双子のおむつはずし
これまで長男、長女とオムツはずしをしてきた私だが、
さすがに双子のトイレトレーニングはやったことがない。

1人でも大変だというのに、2人同時なんてどうすりゃいいんだ
・・・つうか、どう考えてもそんな体力残ってない・・・

・・・というわけで、密かに来年にまわそうと思っていた私だが、
6月頃、先生の方から
「そろそろトレーニングを始めたいのですが・・・」と言われてしまった

うう・・・自分1人ではできそうにないが、
保育園で先生がやってくれるのならそれはそれで有難いことか・・・。

半分仕方なしに(笑)トレーニングパンツを用意し、保育園に持参。
でも正直、まだ早いのでは?という思いがあったため、
家に帰った後や休日は今まで通り完全オムツ。

そのうち先生が「失敗することが減ってきましたよ♪」と言ってきたので、
ちょっと家でもパンツを履かせてみたりするものの、
あっちでジャー、こっちでジャー、ダメ押しに

うきーっっ!やってらんねぇー!щ(`皿´#щ)

ということで速攻オムツに逆戻り。
おしっこの間隔が1時間も開いてない状態では無理だわ・・・。
先生、私は頑張れません・・・(_ _|||)

それでも保育園のほうでは順調に進んでいるようで、
分厚いトレーニングパンツから薄手のトレーニングパンツに変わった。

私も時々思い立ってはやってみるものの、やっぱりうまくいかない。
そこでちょっと先生に聞いてみた。

「トイレに誘うタイミングが悪いのか、どうもうまくいかないんですけど、
保育園ではどういうタイミングで声かけをしているんですか?」

すると先生は満面の笑みで答えた。

「30分おきに連れて行ってます(^∀^)

・・・さ・・・さ・・・30分おき・・・
そりゃあ・・・確かにそんだけ連れて行けば漏らすこともないか・・・。
てか・・・それじゃあ1日中トイレに行くためだけに生きているようなもの。
それは絶対真似できねぇ・・・

ということで、もうほとんどあきらめ&開き直り。
家でのトレーニングはおしっこの間隔が開くまで待つことに決定(勝手にww)

そして8月頃。
「もうほとんど失敗しなくなったので普通のパンツでいいですよ
とのお話が・・・。

ほうほう・・・もうそんなところまで来たか・・・。
う?ん、それならば私もそろそろ覚悟を決めて取り掛かるとするか・・・。

できれば来年にまわしたいところだが、
ここまで先生が頑張ってくれたのなら私も頑張らねばならんだろう。
ということで、家でも完全パンツ生活に突入!

・・・つづく
【2010/10/05】 | 双子の育児 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
シンデレラ生活
完全パンツ生活を決心したものの、
最初は今まで同様ジャージャーブリブリ
まぁ、家ではトイレに行く習慣がついてないから仕方ないわな・・・。

それでも、覚悟を決めてひたすら朝から晩まで糞尿処理。

最初のうちこそ、時間を見てオマルに誘ったりしていたが、
時間の感覚がないうえに面倒なのでだんだんほったらかしになり、
出されて困る時に前もって誘うぐらいで、あとは本人まかせ。

一生懸命誘っても「イヤ!」って言われたらイラつくだけだしね

部屋の片隅にオマルを置いて、
「おしっこしたくなった方はご自由にどうぞ♪」って感じ(超テキトー)

でも完全パンツ生活にしてから数日で、
ゴルゴ次男は急激に失敗が減った。

おしっこの感覚が短くて30分に1回くらいもよおすようなのだが、
せっせせっせとパンツを脱いでオマルに一直線
すごい根気あるなぁ?とこちらが感心してしまうほど・・・(笑)

えなりは長いと3時間ぐらいおしっこが出ないこともあるので、
ほとんど完全に放置状態。
漏らされても3時間に1回なら許せる範囲。

「私は可哀想なシンデレラ?」的な感覚で、
ひたすら毎日毎日床掃除に徹する日々。

そして9月。
双子たちは、家でもほとんど失敗しなくなった

ゴルゴのおしっこの間隔もだいぶ開くようになってきたので、
オマルを掃除する回数も激減。床を拭く回数も激減。

ふう?、ひと段落(´Д`)

その後急に寒くなったりで一時的に失敗することが増えた時期もあったが、
オマルからトイレへの移行もぼちぼちと進み、いい感じ。
トイレトレーニングって怒らないことがやっぱりポイントかもね。

長女の時は強引に誘ってトイレ拒否になって大変だったし、
「今度は絶対トイレでしてよね」って怒ったところで、
できないもんはやっぱりできないわけで、

トイレトレーニング=糞尿処理

と割り切ってしまったほうが精神的にラクかも・・・

失敗しちゃいけないと思えば思うほど人は失敗してしまうものだから、
下手に恐怖心を与えてしまうとかえって長引いてしまう気がする。

何事も頑張り過ぎないことが大事ですな^^


追伸:夜寝る時は、自然に出なくなるまでオムツです。
【2010/10/05】 | 双子の育児 | トラックバック(0) | コメント(13) | page top↑
NHKが報じられない、うつ病治療の実態
5分割されていますので、1から順番にご覧ください。
感想は書くのに時間がかかりそうなので、後日書きます^^;

NHKが報じられない、うつ病治療の実態1


NHKが報じられない、うつ病治療の実態2


NHKが報じられない、うつ病治療の実態3


NHKが報じられない、うつ病治療の実態4


NHKが報じられない、うつ病治療の実態5
【2010/10/10】 | うつ病関連テレビの感想 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
どの道を行くか・・・?
「NHKが報じられない、うつ病治療の実態」はご覧になったでしょうか?
ご覧になった方は、いったいどんな感想をお持ちになったでしょうか?

「おお?、とうとうこういうことを公の場で言う人が出てきたか」
というのが、私の感想です。

ここ数年で、うつ病治療の世界はじわじわと変化しつつあります。
精神科の実態や、薬の処方、自殺の増加、様々な問題点が露呈してきて、
これから先どの道を進むべきなのかの分かれ道に来ている気がします。

しかしながら、この生井隆明氏の考えや治療法はすぐには浸透しないでしょう。
そこには患者側の深い心の闇があるからです。

「うつ病は病気ではない、うつ病に薬は必要ない。」

この言葉を聞くと、患者は反射的に強烈な怒りを覚えることでしょう。
おそらくほとんどの方が、今まで何度も聞かされてきた言葉なのです。

「気の持ちよう」「精神的に弱い」「甘えている」
そんな言葉を投げつけられるたびにどれだけ傷ついてきたことでしょうか。

自分の限界を超越したところまで頑張ってきた挙げ句のことであり、
そんな言葉では片付けられないほど現実に体はボロボロになっているのに、
誰1人としてその苦しみを理解してくれる人がいないのですから・・・。

それゆえに、必要以上に「病気なのだ!」と言い続けることに執着し、
休養の必要性、治療の必要性、病状の重さを訴えてきたはずなのです。

他のブログでもこの動画を掲載している方はいますが、
大方どのブログの読者も、この内容に関心を示していません。
この動画の内容はうつ病患者にとって都合の悪い内容なのです。

私は基本的にはこの生井隆明氏の考えに賛成です。
どんどんこういった治療が浸透していって欲しいと思っています。

ただ現状、あまりにも受け皿が少なすぎる・・・。

減薬、断薬をしたいと願っても、
それを専門的にアドバイスしてくれる場所がない。

またたとえ断薬に成功したところで、
その後どうやって生きていったらいいのか教えてくれる人もいない。

何の可能性も見出せないまま、ただ離脱症状に耐え続けるだけなら、
無駄だとわかっていても薬に依存していたほうが精神的にラクなんです。

また、「うつ病は病気ではない」と位置づけてしまった場合、
様々な保障の問題も絡んでくることでしょう。

何が正しくて何が間違っているということがはっきりしたとしても、
この問題を解決するのには長い長い時間がかかるだろうと思います。

精神的な病を治すには、じっくりゆっくり時間をかけて心の闇を引き出し、
また日々の生活の中で新たに起こる出来事を、
その都度一緒に考え、乗り越えられるように導く人が必要です。
決して生半可な気持ちではできません。

ただ、私はここ数年誰の治療もアドバイスも受けていません。
ひたすら自分だけでこの頭や体と闘ってきました。

フラッシュバックに苦しめられ、悪夢に悩まされ、
生きる意味も失い、途方に暮れながらこの体をひきずってきました。

でも、ちゃんと生きてます。

笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・。
ポンコツながらも、しっかりとこの現実の世界で呼吸をしています。
何の知識もなく、ただカンだけでここまで来たのです。

特別優れた人間じゃない私にでもできたのだから可能性はゼロじゃない^^
【2010/10/15】 | うつ病関連テレビの感想 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
おとなこども
先日また旦那とケンカになった。

長男に対する旦那の態度や発言に不快感を感じたので注意をしたら、
旦那は逆ギレした挙げ句にだんまり。
かと思えば、翌日手のひらを返したように謝ってきた。

なんなんだろう・・・?
なんでいつもこの人はこういうふうにしかできないのだろう・・・?

ずっと前から疑問に思っていたことだが、ふとしたことで確信した。

旦那は間違いなく病んでいる。。。

旦那も私と同様まともな家庭では育っていない。
だから理想の家庭像も、目指すべき父親像も持っていない。

そして何よりも「自分」というものが確立されていない。

「ありのままを受け止めてもらう」という経験を持たず、
否定的な言葉や攻撃的な言葉ばかりを聞かされた結果、
ついつい人のいいなりになってしまう習慣が身についてしまったのだろう。

ただ、そのことに気がついても私はどこか見て見ぬふりをしていた。
そこには「病気を発症しているかどうか」という大きな壁があったから・・・。

過去にパニック障害になったことがあるとはいえ、今は完治しているし、
私に比べたら仕事にも行けて体力もあって、かなりまともに生きている。
だからどうしても「しっかりしてくれよ!」と思う気持ちが強かった。

もっと父親らしく・・・もっと一家の大黒柱の自覚を持って・・・と。

ただ、よくよく考えてみたらそれは無理な話だ。
旦那も私と同じで子供の頃に時間が止まってしまっている。

昔の私が明るくて手のかからない子を演じていたのと同じように、
旦那も長い間、お気楽で悩まない子を演じてきたのだ。
それが旦那にとって唯一の生き延びる方法だったのだろう。

そして今もその仮面をかぶり続けている。

旦那には生きる場所がないのだ。

自分のすべてをさらけ出し、ありのままの自分でいてもいい場所。
心を開放できる場所が、旦那にはないのだ・・・。

私は、「しっかりしろ!」と怒鳴りつける前に、
ありのままの旦那を受け入れる努力をしなければいけなかったのかもしれない。

子供たちの子育てと同じように、他の家庭と比べたりせず、
理想にもとらわれず、ただひらすら受け止める努力を・・・。

旦那も子供、私も子供。
そんな2人が結婚して、4人の子供を育てている。
この家には子供しかいない・・・。

子供の最大の魅力ってなんだろ?

それはくだらないことでも笑えるってことだ。

難しいことなんかわからなくたっていい。
できないことがたくさんあってもいい。
毎日笑えていれば、それでいい。

そんなふうに思ったら肩の力が抜けた。
ようやく心の置き所が見つかった・・・。
【2010/10/19】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
価値観の変化
ここ数年で私の価値観はいろいろと変わった。

うつ病になって何事にも興味を持てなくなったのがきっかけだったが、
それまでこだわってきたもの、好きだったものがだんだんと変化していった。

まずオシャレをしなくなった。
最初はうつ病で何もできなくなってしまったから仕方なくそうなったのだが、
何年もまともに顔を洗わない生活をしているうちに、
オシャレをすることがバカバカしくなってしまった。

だって・・・誰に褒められたいの?

公園や遊園地や動物園。
地面がドロドロだったり、歩き回らなきゃいけないというのに、
そんな場所にヒールやミニスカートが必要だろうか?

普段はほとんど子供たちと一緒。
だったらピラピラした生地も、汚されて困るような大事な服も不要。
夏はスリッパ、冬は運動靴、これで十分 ┐(´ー`)┌

どれだけ綺麗に化粧をしようが、どれだけ流行の物を着こなしていようが、
結局オシャレなんて自己満足の世界。

くそ忙しい毎日の中で、そんな自己満足に時間を費やすぐらいなら、
ちょっとでも長く休憩時間を確保したい・・・

30歳も半ばを過ぎてとうとう私もオバちゃん化してしまったのか・・・。

しかしこの心境の変化は自分にとってプラスだった。

昔の自分は、自分の格好を気にするのと同時に、他人の格好にも厳しかった。
自分から見てオシャレに見えない人をどこかバカにし見下していたのだ。
「あんな人とは仲良くなりたくないな」・・・と。

でも、そんなふうに「あの人の格好が気に入らない」だの、
「あの人の性格が気に入らない」だのと他人を批判し拒絶ばかりしているから、
結局いつも孤立し、どんどん孤独に陥っていった。

そしてそんな自分を
「環境に恵まれていない」「運がない」と思い込んでいた。

本当は寂しいのに、誰のことも受け入れられず、
受け入れられないから、自分も受け入れてもらえない・・・。

それが、自分が格好を気にしなくなったら、他人の格好も気にならなくなり、
パジャマのような格好をしているような人と一緒にいても平気になった。

特別無理に友達作りなんかしなくても、
自分が拒絶するのをやめれば人は離れていかないということを知った。

今の旦那と知り合った頃に買ったキャラクターTシャツ。
大きめサイズでラクチンなため、妊娠中からずっと愛用し続け、
気がつけば洗濯のし過ぎでボロボロ・・・

でも、まあいいや・・・来年買えば・・・。
んで、1年たっても同じこと言ってたりする・・・(笑)

でも、いいんですよ・・・そんな感じで・・・。
他人に評価されるためじゃなく、自分の好きなものを着る。

人の価値は見た目じゃない。
そして自分の価値も見た目じゃない。

・・・てか、生きていくのに価値なんか必要ない。
生きたきゃ生きればいい。
誰の許可も必要ない。(´ー`)


・・・つづく
【2010/10/21】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
気付きと前進
過去の自分を振り返って思うことがある。
それは何かにつけて、私は他人の評価を気にしていたということ。

認めてもらう、受け止めてもらうという経験がないゆえだろうが、
必要以上に、認めてもらえないことに恐怖を感じていたと思う。

つい最近思い出したのだが、長男がまだ小さかった頃、
私は風呂場の鏡や車の窓ガラスを手で触らないようによく注意していた。
手で触ると跡が残るからである。

はてさて、風呂場の鏡に手の跡が残っていていったい誰が困るというのか?

・・・私が困るのである。
掃除が行き届いていないと思われるのが嫌だったのだ。

でも今考えてみればおかしなことだ。
風呂場の鏡が汚れているといって、いったい誰に注意をされるのか?
風呂場の鏡は必ずしもピカピカでなければいけないのか?

どうやったら認めてもらえるのかわからない。
どうやったら受け入れてもらえるのかわからない。

だから必要以上にミスを犯すことに神経質になっていた。
失敗すれば見放される、バカにされる、あきれられる・・・。

長男の育児はすべてにおいてそうであった。
個性なんか完全無視して、
ひたすら他人に評価される子供に育てようとしていた。

私は疲れ果ててしまった。
だって何をやっても自分が認められる日は来ないのだから・・・。

長女や双子が生まれ、我が家は手が付けられない状態になった。
片付けても片付けても散らかされ、足の踏み場もない。

玄関には常に靴が散乱し、プラレールの線路やしゃもじまで・・・。
もうあきらめるしかない生活だった。

でも、そんな散乱した玄関を見た人たちが言った言葉は、
「小さい子がいるから仕方ないよ?(^^)」だった。

誰も私を叱らない・・・。

散らかった玄関も、足の踏み場もないリビングも、
それを見ても誰も何も文句を言わない。
長男の友達も普通に入ってきて、普通に遊んで、普通に帰る。

誰もこの汚れ具合が気にならないの・・・?
気にしているのは私だけ・・・?

私はいったい何を恐れていたのだろうか・・・。
汚れた部屋を注意する、この世のどこにも存在しない生き物?

そんなどうでもいいことのために長い間神経を擦り減らしていたのか・・・。
なんとくだらない・・・。

神経質な性格は簡単には変わらなかった。
でも、他人の評価を気にしてやろうとしていることはやらなくなった。

風呂場の鏡は触り放題、車の窓ガラスだって落書きしていい。
散乱したおもちゃだって、足で蹴り飛ばせばとりあえず通路は確保できる。

そんな図太くなった私を見て、保育園のお母さん達が言う。
「ガアラさんはおおらかだよね?、うらやましい?。」

誰も昔の私の神経質さを知らない。
私は変わったのだ。そして、昔とはまったく違う人生を歩いているのだ^^
【2010/10/25】 | うつ病奮闘記⑧ | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
| ホーム |