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行き詰まり・・・
いつもであれば、こんな状況を打破するために調べ倒すはずだが、
パソコンの前に座っても、何もできない。
「調べよう」という意思が続かなかったり、
治してどうするんだ?というささやきが聞こえる。

結局どれだけ私が汗水流して解決法を模索しても、
その苦労を簡単に水の泡にしてしまうバカな旦那がいる。

元気になればなるほどどんどん当たり前のように仕事を押し付け、
限界がくれば「自分勝手もいい加減にしろ」と怒鳴られる。

どんなに苦しいと訴えても当たり前のように子供たちを押し付けて仕事に行き、
どれだけ私の負担が増えても、見て見ぬふり・・・。

「仕方がない」・・・
たったそれだけの言葉ですべての責任が自分だけにのしかかる・・・。

病気に翻弄されて何もかもを見失ってしまった過去の自分
またそうなってしまうんじゃないかという恐ろしいほどの不安。
もうあんな状態には絶対戻りたくない。
子供を見捨てるようなまねだけは絶対にしたくない。

しかし、そんな私の思いとは裏腹に、
旦那の中では、病気というものの重みがどんどん無くなっていっていた。

「病気がどうだとか、苦しいからどうだとか、そんなものは関係ない。
どんなに具合が悪かろうときちんと面倒は見てくれる。
できないできないと言いながら、今まで放置したことなんかないんだから・・・
なんとかなるだろう・・・。」

どれだけ苦しいと訴えても聞いてもらえない。
何ひとつ真剣に考えようとしない。
死という道を選ばない限り、どこにも逃げ道がない。。。

もはや死というものさえ、旦那にとっては、
「気を引くための脅し」としか捉えられないのだろう・・・。

私はいったいどうすればいいのだろうか・・・。
私はいったいどこへ向かって進めばいいのだろうか・・・。


※この記事は数ヶ月前の出来事を記録として残しているものです。
現在はある程度落ち着いていますのでご安心ください^^
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【2010/05/01】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
私の姿をしたロボット
体調がおかしくなり始めてから数週間。
また、少し状況が変わってきた。

今まで1日に何度も入れ替わりを繰り返していたものが減少した。
体もある程度よく動き、時には笑顔も出るようになった。

回復してきたということなのか・・・?

笑いながら子供たちと接し、適度に家事もこなし、
一見、何の異常もないようにさえ見える私・・・。

しかしその裏では、
旦那や子供に隠れて過食嘔吐を繰り返すようになっていた。
入れ替わりがなくなったわけでもなく、
寝ようとすると頭の中はやはり狂ったように入り乱れていた。

もがき始めると旦那が声をかけてくれることもあった。
しかし、「特に苦しいところはない」と私は答えた。

頭の中があまりにも細分化されてしまっているため、
苦しみを感じる人格が現れない限り、
私は苦しいのかどうかもわからなくなっていた。

ブログで言えば、カテゴリー分けのようなものである。
苦しみのカテゴリーを開けば苦しい思いしかない。
楽しみのカテゴリーを開けば楽しい思いしかない。

本来ならば、
そのすべてのカテゴリーを含む全体というものがあるはずなのだが、
その時の私にはそれがなくなっていた。
つまり、主となる人格がいない・・・ということ。

苦しくて仕方がないとうずくまっていたかと思えば、
「特にツライことなんて何もない」と元気いっぱいになったりする。
旦那への不満や不信感でいっぱいになっていたかと思えば、
いつも迷惑をかけて申し訳ないと謝っていたりする。

目が覚めても目が覚めても私がいない。

今楽しそうに笑って話している自分も、
せっせと家事や育児をこなしている自分も、
頭の中でごちゃごちゃ考えている自分も、
隠れて嘔吐を繰り返している自分も、どれも私じゃない。

私がどこにもいない・・・。

私はただただ、
ロボットのように自動制御で動く自分を見ているしかなかった。

いや・・・見ている自分すら・・・自分だという実感がない。

私はどこへ消えてしまったのだろう・・・。


※この記事は数ヶ月前の出来事を記録として残しているものです。
現在はある程度落ち着いていますのでご安心ください^^
【2010/05/02】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
進んでも進んでも・・・
自分がどんなにおかしくなり果てても時間の流れは止まらない。
長男は中学校へ、長女と双子は保育園へ、
それぞれ新しい生活がスタートしようとしていた。

私はなす術もなく自動制御のロボットのまま数ヶ月間を過ごし、
進学や入園への準備に追われるようになった。

長女や双子が入園すれば休む時間が確保できる。
体を休めることができるようになれば少しはマシになるかもしれない。

限界などとっくに通り越した精神と体を引きずり、
どうにか持ちこたえられますようにと祈るようにカレンダーを眺めた・・・。

そして4月。
家族全員の新しい生活がスタートした。

3人ぶんの大量の荷物を抱え、逃げるのを必死に追いかけながら、
なんとかかんとか保育園に送り届ける。

家に帰れば足りない物の買出しに出かけたり、家事をしたり。
晩御飯の下ごしらえもしておかなくては・・・
早いうちにパートも探さなくては・・・

夕方になればまた保育園に迎えに行き、
お昼寝がなくなってグズる長女を必死にあやしながら、晩御飯の支度。
明日の用意、お風呂・・・。

目が回るような忙しさだ・・・。

数日たった頃、えなりが胃腸風邪になった。
立て続けにゴルゴと長男も。

必死に看病をしようやく保育園に行けるようになったのだが、
保育園の先生の言葉がやたらと冷たく感じられる。

「体調が悪いのに連れてくるなんて・・・」
「ちゃんと世話してないんじゃないの・・・?」
そんなふうに言われているような気がする。

「あの母親はおかしい」「あんな人が親だなんてこの子たち可愛そう」
そんなふうに噂されている気がする。

先生の顔が怖い・・・。
とても意地悪に感じてしまう・・・。

保育園に行く前のほうがラクだったな・・・。
なんか・・・つらい・・・。

翌日の保育園の用意をしながら、
また何か注意されるんじゃないかなと不安になる。

朝になってもなかなか準備をする気にならず、
休ませようかとついついそんなことばかりが頭をよぎる。

やっとの思いで連れて行っても、
保育園からいつ連絡があるかと思うと気が気でなく落ち着かない。
嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・。

しだいに保育園に送り届けた後は、横になっていることしかできなくなった。
体が痛い・・・つらい・・・。

心も体も休まらない・・・。


※この記事は数ヶ月前の出来事を記録として残しているものです。
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【2010/05/03】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
機能停止
自動制御で何ヶ月か動き続けた体にもとうとう限界がきた。

意味も無く、涙が溢れた・・・。
体が重い・・・・・体が痛い・・・・。

いつも通り眠ろうとすると悪夢に襲われるようになった。
次の日も、またその次の日も・・・。

そして・・・眠れなくなった・・・。

カチコチカチコチと時計の音だけが響き渡る。
眠りたい・・・眠りたい・・・。

何度目をつぶってみても、まったく眠気がやってこない。
眠りたい・・・体が痛い・・・胃が痛い・・・。

胃腸風邪は私にも感染していて、数日前からひどい下痢をしていた。
食欲もなくなり、前日からほとんどまともな物を食べていなかった。

苦しい・・・苦しい・・・

時間がたてばたつほど、どんどん苦しみが増していく。
静か過ぎる夜。
世界中で自分だけが取り残されているようなどうしようもない孤独。

カチコチカチコチ・・・
頭が・・・割れる・・・苦しい・・・苦しい・・・

・・・・・・うわあああああーーーーー!!!!

抑制がきかなくなりとうとう暴れだしてしまった。

暴れまわる私に旦那がようやく気がついた。
目をこすり、仕方なさそうに起き上がる。

「ああ・・・構ってほしかったんだね・・・」


構って・・・ほしかった・・・だけ・・・?・・・


その一言で私の中の何かがプツッと切れた・・・。

嵐のように大音量で荒れまくっていた私の頭の中が突然止まった。
何の音もしない・・・静寂の世界へと一気に変わった・・・。

うつ病の再発・・・・・。

私の中のすべての機能が、また全部止まった・・・。


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【2010/05/05】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病育児の現実
ひたすら泣いた。
ただひたすら泣いた・・・。

この状態になってようやく気がついた。
自分がロボット化した状態で動いていたこの数ヶ月間
あれはおそらく私が初めてうつ病を発症した時と同じ。

あの時も、当たり前のように家事や育児や仕事をこなしていた。
だから周りの人は誰も気づいていなかった。
私自身でさえも、自分がぶっ壊れていることに気づかなかった。
気づくことすらできないほど壊れてしまっていたのだ。

また同じ道を通ってしまった・・・。

旦那は特に慌てる様子もなかった。
再発したといったって今までと同じだと思っていたのだろう。

「悪いけど頼むわ・・・」
そう言っていつも通り仕事に出かけていった。

体は極端に動かなくなっていた。
感情も無い・・・。

その日は長女がまだ胃腸風邪が治りきっていなかったため、
全員保育園をお休みさせていた。

おそらく明日になって、全員元気になっても、
私は保育園に送り届けることすらできないだろう・・・。
明日だけじゃない・・・あさっても・・・しあさっても・・・。
私はもう・・・何もできない・・・。

もはや不安も焦りもない・・・
感情そのものがない・・・。

私はここでいったい何をしているんだろう・・・。
また・・・何もできなくなってしまった・・・。

ぶ厚い膜の張った世界でただ1人ぼんやりとしていた・・・。

翌日になってようやく旦那と少し話をした。
旦那は相変わらずお気楽に考えているようだった。

私は話せるぶんだけ話した。

保育園の送り迎えもできない、
かといって家に置いていかれても世話をすることもできない。
「もう何もできない・・・」・・・と。

頼むから、もう今までのように無責任に置いていくのだけはやめてくれ。
頼むから、もう少し真剣に考えてくれ・・・と。

旦那はようやくサポートセンターに連絡を取ってくれた。
「これからは休めるようにするから・・・」と。

双子たちが生まれてもうすぐ2年。ようやくだった・・・。

しかしその内容はやっぱり中途半端なもので、
旦那が遅番の時には旦那が朝保育園に送っていき、
夕方はサポートの人が2人来て迎えに行くというもの。

いつもは3時半にお迎えに行っているが、
サポート側の事情でお迎えは6時過ぎ。
しかも、旦那が早番の日には対処ができない。

こんなその場しのぎの方法でどうにかなるはずがない。
しかも、迎えの時間が遅くなれば子供たちだって不安になるだろう。
ただでさえ母親が情緒不安定で落ち着かないというのに・・・。

回復するのに時間がかかるこの病気。
サポートセンターに払うお金だって続くはずがない。

結局何ひとつ解決策がない。
もう・・・何をどうすればいいのかわからない・・・。


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【2010/05/06】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
うつの思考回路との闘い
私は完全に機能を停止してしまった脳みそとひたすら闘っていた。
起き上がっても起き上がってもすぐに無気力感に襲われる。
何もやる気がしない、できる気がしない、
無意味だ・・・疲れた・・・ダルイ・・・

それでも闘っていた。

これは私の望んでいることじゃない。
私は休みが欲しかったわけじゃない。
私は旦那をこらしめたいと思っているわけじゃない。
私は疲れているわけじゃない。

保育園の先生が悪いわけでもない。
連絡帳に書かれた先生からのたくさんのメッセージ。
保育園に行って喜んでいる子供たちの顔。
私は連れて行ってあげたかったはずだ。

毎日毎日家にいるより、走り回って動き回って、
優しい先生と、たくさんのお友達に囲まれて、
喜んでいる子供たちの顔を見て私も嬉しかったはずだ。
だからこそ必死になって毎日準備してたはずだ。

私の目的は何だ・・・?

過去の苦労を語って同情を引くことか?
心配してもらうことか?
旦那に「もっと私を大事にしろ」って言いたいのか?

いや・・・そんなことのために私は今まで生活してたわけじゃない。
旦那に何を言われようが、どんなことをされようが、
私が一番したかったことは子育てのはずだ。

だからこそどんなひどいめまいに襲われようと必死に立ち上がり、
這いつくばってでもオムツを換え、
使い物にならない頭に必死にいろんなものを詰め込み、
瀕死のような状態で毎日育ててきたはずだ。

できないかもしれない・・・・できない・・・・無理・・・・

あああーーーー!!もうーーー!!うるさーーーい!!!

そんなもんは関係ないんだ。
できるかどうかなんて考えてるからますますできなくなる。

大事なのは、やりたいかどうかだ!
そうだ、私はやりたいんだ。
たとえ頭が働かなくて、今はその感情に実感が持てなくても、
私が今までやってきたことを思い出せば簡単に想像がつく。

私は迎えに行きたいに決まってる。 間違いない!!

無理だ・・・・できない・・・・疲れた・・・・動けない・・・・

あああーーーー!!! もううるさい!うるさい!うるさい!
いい加減目を覚ませ!!!

立て直しても立て直してもすぐにマイナス思考に飲み込まれる。
腹が立って思いっきり机を蹴飛ばした。

3時半に迎えに行く自信がないのなら、
今から行ってずっと駐車場で待ってればいい。
1時間だろうと半日だろうと、すぐに行けるように
保育園の駐車場でずっと待機してればいい。

本気で迎えに行きたいのならそれぐらいすればいいんだ。

送り迎えができなくなってしまえば私はますます自分を責めるだろう。
情けない、ミジメだ・・・
そんな思いに占領されてますますダメになっていくだろう。

昔、学童用の長男のお弁当を泣きながら夏休み中作り続けたように、
私は絶対ゼロにはなりたくない女だ。
子供のためなら腕を切りながらだって仕事に行ってたじゃないか。
ここで逃げたら絶対うつ病に勝てない。

何があっても迎えに行く。
何があっても必ず送り迎えする。

私は母親だから!!!


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【2010/05/08】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
園長的指導??
サポートセンターの予約をキャンセルするように旦那に頼んだ。
迎えに行ける自信など1%もなかった。
だけど迎えに行かなきゃいけない時間は決まっている。
自分をめいっぱい追い詰めて、必死でうつの思考回路と格闘した。

やっとの思いで気力を振り絞り、なんとか辿り着いた保育園。
すぐに無表情になってしまう顔をひきつらせながら無理矢理笑顔を作り、
とにかく無事に家に連れて帰ることだけを願って立ち向かった。

しかし、そこで事件が勃発・・・。

いつものことではあるが、「遊ばずに帰るんだよ」と言う私の言葉も聞かず、
建物の玄関を出るなり遊具のほうに走り去ってしまった長女。

仕方なく急いで追いかけるものの、両手には双子と荷物。
結局ゴルゴにも逃げられ、ヒーヒー言いながら追いかける。

そんな時に流れ始めた園内放送の園長先生の声。

「リュックをしょったまま遊具で遊んでいるお友達。
危ないですので降りてください。」

やばい、長女のことだ!?(゜Д゜;)

慌てて双子をとっ捕まえて、長女の元へ。
「リュックしょったままじゃ危ないから降りてきて」
「リュックを下ろさないとダメなの」
いろんな言葉で長女の説得を試みるものの長女は完全無視。

両脇に双子と荷物を抱え、必死の説得。
そして延々と流れ続ける放送。

リュックの子は降りてください。
リュックの子は降りてください。
リュックの子は降りてください。
リュックの子は降りてください・・・・。

イライライライライラ・・・・
わかってるわいっ! 今やってるやんけ!

リュックの子は降りてください。
リュックの子は降りてください・・・・。

ええーーーい! しつこーーい!! いい加減にせんかーーーい!!!

見かねた他のお母さんが2人やってきて、
「リュック下ろすまでずっと言われ続けるよ」と、
長女のリュックを下ろして手提げ袋に入れてくれた。

リュックを下ろすまで言われ続ける??
なんだそれは???

どういうことだ!?なんなんだこれは!?
これが園長のやることか????


※この記事は数ヶ月前の出来事を記録として残しているものです。
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【2010/05/09】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
園長への抗議
前回の事件の続きだが、どうにもこうにも納得いかなかった私は、
家に帰ってから速攻保育園に電話。

「先ほど遊具で遊んでいて注意を受けた者ですけど、
いったいどういう方針であのような指導をされているんですか?」

「他の園で、リュックを背負ったまま遊んでいて怪我をした子がいましたので、
そういった事故が起こらないように声かけをしているんです。」

「危ないのはわかりますよ。だから私もすぐに子供を降ろしに行きました。
だけど私は下の子たちを抱っこして荷物も抱えている状態で、
すぐにはどうすることもできなかったので下から声をかけていたんです。
子供の姿が見えているのなら、私の姿も見えていますよね?
それなのに、あんなふうに何度も何度も繰り返し放送する必要がありますか?」

「怪我をしてほしくないという思いで声をかけていたんですが・・・」

「怪我をしてほしくないというのならば、放送なんかしてないで、
自分で出てきて子供を降ろせばいいんじゃないですか?
それが一番安全で確実ですよね?
私がすぐに子供を降ろせる状況にないことは明らかなんですから。」

「はぁ・・・注意をするなってことでしょうか?」

「注意をするなって言ってるんじゃありません。
その方法に問題があるって言ってるんです!」

「じゃあ、放送するの止めます。」

「止めます・・・って・・・・。そんな簡単に・・・。
意味があってやってたんじゃないんですか?」

「意味と言われましても・・・」

「じゃあ何のために1人の子を大勢の前で、
何度も何度も放送で注意する必要があるんですか?
見せしめのつもりですか?」

「見せしめなんて、そんなつもりは・・・」

「そんなつもりもどんなつもりも、
あんなもん注意じゃなくてただの個人攻撃でしょ?」

「個人攻撃じゃないですよ。
今までこんなふうに文句言われたこともないし・・・」

「あんな大勢の前で赤っ恥かかされて誰が文句を言えるの!
恥ずかしい思いさせられて家に帰って泣いてるんじゃないの?」

「そうですかね・・・じゃあどうすればいいんでしょう?」

「どうすればいい・・・って、それを考えるのがあんたの仕事でしょ!
それが子供を育てていく立場にある人間が言う言葉ですか!」

「・・・私の頭ではわかりません」


怒鳴り散らかしながら、頭の隅でちょっと考えていた。
こののらりくらりとした会話・・・
クレーマーの処理方法みたいなので見たことがあるな。
コイツわざわざバカなふりして逃げようとしてるな・・・・。

私のやってることはクレーマー的な行為か????
実にまともな意見だと思うぞ。

その後もなんだかんだと言い逃れしようとする園長とやりあうこと十数分。
電話を切りたがる園長に喰らいつき続けた。

園長がこんな調子じゃ、保育園そのものも信用できないかも・・・。


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【2010/05/10】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
うつに勝るもの
うつに飲み込まれ保育園に迎えに行くことすら困難だった自分が、
なぜ園長に電話で抗議をするような行動に出たのか・・・?

旦那は私のこの行動を「ガアラらしい」と言った。
「子供のことになるといつも必死だから」・・・と。

自分のことすら実感が持てず、
多くの時間をロボット化している自分のとった行動が自分らしい・・・?
なんとも不思議な感じだ。

私は園長に対して怒りを覚えたが、それもなんだかぼんやりしていて、
やはり自分が怒っているという実感がなかった。

実感がないのに他人を攻撃するような行動に出たということは、
これはもしかしたら人格障害からくる衝動的な行動なのか・・・?

怒りのコントロールがますます出来なくなっていて、
他人に対しても攻撃をするようになっているということなのか・・・?

それはある意味、自分が最も恐れていた事態である。
どんなに病状が悪化しようとも、殺人鬼にだけはなりたくない。

・・・しかし時間とともに怒りは鎮火していった。

子供たちの体調が安定してきて、笑顔が増えるにつれ、
自分も少しずつ穏やかになっていった。

そして、ふと思った。

あれは、私の本能みたいなものなのだろうか・・・?
頭も心もぶっ壊れ、ほとんどを病気に飲み込まれた状態でも、
子供を守らなきゃと思った瞬間に勝手に体が動く。

私の芯の部分・・・。

私は決して子供好きではない。
子供はうるさいし、不潔だし、無神経な生き物だ。

だけど、それ以上に嫌いなのは、
悲しくて泣いている子供の顔を見ることだ。

あの時、遊具の上で長女が泣きそうな顔をしていた。
放送で何度も注意されているのが自分だとわかり、
周りにいたお母さんたちも園児たちも一斉に自分のほうを見ている。
怖くてどうしたらいいのかわからなくなってしまったのだろう・・・。

その恐怖に怯える長女の顔が私を動かした。

私は難しいことなんて何もわからない。
どんなふうに育児をすればいいなんて答えは持っていない。
いつも迷ってばかりのダメな母親だ。

だけど、長女の怯えた顔を見た瞬間、
「これはやっちゃいけないことだ」と直感的に感じた。

しつけとは、恐怖心や痛みを与えて従わせることじゃない。

園長と電話でやりあった後、強く長女を抱きしめた。

「長女ちゃんは何も悪くないよ。大丈夫だよ^^」


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【2010/05/12】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
迷走
この一件があり、私は悩んでいた。
このまま、この保育園に通わせていて大丈夫だろうか・・・?

大勢の前で1人の子供を放送で注意し続けるという園長の行為。
それは教育的指導でも子供の安全を守るための思いやりでもなんでもない。

まだしっかり他人の言うことを理解できない年齢、
決まりや規則だってまだしっかり認識できない年齢。

そんな小さな子供にただただ厳しくしたってしょうがないということぐらい
わかっているはずじゃないのか・・・?
言うことをきかない子は大勢の前で恥をかかせればいいという考えなのか?
怯えさせて言うことを聞かせればいいという考えなのか?
それともただのストレス発散か・・・?

ずっとこんな放送を続けているということは、
他の保育士たちも間違いなく知っているだろう。

子供の安全のために仕方ないことだと思っているのだろうか?
この指導法は正しいと思っているのだろうか?

ずーっと頭の中がモヤモヤしていた・・・。

そういえば、「着替えがないから持ってきてください」って言ってたくせに、
翌日持って行ったらちゃんと入ってたことが何回かあったな・・・。
渡されてもいない書類を「早めに提出してください」と言われたり・・・。
保育士同士の連絡が行き届いてないし、要領が悪いし・・・。

考えれば考えるほど、悪いことばかりが次から次へと浮かぶ。

旦那とも話をしてみたのだが、
「園長の行動は理解できない。他の保育園に変わろうか?」と言っていた。

でも移った先の保育園が必ずしもいい所だとは限らないし、
もっとひどい所だったらどうするか・・・。

いっそのこと長女だけ幼稚園に行かせる形にしたほうがいいのか・・・?
近くの幼稚園は評判もいいし、バスでの送迎もある。
そっちのほうが送り迎えの負担は減るし・・・。

でもそれだと、私はまたさらに2年間双子たちの育児が続く。
この体調不良の状態でこれ以上無理を続けることが良いとは思えない。

それに週1回だけだが、お弁当を作らなきゃいけないし、
何よりも毎月3万弱のお金が必要になる。
双子たちの世話をしながら働くなんてできないし・・・。

いったいどうすればいいんだろう・・・・。
なんだかとてつもない迷路に迷い込んだ気分だった・・・。


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【2010/05/13】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
解決への糸口
何をどうしていいのかわからず、
ちょくちょくと時間を見つけては、いろんな保育園事情を調べていた。

「子供がケガをしたのに保育士から何の説明もない。」
「仕事が休みの日は家で面倒を見てくださいと追い返された。」
「子供のカバンがゴミ箱に捨てられていた。」
「担任の先生が怒鳴ってばかりいて子供が怯えている。」

ネットでちょっと調べただけでもわんさかと情報が出てくる。
しょせん保育園なんてそんなもんだと諦めるしかないのか・・・?

しかし中には、保育士側の意見が書かれているものもあった。

「ベテラン保育士に毎日嫌がらせを受けてうつ病になった。」
「正規職員の臨時職員に対する扱いがあまりにもひどい。」
「他の保育士から無視されたり、協力してもらえない。」

う?ん、保育士さん側もいろいろ大変なんだなぁ・・・。
保育士といえども、しょせんは職業のひとつであって、
やっぱり何ひとつ問題のない職場なんてないよなぁ・・・。

そして、何よりも印象的だったのはこんな意見。

「子供が好きで保育士になったので、面倒を見るのは全然苦じゃありません。
だけど、3歳未満のお子さんの場合はやっぱり親と一緒にいるのが一番。
親子の時間を大事にしてほしい。」

そっか・・・そうだよね・・・。

私は、体調が悪い中で新しい生活が始まって、
いつの間にかすっかり被害妄想に飲み込まれてしまっていたけど、
親としてやらなきゃいけないことがどこかズレてしまっていた気がする。

子供が少々具合悪くても預かってくれたっていいのに・・・とか、
私は面倒見ても1円も貰えないけど、あんたらは給料貰ってんだから・・・とか、
やっぱりどっかでちょっとずうずうしい考えも持ってた。

だけど、長女はともかく双子たちはまだ2歳前。
私が面倒を見るのが一番理想的で、当たり前のこと・・・。
体調が悪い時は特にやっぱり親に甘えたいよね・・・。

自分の体調が良かろうが悪かろうが、
毎日毎日面倒を見続けなければならなかった2年間に比べれば、
たとえ子供が体調を崩して預けられる日数が少なかったとしても、
預けられる日があるというだけでもすごく有り難いことだ。

「預かってよ!」じゃなくて「預かってくれてありがとう」だよね・・・。

園長のこととは切り離して、
もう一度冷静に頭の中を整理する必要がありそうだ。。。


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【2010/05/14】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
思考修正
園長がクソだから何だっていうんだろう?
今まで長女や双子たちの面倒を見てくれた先生たちも
本当にクソなんだろうか?

ゴルゴが転んで頭を打った時、きちんと報告してくれた先生。
「冷やそうと思っていろいろ試したんですが、
大泣きして嫌がってたので冷やせなくて・・・すみません。」と謝ってくれた。

ゴルゴは暴れて抵抗するので、家でもあまりきちんと冷やせたことはない。
「冷やせなかった」ということは、間違いなく冷やす努力をした証明だ。

えなりが食欲がなかったこと・・・長女が下痢をしていたこと・・・。
先生たちはその都度きちんと報告してくれていた。

今年は新入園児がかなり多く、
入園したばかりの頃はかなりバタついていた。

次から次へと胃腸かぜが広がり、水疱瘡も広がり・・・。
親と離れて泣きじゃくる子、ケンカしている子・・・。

園児が増えれば、新しい保育士も当然増えるわけで、
自分がいきなりなんでもかんでも出来ないのと同じように、
こんなどうにもならないほどバタついている中で、
保育士たちもいきなり何もかも完璧にはできないよね・・・。

ちょっとしたミスぐらい目をつぶったり、
笑い飛ばせる余裕が自分になかった。

先生たちの対応が悪いと感じたのは、被害妄想に駆られた自分のせい。
やらなきゃいけないことがきちんとできなかったり、
毎日報告を受ける時に上手に返事ができなかったり、
病気のせいで当たり前のことができない自分にストレスを感じていた。

本当は誰も自分を責めているわけじゃないのに、
責められたり、評価が下がることを恐れて、
相手を責めたり批判したりするほうにどんどん気持ちが流れていってしまった。

先生たちにもっともっとと努力を求める前に、
自分自身ももっと努力をする必要があったんじゃないだろうか・・・?

そう・・・いってみれば、
責任のなすりつけあいではなく「協力」。

私には協力するという気持ちが足りなかった・・・。

喜んで保育園に行きたがる長女。
どんどん新しいことを吸収してくるゴルゴ。
保育園の荷物を嬉しそうに見ているえなり。

今通っている保育園が楽しい所だということはこの子たちが証明している。

簡単に保育園を変えるとかなんとかいう決断を下す前に、
自分がもっとこの現実に向き合い、努力をする必要があるのかもしれない。


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【2010/05/15】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
受け入れるということ
私は昔からいろんなものに対して完璧を求めるところがある。
だから、ちょっとでも気に入らないことがあるとすぐに切り捨ててきた。

人間関係、仕事・・・。
だけど完璧を求めて得るものなど何もなく、
逆に自分が苦しくなってしまうだけだった。

十分わかっているはずなのにやめられない・・・。

こんどの保育園の一件があって、
たくさんの人の意見や考えを知ることの大事さを実感した。

自分の意見や主張ばかりを通そうとしても、
そこには争いしか生まれない。

だけど、自分以外の親の意見、子供の気持ち、保育士の気持ち、
1つの問題でも、違う方向から見ることでまったく違うものが見えてくる。

誰が正しい、誰が間違ってる・・・ただそれだけのことではなく、
様々な立場の様々な思いがある。

そして、それらのことには必ずしも正しい答えがあるとは限らない。
苦しいのは自分だけでもなければ、
一生懸命努力しているのも自分だけではない。

確かにあの保育園の園長はクソだ。
だけど、他の保育士たちは一生懸命やってくれている。

だから園長がクソだからといって、
他の保育士全員も否定したり疑ったりするのはやっぱり違う。

1つの悪いことのために、
良い部分まで全部を真っ黒に塗りつぶす必要はないのだ。

子供たちが楽しく過ごせているかどうか・・・肝心なことはそこだけ。
その一番大事な部分がきちんと満たされているんだから、
それでいいのだ。

妥協ではなく、不完全なものを不完全なまま受け入れるということ。

意見や要望があればその都度話して一緒に解決していけばいい。
決して責め立てて自分の意見を押し通すことだけが全てではない。

完璧なものなど世の中には存在しないのだから。

私はもっともっとたくさんのことを学ばなければいけない。
もっともっとたくさんのことを許せるようになるために・・・。


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【2010/05/17】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
反撃開始
保育園の問題が解決したあたりから体のほうも少しずつ安定してきた。
うつの兆候が出始めてからこの間、約2週間。
・・・まぁ、こんなもんだろう。

うつ病には波がある。
苦しくてもがいている時は今すぐこの苦痛から逃れたいと思うが、
時間が経てばそれは必ずいったん落ち着く。

「薬のおかげでラクになった」
「ようやく薬が効いてきた」

うつ病のブログを読んでいるとよくそういう文章を目にするが、
薬を飲まなくても症状は安定する。

・・・さて、そろそろ活動開始の時期かな・・・。

これまでも何度も何度も経験を積み重ねてきたことだ。

まずは山積みになっているダイニングテーブルの片付け。
数日開けて、洗面所の掃除。翌日はお風呂。

料理はまた作れなくなってしまったが、いまさらショックもなく、
「またか・・・」という感じ。

とりあえずは、旦那が買ってきてくれるお弁当や、
前日に作り置きしてくれるカレーや煮物でしのぐ。
そして3?4日もたてばだんだん弁当に嫌気がさしてくる。

そろそろだな・・・。

冷蔵庫を開ける。
冷凍のトンカツを取り出す。揚げる。
キャベツを切る。

・・・はい、ご飯完了


私は以前ブログの記事にも書いた。

「再発したところで、やることは今までと変わりません。
治し方がわかってりゃ何も怖いことはないです。」・・・と。

体調が悪化するたびに弱音を吐いて醜態をさらすが、
その思いは何も変わらない。

私はもう一度、うつ病の波と離人感を消します( ̄へ ̄)b
【2010/05/19】 | うつ病奮闘記⑦ | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
名医を探せ
うつの波がいったん引いたところで反撃開始といきたかったが、
初っ端からおもいっきりつまずきました( ̄∀ ̄;)
世の中そう簡単に思い通りにはいかないもんです・・・

長女と双子が保育園に入ってからというもの、
とにかく次から次へと吹き荒れる体調不良の嵐

えなりの胃腸風邪に始まり、長女、長男、ゴルゴと結局家族全員に感染。
毎日が下痢と嘔吐の連続。

やっと治まったと思ったら、次から次へと発熱。
これで終わりかと思いきや、今度はひどい咳と鼻水のコラボレーション。
そしてまた熱・・・ キリがない・・・。

1日行っては2日休み、2日行っては3日休み。
結局先週なんかはまるっと1週間一度も保育園に行けず、
ひたすら毎日看病看病の日々・・・
これでもかというくらい集団生活の洗礼を浴びました。

ああ・・・いい加減疲れた・・・il||li _| ̄|○ il||li

こんな調子なので、せっかく一度立ち去ったうつの波も速攻カムバック。
マイナス思考に飲み込まれていたり、魂抜けたような状態になっていたり・・・。

でもせっかくこれだけ連続して風邪をひいているので、
近場で良い小児科を探すいいチャンスだと思い、
あっちをフラフラこっちをフラフラしておりました(笑)

いざという時や重症な場合は総合病院があるので安心なのだが、
軽い風邪程度なら、サッと行ってサッと帰れる個人病院のほうがラク。

それぞれの先生の診断方法や処方、子供に対する接し方など、
いろいろチェックしてきました

何ヶ所か行ってみて気がついたのですが、
たかが風邪でも先生によって診断の仕方が微妙に違うんですよね。

鼻と喉だけ見て終わりという先生もいれば、
機械を使ってじっくり調べる先生もいる。
処方される薬も3日ぶんだったり5日ぶんだったり7日ぶんだったり・・・。

長男の時を思い返してみても、普通の風邪以外に、
水疱瘡、手足口病、結膜炎、中耳炎、毛虫に刺された・・・etc
数え切れないほど病院に通っている。

それだけ何度も通うところだけに診断の腕はもちろんのこと、
先生との相性や気軽に通えるかどうかもとっても大事

今のところ、「ここに決定!」というほど気に入ったところはないが、
じっくりゆっくりかかりつけ医を探そうと思います^^
【2010/05/24】 | 長女+双子の同時育児 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
水いぼと停留睾丸
前回の記事を読んでいると、何もそこまでしなくても・・・とか、
とりあえず医者を信頼しなくちゃ・・・と思う方もいるかもしれませんが、
私が小児科選びにこだわっているのには理由があります。

過去記事にゴルゴのでべそのことやのことなどを書きましたが、
でべそは放置で治り、痔はうんちを出す努力で切らずにすみました。

そして去年の夏頃から出始めたのが水いぼ

ネットでもいろいろ検索して2件の皮膚科にかかりました。
1軒目では、「これぐらいなら塗り薬で治るかも」とのことで、
漢方の塗り薬をもらいました。

「気になるようなら簡単に取れるのでいつでも来てください」とのことだったが、
残念なことに麻酔なしだったため取らずに帰った。
人にもよるだろうが、結構痛いらしいので・・・

2件目では「水いぼは免疫ができるまでは何をしても無駄」という意見。
あれれ・・・1件目と言ってることが違うじゃん・・・( ̄∀ ̄;)

「放置していても問題ないが、取りたければ麻酔テープを渡します」とのこと。
これを貼って、効いてきた頃に処置してもらいに行けば痛みなし。

たかが水いぼ、されど水いぼ。
水いぼひとつとっても医者どうしで意見が食い違ってるんだから、
あとは親として、どっちの医者を信用するかだけだわね。。。

結局我が家は漢方の塗り薬は効かず、
水いぼの数が増えてきて、肌荒れなども起こし始めたので、
2件目の皮膚科で麻酔テープを貼って取ってもらうことにしました。

なんとかいうお茶を飲んだらすぐ治ったとか、
塗り薬で治ったとか、ネット上ではまぁいろんな意見がありましたが、
結局完全に出なくなるのに1年ぐらいかかりました。

そして、今回ぶち当たったのが、えなり三男の停留睾丸

保育園の先生に指摘を受けて、近くの小児科に行ったのですが、
「3歳までに手術しないといけないだろうから総合病院に行くように」
とのことで慌てていつも行っている総合病院に。

ところが総合病院の先生の診断結果はというと・・・

「問題なし

はああああーーーー????Σ(゚Д゚;)

近くの小児科で診てもらった時には、片方の睾丸は半分しか入っておらず、
もう片方はどこへ行っちゃったかわからないような状態でした。

不安になって聞き直してみたのですが、
「こんだけしっかり降りてれば大丈夫。放っておけばいい(^∀^)」
と先生は自信たっぷり満面の笑み。

これまたネット上では「手術しました」っていう人がたくさんいたんです。
早く手術しないと大人になってから不妊の原因になるとかで・・・。
もちろん、程度や症状の違いはあると思いますが・・・。

結局ねぇ・・・医者が変われば処置が変わる。

切らずに済むならそれが一番だし、苦痛だって少ないほうがいいし、
薬だって体に不必要なものはできるだけ飲みたくない。

医者によって考え方が違う、処置が違うというのであれば、
自分が納得いく治療を選択したほうがいいと私は思うのだ。
特に小児科は1番行くところだからなおさら。

子供は産んだらおしまいではなく、産んでからが本格的な戦い。
我が家も、水疱瘡は全員終わったが、おたふくやはしか、盲腸など、
これから先かかる可能性のあるものはたくさんある。
その時に備えて万全の体制で臨みたいのです。

あとは、自分の過去の経験や対人恐怖症的な部分も考慮し、
わからないことを気軽に聞けるかとか、態度が横柄じゃないかとか

病院に連れて行くことが苦痛になってしまったら、
大事な子供の命は守れないですからね・・・^^
【2010/05/26】 | 長女+双子の同時育児 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
中学校初の家庭訪問
もう先月の話になるが、我が家では3連チャンで家庭訪問があった。
そのトップバッターは中学1年生になった長男。

小4から小6までは優しい先生に当たったのでノビノビとしていたが、
今度の先生はごつい体格で生活指導もやっているベテランの男の先生。

恐る恐る玄関を開けると、びっくりするぐらいの目ヂカラ
そしてその影に隠れるようにしているびっくりするくらい控えめな副担任

「学校での様子はどうですか?」と聞いてみると・・・

「クールですねぇ?(^∀^)」と一言。

「積極的に話しかけてくるわけではないんだけど、
かといって1人でポツンとしているわけでもなくて、結構慕われてたり・・・。
なんか不思議な子ですよね?。
髪の毛も長いし・・・独特の雰囲気をかもし出してます(笑)」

ふっふっふ?、
あのつかみどころのない性格はそんなふうにも表現できるんだね・・( ̄∀ ̄;)

今では身長も私と同じぐらいになり、足は私よりも大きい。
大人並みに飯を喰らい、口ひげも生え、足からは納豆の臭いがする

実際はクールだなんてとんでもなくて、
部屋はぐちゃぐちゃだし、真夏日にトレーナーとジャンバーを着て出かける

ただの大バカ野郎です

小学校に比べて勉強も部活も大変な中学校生活。
片道30分もかかる道のりを毎日徒歩で通っているのにも関わらず、
おやつを食べたら速攻で遊びに出かけて行くパワフルさ・・・。

成長したなぁと思うこともあれば、まだまだ幼いなぁと感じることもあったり、
これから先どんな大人になっていくのかまったく予想がつきません。

まぁ何はともあれ、担任も副担任も面白い先生のようだし、
楽しい中学校3年間になるといいなぁと思います
【2010/05/31】 | 長男のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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