僕は上手に君を愛してるかい 愛せてるかい ![]() アルバム「ASKA the BEST」より ●歌 詞 * * うつ病主婦の想い * * 愛された記憶のない私は、育児をしていても戸惑うことばかり。 どんなふうにしてあげれば嬉しいんだろ・・・。 テレビでやってるみたいにぎゅ?っと抱きしめてみる。 テレビでやってるみたいに頬をすりすりしてみる。 嫌じゃないだろうか・・・。 大丈夫、なんだかとっても喜んでるみたいだ・・・。 そんなふうにひとつずつひとつずつ手探りで愛し方を覚えた。 嬉しくて何度も何度もせがんでくる子供たち。 その小さな手はとてもあたたかく、 抱っこしながら、まるで自分が抱っこされてるみたいに癒される・・・。 どれだけ私の愛情を伝えられているかな・・・。 私に愛された記憶がちゃんと残ってくれるといいな・・・。 |
家事や育児ばかりしているとストレスが溜まってしまうので、
気分転換に何か違うことをやらなきゃと思うのだが、 時間が限られているので、なかなかやりたいことも浮かばない今日この頃。 服を買いに出かけても、 ん?、別にどうしても今必要ってわけじゃないし・・・と思ってしまい、 歩き回るだけ歩いて何も買わずに終わる。 美容院でも行ってみるか・・・と思っても、 気に入らない髪形になったら嫌だし、自分で切ったほうがラクでいいや、 と風呂場でチョキチョキ・・・ ![]() 結局、いつも行ってるスーパーで野菜を買ったり、 ホームセンターを物色している時のほうが充実していたりする・・・( ̄∀ ̄;) 昔は流行りの服や髪型や映画や曲・・・いろんなことに興味があったけど、 今の私の興味の矛先はほとんどがこの散らかった部屋の片付け。 子供たちの安全を確実に確保しながら、 何をどこにどんなふうに配置すれば、見栄え良く、かつ機能的になるか。 ああでもないこうでもないとあれこれ試行錯誤を繰り返して、 ようやく自分の感性にピタッときた時には異常に興奮するヽ(`∀´)ノ うつで調子が悪い時はゴミの山に埋もれているほうが落ち着いたりするのだが、 調子がいい時はやっぱり片付いているほうが気分がいい ![]() 子供が成長するにつれて使うものが増えたり減ったり変わったり・・・。 結局どれだけやってもキリがないんだけど、 すっきりしつつも決して無機質な感じにならないようにと日々奮闘している ![]() やっぱり私は片付けが好きなんだなぁ・・・。 ⇒「他者とのつながり」へつづく |
長女は今反抗期なので1日に何度となく泣き喚く。
自分の思い通りにいかなかったり、やりたいことができなかったり・・・。 調子がいい時はいいのだが、調子が悪くなってくると、 その大きな叫び声や暴れ具合にいっきにカーッと頭に血が上る。 長男の時もそうだったのだが、 常にギリギリの精神状態で過ごす育児期間というのは、 可愛いと憎たらしいは紙一重。 普段どんなに可愛いと思っていても、一度手をあげてしまったら、 きっと止まらなくなるのだろうと漠然と思っていた。 これまでも何回ももうダメだ、私はこの子たちを殺してしまうかもしれない、 ・・・そう思ったことがあった。 だから私はカーッと頭に血が上ったら、 とりあえずその場から立ち去ることにしている。 自分1人しかいない時でも、いったん長女や双子から離れ、 じーっと怒りが去るのを待っている。 自分の体がどれだけ傷ついてもかまわない。 でも子供たちの体に傷をつけてはいけない。 だってそれは自分の傷以上にとてもとても心が痛むから・・・。 時間がたって部屋に戻ると、ちょっとひきつった顔で長女が笑う。 「エンエンしちゃった・・・」←泣いちゃったという意味 「うん、エンエンしちゃったね」 私もちょっと無理して笑顔を作って応えてみる。 私が笑うと安心したようにいつもの笑顔の長女に戻り、 「おかあしゃん、おいでおいでー(^∀^)ノ」とはしゃぎだす。 憎しみは何も生み出さない。 でも笑顔は笑顔を生み出すことができる。 いったいどれだけこの子たちに救われたかな・・・(^ー^) ⇒「世話焼き姉ちゃん」へつづく |
小さい頃は気が弱くて、蹴られても叩かれてもおもちゃを取られても、
何も言えずにしょぼんとしていた長男(_ _;) ちょっと強引に言われると断ることもできないので、 約束が重なってしまったり、嫌々遊んでいたり・・・ ![]() 男の子なのにこんなんで大丈夫なのかなぁ・・・と、 私にとっても長い間心配の種になっていたのだが、 つい最近、友達から遊びの誘いの電話がかかってきた時のこと、 「無理!( ̄ ω  ̄)」 と、おもいっきり断っていた・・・( ̄Д ̄;) そういえば、ピンポンが鳴って誰かが来たはずなのに、 上がらずに帰っていったような感じのことが最近何回かあった・・・。 ん?、やっぱりあれは長男が断っていたのか・・・!? 以前は来るもの拒まずでなんでもいいよいいよだったので、 去年の今頃でも、友達を家に泊める泊めないでさんざん私ともめていた長男。 (「日本男児君の陰謀(笑)」の記事参照) いつの間にかこんなにしっかり断れるようになっていたんですねぇ・・・。 子供の成長は早く、しかもその性格もどんどん変化していく。 子供をしっかり見つめることは必要だが、それ以上に大切なのは きっと見守ることなのだろうと思う。 私はたまたま長女や双子が生まれ忙しくなってしまったから、 長男が変化していくのを邪魔しなくてすんだ。 これが長女や双子たちがいなくて時間がたっぷりあったら、 きっと朝から晩まであれやこれやと口出しして、 「昔っからあんたはこういう性格だから」とか余計なことを言ってたに違いない^^; 親になると、子供を心配するあまりなんでも教え込もうとしてしまうが、 頭ではわかっていても実際自分で経験しないとわからないこともたくさんある。 だから、失敗するとわかっていてもあえて黙っていることも必要なんだろうな・・・。 自分が思いつくままに行動し、自分がやりたいように行動し、 失敗したり、間違ったり・・・。 そうやって経験を積んでいくうちに自然に大人になっていく。 そういうものかもしれないな・・・。 親が子供にしてやれることというのは、子供の前を歩くことじゃなく、 子供の後ろをついて歩き、振り返った時にそこにいること。 そんな気がする・・・^^ ⇒「どこまでがお手伝い?」へつづく |
ここのところなぜか旦那とお風呂に入るのを拒否している長女。
「このおもちゃで遊ぼっか?」「これはどうかな?」 懸命な旦那の誘いも虚しく、完全拒否の状態 それでもしつこく声をかけ続けていたら 「絶対にダメ ![]() ![]() おお?、いつの間にそんな言葉覚えたんだ?と驚いたのも束の間、 その次に長女が旦那に言い放った言葉は・・・ 「テレビでも見てなさい ![]() これには私も長男も腹を抱えて笑ってしまいました(^Д^) どこでそんな言葉覚えたのか知らないが、 お父さん、毎日頑張ってるのになんでこんなに嫌われちゃってるんだろうねぇ? そんな長女はとっても世話焼き。 ゴルゴ次男が「んんーー」と踏ん張るような声を出すと、 「うん?ゴルゴ、うんぽっぽ(うんち)出た?出たの?」と言って近づき、 お尻のあたりの匂いをクンクン ![]() ズボンまで脱がせてくれます・・・( ̄∀ ̄;) 洗濯物を干しながら鼻歌を歌っていたり、 「ゴルゴー!えなりー!いい加減にしなさーい!」と説教たれていたり・・・。 普段私がやってることをホントよく見てるんだね・・・。 小さな母ちゃんに毎日怒鳴られて、 双子たちもますますたくましくなっていきそうです(笑) ⇒「長女のおむつはずし」へつづく |
私はうつ病のひどかった頃まったくテレビを見ない時期があったが、
回復し始めた頃にアニメ「NARUTO」だけは見ていた。 このアニメは本当によくできていて、登場人物1人1人にとても深いドラマがある。 忍者の話なのだが、現在に通じるものもたくさんあり、 孤独、怒り、悲しみ、憎しみ、生きること・・・様々なことを考えさせられる。 下手なアカデミー賞映画なんかより全然素晴らしい。 その中でも私は我愛羅という登場人物に共感し、 このブログでもガアラというハンドルネームを使っている。 実験的な兵器として生まれ、愛に餓え、孤独に苦しめられ、 他者を殺すことだけが己の存在を証明することになってしまった彼だったが、 様々な出会いの中で少しずつ心が変化していく。 以下、「NARUTO疾風伝」での我愛羅の言葉(一部省略あり) 「待っているだけでは、もっと大きな苦しみにまた襲われる。 努力し、自ら切り開くしかないんだ。 1人っきりの孤独な道に逃げず・・・。 この里につながり、生きるために 努力し、他者から認められる存在になりたい。 他者とのつながり・・・ 俺にとってそれは憎しみと殺意でしかなかった。 しかし、あいつがそこまでして言うつながりとは何なのか、 今頃になって俺にも少しわかったことがある。 苦しみや悲しみ、喜びも 他の誰かと分かち合うことができるのだと・・・。 あいつは俺と同じ苦しみを知っていた。 そして生きる道を変えることができることを教えてくれた。 俺もいつか誰からも必要とされる存在になりたい。」 うつのど真中にいてはこの言葉の本当の意味はわからないだろうと思うし、 反感すら覚えてしまうかもしれない。 だけど、回復した時にきっとこの言葉の意味がわかる。 自分の中の「過去」とどうやって向き合っていけばいいのか・・・。 時間のある方はぜひ第1話から「NARUTO」をご覧になってみてください^^ ⇒「おじいさん」へつづく |
双子が生まれてからというもの、
どうあがいても誰かの手を借りなければいけない状況は多々あった。 旦那がいない日は、ちょっとした買い物だろうが1人で3人は連れていけないし、 お風呂の時間も、1人を入れている間、他の2人がほったらかしになってしまう。 そんな時の頼みの綱は長男。 「ゴメン、ちょっとの間だけ見ててくれる?(´人`)」 でも、長男だってまだ小学生。 当然最初から上手にできるはずもなく、テレビに夢中になってほったらかしてたり、 「どうやっても泣き止まない!どうすればいいの!もう嫌だ!」と、怒ったり・・・。 そのたびに何度も何度もケンカして、 「もういい!もうあんたには頼まない!私が1人でやる!」と意地になって・・・。 でも意地になって1人でやろうとしたって、結局は3人を危険にさらすだけ。 頼みたくない・・・でも頼まなきゃいけない・・・悔しいけどそれが現実。 そして長男は長男で、我慢することが増え、 頑張っても頑張ってもうまくいかず叱られる苛立ち・・・。 話し合ってはまた怒鳴りあい、解決してもまた怒鳴りあい・・・。 いつになったら終わるのだろうかと、気が遠くなる日々だった。 そんな生活ももうかれこれ1年。 現在長男は、双子や長女の歯磨きをしてくれたり、 私が体調が悪い時は代わりに3人をお風呂に入れてくれたり・・・。 不器用で、相変わらず乱暴に扱ったり、泣かせてしまったりしているが、 それでも、自分なりに工夫し、自分なりに「お兄ちゃん」として頑張っている。 「兄弟がいるのって大変。・・・でも、兄弟がいるのって楽しい^^」 そんなふうに思える長男はやっぱりスゴイな。 私だったらたぶん、ものすごくひねくれちゃってるな・・・ ![]() しかも懲りずに「次は女の双子を産んでね(^∀^) ![]() とまで言いやがる。 お前ってやつぁ・・・やっぱツワモノだわ・・・( ̄∀ ̄;) ⇒「長所と短所は紙一重」へつづく |
我が家の右斜め前には老夫婦が住んでいる。
おじいさんのほうはちょっと怖い顔をしていて、最初の頃に 「車のエンジン音がうるさい」とか「浄化槽はきちんと点検してるか」とか、 ちょこちょこと注意されたことがあって、ややビビッっていた( ̄- ̄|||) ![]() そんなおじいさんが数ヶ月前、出かけようとした時に声をかけてきた。 「いらないおもちゃがあるんだが、もらってくれないか?」 てっきりまた何か注意されるのかと思ったので、ちょっとビックリしたのだが、 「助かります。欲しいです^^」と言ったところ、 袋にたくさんのおもちゃを持ってきてくれた ![]() ![]() ![]() 自分の子どもが赤ちゃん時代に使っていたおもちゃ。 もう20年ぐらい前の物だろうと思うが、とても保存状態がいい。 こんなふうにずっと大事に取っておくなんて・・・ この人たちがどれほど子供たちを大事に育ててきたのかがわかる。。。 その後も、本を持ってきてくれたり、 子供用のお茶碗や湯のみを持ってきてくれたり・・・。 実はこのおじいさん、毎日家の前を掃き掃除している。 自分の家の前だけじゃなく、我が家の駐車場、その隣の駐車場から道路まで・・・。 たまに我が家の駐車場に野良猫が ![]() 知らない間におじいさんが片付けてくれていたりする。 年寄りの暇つぶしなのか1日1善なのか・・・。 でも、ちょっとやそっとの半端な気持ちじゃ、 他人の家に転がってる野良猫の ![]() 「お年寄りを大事にしなさい」とは昔から何度も聞かされてきた言葉だが、 長生きしているというだけでなぜ無条件に尊敬しなきゃいけないのか? と、昔の私は思っていた。 でも今は、すれ違うたびに声をかけてくれたり、話しかけてくれたり、 自分の子供の話、孫の話なんかを聞かせてくれる近所の人たちのことを、 素直に有難いと思うようになった。 人付き合いが苦手で、この家に引っ越して最初の頃は、 もっとプライバシーが守れる場所のほうがうつ病にはいいのではと思っていた。 でも今は、1人きりの孤独に戻るほうがはるかに怖い。 人は時として、とてつもなく大きな恐怖の対象ともなるが、 それとは正反対に、 とてもあたたかく安らぎを与えてくれる存在にもなるのだな・・・。 ⇒「フタを開けてみれば・・・」へつづく |
双子を連れて歩いているととにかくよく声をかけられる。
双子だとすごく大変なイメージが強くて、 少しでも励ましてあげなきゃ・・・という気持ちになってしまうのかな・・・!? それが「すぐ上にお姉ちゃんもいるんですよ」と言うと、 「そりゃあ、もっと大変だ ![]() ![]() 「1番上は6年生です」と言うと、ビックリしすぎて言葉も出なくなるようだ(笑) そんな大家族で先日近所の病院に予防接種に行った時のこと。 病院は小さな個人病院なので待合室も狭く、 6人も一緒に入ってきたらそれだけで相当目立つ。 6年生の長男に、2歳の長女、そしてベビーカーに乗った双子。 これは全部家族なのか?それとも親戚か?知り合いか? 待合室で他の席に座っている人の頭の中には、 おそらくいろいろな想像が膨らんでいるのだろう。 今回の予防接種は長男、次男、三男と男3人同じ日に予約を取ってあったので、 「○○さ?ん」と名前を呼ばれた後、 旦那を先頭に男連中が全員ゾロゾロと中待合室に入っていった。 でも、事情を知らない人から見たらきっと訳わからない感じだろうな・・・( ̄∀ ̄;) そして案の定、誰も話しかけてこない(笑) 訳わからなさすぎて、 自然と「関わらないようにしよう」という意識が働いてしまうんでしょうね(^Д^) 昔、子供が長男しかいなかった時は 「何人も産めるなんて信じられない。私には無理。」と思っていたし、 双子のお世話を初めてした時も、 「多胎児の親やってる人は宇宙人か?こんなこと出来るわけがねぇ」と思った。 でも、気がつけば私も4人の母親で、双子の世話ももう1年もやってる。 他人からみたら立派な宇宙人かも。。。 なんのことはない、ただのうつ病主婦なんだけどね。 立派に見えたりベテランに見えたりする他人も案外そんなもんかもしれません^^ ⇒「体の不思議」へつづく |
我が家の食事の時間は、双子が離乳食を始めた頃から戦場と化した。
ゴルゴ次男はとにかく食欲がすごくて、自分の皿の物をたいらげると、 さっさと立ち上がり、他の皿の物を奪いに行く。 えなり三男はえなり三男で超の?んびり。 取られようが何だろうがまったく反応なし(´ー`) ウトウトしていたり、ご飯を1粒づつ拾って食べていたりするので、 いつまでたっても終わりゃあしない。。。 ![]() 長女はゴルゴの攻撃を避けるために皿を持って逃げ回り、雄叫びをあげる。 自分の皿の物がなくなったえなりは床に落ちているものを拾い食い。 はぁ・・・しつけもクソもあったもんじゃない・・・┐(´Д`;)┌ しかしゴルゴ次男が少し前からパタッと食べなくなった。 おっ、どっか具合でも悪いのか・・・?と少し心配もしたが、 今までが食べすぎだからこれでちょうど良くなるかもなと思っていた。 ・・・が、甘かった。 食べないということは・・・ そのぶん食事時に暴れまわる(TДT) 食べ物も皿も投げ捨て、降ろしても降ろしてもテーブルによじ登り、 そのうちコップの水はこぼすは、皿の中におもちゃを放り込まれるはで、 テーブルの上はぐっちゃぐちゃ・・・。 相変わらず雄叫びをあげ続ける長女に、拾い食いしているえなり・・・ はぁ・・・頼むからゆっくり食べさせて・・・┐(´Д`;)┌ ・・・というわけで、現在は家族全員がゴルゴの攻撃を避けて、 味わう余裕もなく大急ぎで食べている。 ミルクだけだった頃が懐かしい。。。 ⇒「1歳半健診と保育園面接」へつづく |
ゴルゴ次男が痔になって早や4ヶ月・・・。
ウンチを軟らかくする薬を毎日朝晩ミルクに混ぜて飲ませていたのだが、 最初の1ヶ月は薬を飲ませていてもなかなか出したがらず、 出してくれないからまた硬くなる・・・という繰り返しで、ほぼ毎日座薬に頼る日々 ![]() それでも1ヶ月を過ぎたあたりからだんだんと自分で出せるようになり、 あんなに巨大化していたお尻のピラピラも2ヶ月目にはシュルルルル・・・と、 気がつけばすっかり元通りのキレイなお尻に・・・(´∀`) よかったねぇゴルゴ・・・これで痔との闘いも終わりだねぇ・・・ と期待しながら病院の診察を受けてみたのだが・・・ 待合室に響き渡るゴルゴの叫び声。 どうしたんだ・・・? しばらくしてひきつった顔で旦那が診察室から戻ってきた。 ゴルゴの肛門に先生の指が・・・(T∀T) ゴルゴの痔は肛門の中に傷があるそうで、 肛門に指を入れて治り具合を確認したらしいです。 痔の世界ってなかなか過酷なのね・・・ ![]() 次こそはと臨んだ1ヵ月後の診察でもやはり指をブスリ・・・ ![]() 「では2ヵ月後にまた来てください(^ー^)」 便を軟らかくする薬は急にやめると便秘が悪化する場合があるらしく、 徐々に減らしながらしばらく様子をみるようにとのこと・・・。 あはは・・・また診察受けなきゃいけないのね・・・ ![]() でもその後、薬を1日1回に減らしてみたが特に問題なく、 現在は薬を飲ませなくなって数日たったが、順調に出ている。 もうこれで次の診察では間違いなくOKの返事がもらえることでしょう ![]() うつ病の薬もこのぐらい確実な効果があれば、 何年も苦しみ続ける人はもっと減るのにね・・・と思う私であった・・・( ̄ω ̄) とりあえずは痔よ、サラバ! ![]() 追記:翌月の診察で無事完治となりました。その後も順調です ![]() ⇒「おしゃぶりはずし」へつづく |
双子の育児では睡眠時間を確保するためと、抱っこする時間を減らすために、
新生児の頃から寝かせる時にはおしゃぶりを使用していた。 えなり三男はとくに寝ぐずりがひどかったため、 おしゃぶりなしではどうにもならなかっただろうと思う。 でも1歳を過ぎたあたりから昼間の活動が活発になったせいか、 寝ぐずりのひどかったえなり三男もコテッと寝てしまう日がでてきた ![]() よし、ボチボチだな・・・ということでおしゃぶりはずしを決行 ![]() 初日は、いつもあるはずのおしゃぶりが待っても待っても出てこず、 不安そうにちょっと探し回ってる感じのえなり・・・(T-T) しばらく様子を見ていたが、やはり眠れないようだったので、 久しぶりに抱っこしてユラユラ・・・。 あぁ、なんだか懐かしいわぁ?、この感じ(´∀`*) ようやく寝たなと思って布団に寝かせると「うぎゃ?」 皆が寝静まった夜中にも「ふぎゃ?」 そのたんびに抱っこしてユラユラ・・・。 改めて、おしゃぶりのおかげでラクさせてもらってたなぁと感謝 ![]() 今まで助けてもらったぶん、これからは自分で頑張るよ? ![]() ・・・ということで、2日目も同じように抱っこ。 でも、3日目には添い寝。 4日目には、寝返り打ちながらいつの間にか寝てしまっていました。 今ではもうおしゃぶりなしでも爆睡です(。-ω-。) zzZ もともと昼間も寝かせる時や、 どうにもこうにも手が回らない時だけしか使わないようにしていたので、 おしゃぶりはずしはスムーズにいきました。 1歳を過ぎるといろいろなことに対して執着がでてきたり、 反抗期に入ったりで止めるのが難しくなってしまうと思うので、 おしゃぶりを使用するとしてもそのぐらいまでには卒業したほうがいいかな・・・。 うつ病とはいえど、頑張る時は頑張らないといけないですからね^^ ⇒「束縛されない男」へつづく |
家族の食卓に 湯気立てて寄り添う ![]() アルバム「風夢」より * * うつ病主婦の想い * * 高校を卒業して1人暮らしを始めた頃、 駅からアパートまでの帰り道を歩きながら時々この曲を思い出していた。 おいしそうな晩御飯の匂いと家族の笑い声。 あの灯りの向こうには幸せな家族がいるんだろうな・・・。 家族なんて必要ない。友達も永遠じゃない。 仕事をして社会で認められて、立派になりたい。 カッコイイ生き方をしたい。 そう思っていたはずなのに、気がつけばこの曲を思い出し、 なぜかいつも立ち止まってしまう自分がいた。 長男が生まれ、長女が生まれ、双子が生まれ・・・ すっかりにぎやかになり、すっかり散らかり放題になり、 怒鳴り声や泣き声ばかりでカッコ良さとは無縁の毎日。 だけど、可愛いんだ・・・。 このプニュプニュの足、ふてくされた顔、暴れっぷり。 子供たちは毎日必死に抵抗してくるけど、 可愛いくて可愛いくて、私は笑ってしまうんだ・・・(^ー^) 結局私はあたたかい家庭が欲しかったんだな・・・。 今頃になってそう気付く。 だからこの何気ない毎日がとても大事なんだ・・・。 どうってことない毎日がとってもあったかいんだ・・・。 |
長男が保育所の年中の時の話だが、夜中に突然泣き出した。
耳のあたりを押さえて「痛い、痛い」と泣いているので、 「あ、これはもしかして中耳炎かも」と思い、急いで救急へ・・・。 その日は飲み薬をもらい、翌日耳鼻咽喉科へ行くように言われたので、 とりあえず近場で探して行ってみた。 すると、そこのおじいちゃん医師はいきなり鼓膜を切開。 そして、「蓄膿にもなってるからこれから毎日通ってね」とのこと。 その後鼻の中に何か突っ込んで機械で吸入?のようなものをし、 飲み薬をもらった。 毎日薬を飲み、通院すること1ヶ月 ![]() 蓄膿の治療は長くかかるとは聞いていたが、 それにしても、やたらと長男が風邪をひく。。。 ![]() 今まで滅多に風邪をひかなかった長男が、 なんでたて続けに何度もひくんだ・・・? 機械で毎回鼻と喉を治療しているのだから、良くなるはずなのに・・・ ちょっとおかしくないか・・・?(ーー;) 気になって、職場の人や保育所の知り合いなど、 いろいろな人に聞いて回ってみた。 その結果、あの病院は・・・ヤブだという噂がちらほら・・・ ![]() よし、もう1回確認してやろうと思い病院へ。 おじいちゃん医師は自信満々に 「また悪化してきたね」との診察結果。 「せっかく1週間に1回の通院になったとこだけど、 これからしばらくはまた毎日通ってね」・・・と。 その言葉をしっかり確認し、翌日近所で評判の耳鼻咽喉科へ。。。 ⇒「くそくらえっっ!!」へつづく |
ヤブと噂の耳鼻咽喉科で「蓄膿が悪化してる」と言われた翌日、
近所で評判の耳鼻咽喉科へ行った私と長男。 さすがに人気の病院だけあって混みこみで2時間待ち ![]() しかしここで引き下がってはならんと辛抱辛抱・・・(- _ -) 鼻の中を確認し、レントゲンを撮り・・・評判の女医さんの診断結果は・・・ 異常なし!!!Σ(゚Д゚;) 最初の状態を見ていないから、本当に蓄膿だったのかどうかは判断できないが、 とりあえず今の段階ではどこにも異常はみられない。 とてもキレイな状態ですよ・・・とのこと。 「昨日、悪化してるって言われたばかりなんですけど・・・」と話すと、 「あの病院からここに流れてくる患者さん、結構多いんですよ・・・ ![]() と、女医さんも困った顔をしていた・・・。 やはり間違いない。。。 あのジジィはヤブ医者!!(`皿´#) それまで医者を疑うことなどなかった私だが、この件で思い知った。 医者だから、病院だからといって何もかも信用しちゃいけねぇ ![]() 世の中にはこういう腐った医者もいる ![]() 長男は通院と服薬をやめてからみるみるうちに健康を取り戻した。 以前のように風邪をひかなくなり、中耳炎も蓄膿もそれ以来やっていない。 やっぱり健康な体に不必要なものを入れ続けるというのは、 とっても危険・・・ ![]() それ以来私は、新しく病院に行く時は必ず前もって評判を聞いたり、 ネットで情報を確認してから行くようにしている。 自分のことならまだしも、 症状をうまく伝えられない子供をヤブにみせるのはとても可哀想 ![]() 耳鼻科以外にも、皮膚科、眼科、外科・・・ とにかく子供は病院に連れて行く機会が多い。 医者選びは慎重に・・・ですね。 そしてそれは精神科やメンタルクリニックも一緒。 くだらん医者のために人生を棒にふるのはもったいない。 医者を選ぶのは自分です・・・σ(`へ´) |
私がうつ病を発症したのは5年前だが、
ストレスによる体の不調はそれよりかなり以前から出ていた。 例えば、ひどい生理不順。 私は初潮が来たのが中学3年の時で、クラスで1番遅かった。 そしてそれ以降、まるっと1年間来ず、 ようやく来るようになったものの、周期は3?4ヶ月に1回。 結局、20歳頃になって出血が止まらなくなり病院に行くと、 あなたの場合は排卵してません。これは生理ではなく不正出血です」との診断。 私は極端に食べ物の好き嫌いが多いため、 栄養状態が悪いのも原因かもしれない。 好き嫌いなんか本人の努力しだいでなんとでもなる、ただの甘えだ・・・、 多くの人はそう思うだろうと思う。 私自身もそう思い、過去に何度か克服しようと努力したこともあった。 しかし、口に入れた瞬間に反射的に吐いてしまう。 理由はわからなかった。 ただ、少し前にはっきりとした味覚異常を起こした時にふと思った。 私はもしかして昔から味覚異常があったのかもしれない・・・と。 味覚が狂ってしまってると、何を食べても砂を噛んでいるような感じしかしない。 体のためにと無理して食べ続けても、今度は体がそれを受け付けなくなる。 実際それで、大好きだったマックのベーコンレタスバーガーが食べられなくなった。 無排卵を治すため1年ほど通院して、服薬を続けた。 最初こそ良かったものの、結局私の体は相変わらず排卵しないままだった。 吐き気が強くて食べられなくなり、だんだん弱っていく私に医師は 「治療して治さないと、子供が産めなくなっちゃうから頑張って!」 と声をかけてくれた。 でももう限界だった。 体重は30kg台まで減り、歩くこともままならなくなった。 天井が落ちてくる・・・壁が倒れてくる・・・視界が揺れている・・・ 耳鼻咽喉科でメニエール病だと言われた。 理由は恐らくストレスだろうとのこと。 結局、これ以上治療を続けても仕方がないと、無排卵の治療はやめた。 もう子供を産むことはあきらめよう・・・。 そんな私がなぜ長男を妊娠することができたのでしょうか? ⇒「偶然か必然か・・・」へつづく |
長男を妊娠・出産したことで、もしかしたら私の体も正常になるかもしれない。
少しだけ期待していた。 1人産めたんだからもう1人ぐらい・・・。 でも残念ながら、私の体は元に戻ってしまった。 相変わらず周期は3?4ヶ月に1回。 そして、妊娠しない・・・。 もう死ぬような思いをして治療をする気ににもならずほとんどあきらめていた。 しかし、そんな私の体に異変が起きた。 それは、今の旦那と再婚してから・・・。 気がつけば生理が毎月来るようになっていた。 そして2ヶ月ほどで長女を妊娠・・・。 なぜなんだろう・・・? また偶然なのだろうか・・・? 10年に1度の奇跡なんだろうか・・・? しかし、偶然でも奇跡でもないことはすぐに証明された。 それが双子の妊娠。 我が家の双子は二卵性。 家にある本にはこう書いてある。 「二卵性の双子になるのは、 ママが複数個の排卵が起きやすい体質だった場合や、 不妊治療による場合など・・・」 昔、無排卵だった私が複数個の排卵が起きやすい体質??? 1個も排卵できないのに、何個も排卵???(@Д@;) そこでちょっと思った。。。 薬をどれだけ飲んでも治らなかったこの体が治った理由。 私の体に異常をもたらしていたのはきっとストレスなのだろう・・・と。 ⇒「いつまでしがみつくのか?」へつづく |
私は昔からひどい冷え性で、40歳手前のこの年齢になっても、
未だに冬になると手足が冷えきってしまい、しもやけができる。 一般的に効果があるとされていることはいろいろと試したものの、 1日に何度も手を洗うような仕事をしていた時は、 手の指もしもやけでブクブクに膨れ上がってしまい、皮膚が裂けてしまった ![]() 病院では「大人になってこんなにひどいしもやけになる人は初めて見た」 と笑われてしまうほどひどい状態で、 しもやけにならない方法はないのか聞いてみたのだが、 「体質だから仕方ないだろうね・・・」との返事。。。 それ以外にも、長男を産んで半年ほどした頃に異常に頭がかゆくなり、 山のようにフケが出た時があって受診してみたのだが、 それも「こういうのは体質なんだよね・・・。」 体質・・・体質って・・・じゃあ我慢するしかないんかいっ ![]() そして、今でも悩まされているムチウチ。 これも病院では、電気治療などしてくれたが気休め程度で、 結局のところ、時間がたって症状が落ち着くのを待つしかないと・・・。 でもムチウチで困っている人の中には、 保険期間いっぱいいっぱいに病院に通っても良くならず、 最終的には自費で整骨院に通ったり鍼に通ったりしている人もいる。 私の通っている鍼灸マッサージでも、何度病院で検査しても異常なしと言われ、 理由もわからない肩こりや頭痛、腰痛に悩まされている人が多く来るのだという。 つまり、病院は万能じゃない ![]() ⇒「もしも万能薬ができたら」へつづく |
昔は不治の病だった病気なのに現在は治せる、
そういう病気はたくさんある。 もしかしたら、うつ病だって薬で簡単に治せる日が来るかもしれない。 でもちょっと想像してみる。。。 もし私がうつ病になった時、薬で簡単に治っていたら・・・。 私はまた当たり前のように家事と育児と仕事を必死にこなし、 元夫や元姑に憎しみを募らせていたに違いない。 母親からの罵倒にも耐え、 これが結婚生活というものだ、これが人生というものだ・・・ そうやって自分に言い聞かせていたのだろう。 うつ病をきっかけにまったく違う人生を歩き始めた私。 とてもじゃないが、過去に戻りたいとは思わない。 昔の私とはいったい何なのか・・・? 友情を欲しがり、愛情を欲しがり・・・。 でも、それを言葉にすることすらできず、 心にぽっかりと開いた穴を必死で隠していただけだ。 憎しみや怒りで作り上げた鎧はとても重い。 耐えきれなくなって当たり前だ。 そして強そうに見えて意外にもろい。。。 鎧を脱ぎ捨てた私には何が残ったのか・・・? ぽっかりと開いた穴を必死に塞ごうとしてくれる人達だ。 簡単には塞げない。 わかっていても必死になって塞ごうとしてくれる人達だ。 鎧を脱がなきゃ穴は塞げない。 そして気付く。 鎧なんか使わなくても生きていけるということに・・・。 ⇒「生き直し」へつづく |
今の旦那と一緒になって何が変わったのかというと、
なんでも話せるようになったこと。 私はそれまで母親とのことであったり、幻覚や妄想の部類、 あるいは霊的なことなど、1人で抱え込んでいたことがとても多かった。 なぜなら、そういう話を好まない人が多いから・・・。 元夫も、私の楽しい部分については評価し認めてくれた。 しかし、私の闇の部分については興味がなく、聞くのも面倒くさい感じだった。 そのため私は心の奥底の、苦しみの根本的な部分には目をつぶり、 一生懸命現実の世界のみを生きようとした。 過去の苦しみなど関係ない、 湧き上がるこの虚しさも、寂しさも・・・ 誰かに話しても仕方のないこと、迷惑なことなのだ・・・と。 しかし今の旦那に出会い、とめどない私の話を聞いてもらい、気がついた。 私が話したかったことはファッションの話や仕事の話や遊びの話じゃない。 憎しみや苦しみでドロドロした醜い心の中。。。 いつまでも消えることのない、泣き続ける過去の自分の姿。 弱い自分・・・。 私は見つけて欲しかったのだろうと思う。 自分が時間を止めたその瞬間・・・。 自分が自分という人格・・・精神を捨てた瞬間・・・。 認めて欲しかったのは、今の自分じゃない。 過去に存在した、泣き虫で甘えん坊な自分だ。 決して表に出ることを許されなかった本当の自分。 幼き日の自分は、現在自分の産んだ子供たちと共に成長している。 わがままで自分勝手で飽きっぽくて・・・ そんな自分を許してくれる環境がここにはある。 もううつ病で苦しむことはないだろう・・・。 なぜなら、苦しむ要素はもう何もないから・・・(^ー^) ⇒「減薬、断薬について」へつづく |
双子は早産で未熟児だったため、
産後1ヶ月ほど未熟児センターに入院していた。 生まれたての、おそらく1番不安な時期を、 ほとんど母親以外の人に抱かれて過ごしているわけである。 未熟児センターでは、母親の匂いの付いたガーゼをお腹にかぶせていた。 私も母乳と一緒に、数分間体に当てたガーゼを持って行っていた。 私の知っている人に、赤ちゃん時代から子供を1人で寝かせていた人がいる。 「添い寝したり抱っこしたりしなくて大丈夫なの?」と聞いたら、 「1人のほうがいいみたいだから」と言っていた。 一緒に寝ようとしても、嫌がって泣くのだとか・・・。 母親の愛情を求めない赤ちゃんがいるものだろうか・・・? 不思議に思ったのだが、当時の私は育児の知識もなく、 なんとなく、まぁそういう子もいるのだろうとたいして気にしなかった。 でも、今長女や双子たちを育てながら思う。。。 母親と別々に過ごす期間があった双子たちでさえ、 ぴったりと体を寄せて寝ようとするし、暇さえあればベタベタと甘え、 寝起きに私の姿がなければ大声で泣き出す。 誰だって愛情は必要なはずだ・・・。 特にえなり三男は後追いが始まって以来、 朝から晩まで私の姿を追い掛け回している(^^;) 母親の肌に触れ、母親の匂いを感じ、ただ寄りかかる・・・。 それはどうでもいいことのようで、実はとても大事な時間。 大きくなってからでは埋めることの難しい・・・とてもとても大事な時間。 洗濯や掃除は1日ぐらいサボッたって死にはしない。 でも、寄り添う時間を削ったら心が死んでしまう・・・。 親子だからこそできるダラダラぐだぐだゴロゴロ・・・。 そんな時間を大事にしてほしいな・・・。 子供の肌に触れ、匂いを感じ、のんびりと雲でも眺めてみる。 一見退屈にも思えるそんな時間は、もう二度と戻ってこない、 とてもとてもあたたかい時間です(^ー^) |
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