恐怖した・・・。

もうこれ以上の不幸はない、今がどん底だと思っていたのに、
まださらにその下があったなんて・・・。

そしてそこから先も、元夫の浮気、交通事故、うつ病発症と、
私はひたすら下へ下へとどんどん墜ちていった。
どん底どころか、不幸は底なし沼だった。

私は神から見放されているのだなと思った。
いや・・・そもそも神様なんて存在しないのかもな・・・と。

神にも仏にもすがることすらあきらめ、
私はひたすら不幸の蜜を吸い続けるしかなかった。

そんな私に転機が訪れたのは離婚を決意してからだと思う。

こんなふうに書くと、離婚をすればうつが治ると誤解されてしまいそうだが、
決してそうじゃない。

離婚するにしてもしないにしても、
大事なのは自分の気持ちや目的がどこにあるかだと思う。

私がそれまで離婚に踏み切れなかった理由は、
経済的な部分と父親という肩書き。

でももうそんなものはいらない。
私が1人で全部背負っていこう・・・そう決めた。

生活のためにせっせと働き、
休みの日には高速に乗って遠くまで長男を遊びに連れて行った。
運転が苦手な私にとってはかなりの挑戦だった。

でも、私は決めたのだ。
父親のいない寂しさを感じさせないように、
父親がやるべきことも全部私がやろうと・・・。

誰かにすがるんじゃない・・・
誰かに期待するんじゃない・・・
自分の力で前に進むんだ。
自分の力でここから這い上がるんだ。

誰かのせいにするんじゃない・・・
誰かを責めるんじゃない・・・
すべての責任は自分が背負っていくのだ・・・と。

不思議なもので、そこからはひどい不幸は訪れなくなった。

今の旦那と再婚したことが正解だったか不正解だったのか、
それだけはいまいち謎なところだが、
死なない程度に飯が食え、離婚しない程度に生活している(笑)

ちなみに、私はこれまで3回交通事故に遭っている。
これははたして、運がいいのだろうか悪いのだろうか?

たった1回の交通事故で命を落とす人もいる。
それを思えば、3回も事故に遭いながら、
ピンピンしている私は運がいいのだろう。

うつ病やパニック障害で地獄のような苦しみを味わったが、
現在はある程度安定した生活を送れている。

薬がやめられなくて苦しんでいる人も多い中、私は偶然にも薬をやめられ、
1日中寝込んでいる人も多い中、
私は朝から晩まで動きまわり、テレビを見てゲラゲラ笑っている。

普通の人と同じようには生きられない。
健康な人と同じようには生活できない。
だけど少なくとも今は底なし沼の中には沈んでいない。

数日前に携帯電話を失くした。
いろんな所を探し回ったが見つからなかった。

見つかりもしないが、悪用もされていない。

可もなく不可もなく。
まぁ、それが今の私の運の流れなのだろう。

今でも神や仏にすがりはしない。
上に上がりたいと思った時には自分で努力する。

そして、誰に対してというわけではなく、
子供たちが生きていてくれること、
毎日ご飯が食べられていることに感謝している。

ただ、このままいくと、
悟りを開いてしまって極楽浄土へ召されそうなので、
適度なずるさや腹黒さは大切にしている^^

神様や仏様がこの世に存在するのかどうかは、死んでから確認すればいい。
私はまだまだこの汚い人間界で、人間くさく生きていきたい。
【2011/03/09】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
死を望む病
うつ病の症状に希死念慮というものがあるが、
私も長い間、この死にたい気持ちに苦しめられてきた。

単なる症状として、時々ふと湧き上がるものだけではなく、
現実的な肉体的苦痛や、どうしようもない絶望的な状況などから、
死んでラクになりたいという思いが常に頭にあった。

でも、子供が1人増えるごとにその思いは薄れていった。
そして、生まれて初めてもっともっと生きたいと思うようになった。

でも、人間の命は永遠じゃない。
生まれたその瞬間から死へのカウントダウンは始まっていて、
こうやってボーッとしている間にも、
自分の寿命は着々と近づいてきているのだ。

私も40歳を目前にし、顔にはしわが増え、白髪も生え、
日々自分の老いを感じる。

わざわざ自分から死ぬ道を選ばなくても、必ず私は死ぬ。

そのことに気づいてから、初めて私は死ぬことを怖いと思った。
まだまだ死にたくないと思った。

もし今私が死んだら、この子たちはどうなってしまうのだろう?

たとえ旦那が必死になって頑張ったとしても、
例えば、服のほつれやゼッケンなど上手に縫ってあげられるだろうか?
靴を洗ったり、アイロンをかけたりできるだろうか?

長女が年頃になった時に、
生理のことや下着のことなど、ちゃんとやってあげられるだろうか?

夜中に目が覚めると必ず私の姿を探すえなり三男。
私がいなくなってもちゃんと泣き止むことができるだろうか?

心配なことを考え出せばキリがない。
こんな状態で死んだら、永遠に彷徨い続けそうだ。

でもどれだけ近くにいようとも、
死んでしまったらただ見ているだけしかできない。

誰かが転んで泣いていても、抱き上げることもできなければ、
絆創膏を貼ってあげることもできない。

料理を作ってあげることも、服を買ってあげることも、
本当に何ひとつやってあげることができなくなる。

そう思えば、たとえどれだけポンコツだろうが、
動く体があるだけマシだなぁと思う。

たとえ体が動かなくったって、話を聞き反応してやることができる。
まぶただけでも、指先だけでも、自分の思いを伝えることができる。
何より、目の前に居てあげることができる。

自分が存在することと存在しないことの違いはあまりにも大きい。

今でも時々ふと死にたい気持ちが湧き上がることがある。
でも、そんな時私はこの腐った脳みそに言ってやる。

死んでたまるか、ボケッ!(`д´メ)
【2011/03/10】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
アムカの傷跡
世の中は東日本大震災で大変なことになっているが、
我が家も長女が重症の気管支炎で大変なことになっていた。

早めに病院に行って薬を飲ませていたのだが、
咳と鼻水がなかなか止まらず、10日目ぐらいに発熱。
いつもは元気な長女もさすがにぐったり。。。

肺炎の一歩手前だということで、点滴をしてもらい、
翌日も点滴してようやく少し症状が落ち着いてきた。

元気な時は生意気なことを言ったり、なにかと腹がたつことも多いが、
いつもはばくばく食べる長女がひとくちふたくちしか食べなくなり、
ソファーでじーっとしている姿は、見ていてとてもツラかった。

長女は細かいところまでよく気がつく娘だ。

以前、私の手に小さな傷ができているのを見つけて、
「これ、どうしたの?痛かった?」と聞いてきたことがあった。

それはほんとに小さなどうってことない傷だったのだが、
その時ふと思った。

私の左腕にはアムカの傷跡が残っている。
長女はいつかこの傷にも気がついてしまうんだろうか・・・。

母親が自分で自分の腕を切り刻んでいたことを知ったら、
長女はどれだけ悲しみ傷つくだろうか・・・。

きれいなものや可愛いものが大好きな長女。
そんな長女にとってこの醜い傷跡がきれいに感じるはずがない。

以前私はこの傷跡を、自分が病気と闘ってきた証拠なのだと思っていた。
何も恥じることはない、頑張った証なのだと・・・。

でも、それは違った。
これは、闘ってきた証じゃない。
私が病気に負けてきた証なのだ。

病気に飲み込まれ、負けた数だけ私は傷を残してきた。
なんとも情けない、みっともない傷だ。

私は心の中で長女に誓った。

どんなにツラくても、もう自分の体に傷はつけない。
長女が喜んでくれるような、きれいなお母さんになろう・・・と。

アムカをしなくなってどれぐらいたっただろうか。
2年か・・・3年か・・・もう覚えてもいない。

きれいな腕には戻らないが、もうこれ以上傷が増えることもない。
長女が私をアムカから救ってくれたのだ。

私は長女に何をしてあげられるだろう・・・。
病気で苦しんでたって、ただ見ていることしかできない。

医者でもなければ弁護士でもない、政治家でもない。
地位も権力も知識もない、なんともちっぽけなただの母親。

だけど、ただそこにいるだけで安心できるのは私だけなのだろう。
抱きしめるだけで心が安らぐのは私だけなのだろう。
世界にたった1人しかいない、長女の母親。

だから私はただ寄り添い、枕元で髪をなでる。

元気になったら、また公園に行って自転車に乗ろう。
一緒にお買い物にも行こう。

お母さんははずっとここにいるよ。
絶対いなくなったりしないからね。
安心してね。
【2011/03/23】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |