未完成の面白さ
完璧主義を改善するために自分でいろいろ方法を考えたが、
実際にできたのは、長男に対して怒るのをやめたことぐらい・・・
長年の考え方を変えるというのはやはり簡単にはいかない。

それでも、少しずつ完璧を求めることがなくなっていったのは、
長男の友達のおかげであった。

長男の友達はとても個性が豊か。

食べることが大好きな1人っ子の「ぽっちゃり君( ´)Д(`)」
怖い両親を持ち、兄弟の多い「日本男児君(`・ω・´)」
母親がフィリピン人で、おしゃべり上手な「ペラ男君(゚∈゚*)」

例えば、ぽっちゃり君は食べることは好きだが、好き嫌いが多い。
バランスの良い料理を出しても、たいてい野菜は食べない。

それを、日本男児君がぽっちゃり君に、
「野菜も食べろ」とか「せっかく作ってくれたんだから残すな」とか、
いろんなことを言っている。

または、日本男児君は悪ふざけが過ぎて、つい手が出てしまう。
それをペラ男君が、
「あいつはすぐ叩いたり蹴ったりするから嫌いだ」と言ったり、

ペラ男君はおしゃべりが過ぎて、内緒のことまで人に話してしまう。
それをぽっちゃり君が「あいつは信用できない」と言っていたり・・・。

皆が皆、良いところもあれば悪いところもある。

完璧じゃないって面白い!(^Д^)

これがもし、全員ひとつも悪いところがなかったら・・・
やっぱり気持ち悪いかもね・・・( ̄_ ̄lll)
・・・というのか、誰が誰だか区別もつかない。

今まで私は長男に、勉強ができて、運動ができて、行儀が良くて、社交的で・・・
と、気が付けば驚くほどたくさんのものを求めるようになっていた。

もちろん、そんなことできるはずもないし、
できたからといって、長男が幸せになれる保障はどこにもない。

行儀が悪くて、気が利かなくて、すぐにすねる・・・
でも、そんな長男と一緒に遊びたくて毎日友達がやって来る。

人は欠点があるから面白い。
欠点があるからこそ、支えあう。


そんなものかもしれない・・・。

わいわいがやがやと、すっかりにぎやかになった我が家
時々腹を立てながらも子供たちの相手をしている自分。
子供たちと一緒になって遊んでいる自分。

いろいろな世界を見てきてたくさん歪んでしまったけど、
本来の自分はやっぱりにぎやかで楽しいことが好きなんだな・・・。
そして、ずっと嫌いだと思ってたけど、子供が好きなのかもしれないな・・・(^ー^)


「雲をつかめ」へつづく
【2008/12/03】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
雲をつかめ
長女が歩くようになってから、よく長女を散歩に連れて行く。
家の近所をただブラブラするだけなのだが、
長女は走ったり、石ころを拾ったり、本当に嬉しそう^^

ある日、長女が空に向かって一生懸命両手を広げている。

ああ、これが雲をつかむってことか・・・!(゜∀゜)

話には聞いたことがあるが、実際に見るのは初めて
目の前にあるから手が届くと思ってるんだな・・・。
一生懸命ジャンプしたり、めいっぱい手を伸ばしている。

大人から見たら絶対に不可能なこと・・・
でも、一生懸命雲をつかもうとしている長女をみていると、
なんだか本当につかめるんじゃないかという気さえしてくる。

私はいったいいつ雲をつかもうとすることをやめたんだろう・・・。
小さい頃はきっと長女と同じように、つかめると思っていたはずなのに・・・。

不可能ってなんだろう・・・?

無排卵で苦しんでいた時は、結婚も妊娠も無理だと思っていた。
でも、2回も結婚して4人も子供がいる。

家が貧乏で、制服もカバンもおさがりばかりだった子供時代。
結婚しても借金地獄に陥り、その日食べるものにさえ困っていた数年前。
でも、今はコンビニでおにぎりを買うことが出来る。

自分の部屋を持つことなんか昔はできなかったのに、
今では中古でも一軒家に住み、自分の車まである。
なんて贅沢な暮らし・・・。

長男と2人っきりの寂しい部屋で腕から血を流して泣いていた私。
あの日の私に今の未来が見えていただろうか・・・?

過去の私と話すことが出来るのなら、私は言うだろう。

不可能はない。あきらめずに頑張れ!

止まっているようでも、同じことの繰り返しのようでも、
時間は確実に進んでいる。

今日の一歩はちゃんと未来に続いている(^ー^)


「完璧主義はどこへ行く?」へつづく
【2008/12/04】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
無理解と無責任
うつ病になって1番苦しむのは周りの無理解であろうと思う。
どんなに苦しいと訴えてもわかってもらえない。
どんなに求めても助けてもらうことができない。

私はこのブログの中にもたくさん書いてあるが、
自分の思考を変え、行動を変え、1日でも早く治るように努力してきた。

それは、どんなに説明しても、100%理解してもらうのが不可能がゆえに、
理解してもらいたい、助けてもらいたいということばかりにこだわっていると、
とても疲れてしまうし、よけいに状態が悪くなってしまうからだ。

しかし、状態が良くなってくると、違う壁にぶつかってしまう。。。

うちの旦那もそうなのだが、私が元気そうにしていると、
調子が良いのだと勘違いをしてしまうのだ。

元気そうにしているのは決して単純に状態が良いからではなく、
今まで20%しか無理がきかなかったのが30%無理できるようになっただけ。

あるいは、過去の記憶に引き戻され、
やらなくちゃいけないという強い被害妄想に駆られていたり、
このまま過労死してしまえばいいという投げやりな気持ちだったりする。

それを放置していれば当然ある日突然寝込むような結果となる。

苦しい過去を生き抜き、厳しい現実を乗り越えて、
精神的にボロボロになってしまった私のような人たち。

不幸な人は一生不幸でなければいけないのか・・・?

不思議なもので、健康な人ほど努力をしない。
幸せになる努力も、誰かを守るための努力も・・・。

子供たちに気候と合わない服を着せ、期限の過ぎた食べ物を平気で与え、
ケガや病気をしても、その手当ても看病の仕方も知らない旦那。

「俺のどこが悪いか教えてくれ」と言っていたが、
良いところがあるなら逆に教えて欲しい。。。

我が家は長女がなんでも触るため、危険なものは触れない位置に置いてある。
でも、調子が悪くなり、長女が危ない物を触っていてもどうすることもできないような時がある。

でも私が何も言わずにいると、ホッチキスだろうが、爪切りだろうが、
洗剤だろうが、触っていても誰も何も言わない。
なぜか「遊ばせていいんだ」という判断がくだるようだ。

なぜ正常な判断能力のないうつ病患者にすべての判断を任せるのか?
その神経がわからない。。。

現在我が家はホッチキスの芯が散乱している。
誰が片付けるんだろうなぁ・・・?
【2008/12/06】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
うつ病での育児と真剣に向き合う
前回の記事を読んでもらえばだいたい想像できると思うが、
常日頃の旦那へのストレスが爆発してしまい、
我が家はもめていた。。。(-_ -;)

いくら前向きに考え、大変な日々の中に喜びを見出すように努力していても、
やはり心身共に限界がやってくる。

やる気がでない、動きたくない、泣き声が不快に感じる・・・
体が鉛のように重くなり、意味もなく涙が出てくる・・・。
うつ病を患う者にとって、「もう休まなきゃいけない」というサインが出始めても、
それは見ている側には何もわからない。

調子が悪いと言ったり、普段より元気がないという状態でも、
最低限の育児をこなしているし、昔に比べればはるかに動いている。

まぁ、大丈夫だろう・・・。

旦那にしてみれば、私がどんなに調子が悪くて「もう嫌だ」とわめき散らしても、
最終的には放っておくことができずに面倒を見ることがわかっている。
自分は仕事をしないと家族を養っていけないし、
これは仕方がないことなんだと・・・。

布団から起き上がれない私を置いて仕事に出かけるたび、
いろんな言い訳を頭の中で繰り返しているのだろう。

そして私はその度に逃げ場のない現実と、
誰にも助けてもらえない孤独に陥る。

ただこれはうつ病で育児をしていくうえで、
どうしても乗り越えなければいけないことだ。

ツラくなる度に旦那に仕事を休んでもらっていては当然生活が成り立たないし、
誰かの手を借りるにしても、気分が落ち込み始めてから回復するまでの長さや、
他人と接することの苦痛を考えたら、毎回は難しいだろうと思う。

子供優先で無理な生活を繰り返し、我を忘れてしまうまで悪化してしまっては、
もう子供を可愛いと思う感情も失われてしまい、世話ができなくなる。

でも自分を大事にしたいと思っても、実際は休みたくても休めない。
休むためには育児を放棄するしかないのだから・・・。
放棄すれば、またそんな自分を責めるだろう・・・。

ツライ時をどうやって乗り越えていくか・・・?

育児は、仕事のように休んだり、辞めたりすることはできない。
また、リハビリ出社のような期間もない。
産んだその瞬間から24時間勤務、給料なしの永久雇用の正社員。

母親という職業は決してラクなものではない。。。
【2008/12/10】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
トイレトレーニング
成長の過程やスピードはその子によっていろいろだから・・・
という言葉は誰でも耳にすると思うが、実際育てていると、
なんでまだ寝返りをしないんだろう?とか、まだ歩かない、まだ話さない・・・など、
ついつい育児書や、周りの子供を見て焦りを感じてしまったりする。

長男が赤ちゃんだった頃、近所に2ヶ月違いの男の子がいたのだが、
そこのお母さんもみごとにそうであった。

長男のほうが2ヶ月早いので、長男が寝返りするようになると、
「うちの子ももうすぐね」
長男が話をするようになると「うちの子ももうすぐね」

でも、実際は2ヶ月違いだからといって、
すべてが2ヶ月違いで進行していくわけではなく、
だんだんと長男ができているのに、その子ができないようなことがあると、
叱りつける姿が見られるようになった。

トイレトレーニングなどは、それが1番顕著に表れていて、
長男は1歳半から始めて2歳頃には完全にオムツが取れたのだが、
その子はなかなか取れなかった。

まだ「おしっこが出る」という感覚もわからないうちから、無理矢理オムツを外し、
漏らすたびに「なんで教えないの!」と怒る・・・。

長男がトイレでできるようになったのは決して長男が出来がいいからではなく、
たまたまおしっこがたくさん溜めれるようになったのが夏場だったことと、
夜中にオムツにすることがなくなったから朝トイレに連れて行くようにしただけ。

冬場は大人でもおしっこが近くなるし、
「もうすぐおしっこが出る」という感覚がわからなければ、
何度「おしっこする前に教えなさい!」と怒鳴っても無駄なのだ。

しかし、このお母さんのライバル意識は強く、
「夜中におねしょをしてしまうから」と言って、毎晩夜中に起こして、
トイレに連れて行くようになってしまった。

赤ちゃん時代からの延長で夜中おしっこが出てしまうのは当たり前のことで、
単純にまだ朝まで溜めれるほど体の機能が成長していないだけだと思うのだが、
このお母さんは「おねしょ」だと言い張る。

毎晩起こすぐらいなら、オムツをして、朝までぐっすり寝かせてあげたほうが、
よっぽど子供の成長のためにはいいと思うのだが、もう聞く耳持たず・・・。

周りは皆取れているのに、うちだけオムツなんてみっともない!

とどんどん意地になっていった。

でも早く早くと焦った結果、結局この子は幼稚園に入った後も、
下の兄弟と一緒に夜中のトイレに行っていた。。。

トイレトレーニングを始めて4年・・・。
その頃にはストレスによるおねしょになっていたのではないかと思う。

おねしょをしてしまうから、
幼稚園のお泊りの行事にも参加したくないとその母親は愚痴っていた。

喜ぶべきはずの子供の成長は時として、最も母親を苦しめ、
その結果子供も苦しめることになってしまう。。。

・・・つづく
【2008/12/11】 | うつ病主婦的子育て論 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
言葉のナイフ
前回の記事のお母さんの話の続きだが、
1番気にかかったのは、何かにつけて

「長男君と同じようにしなさい」

と言っていたことである。

言葉遣い、服装から積み木の積み方に至るまで、
何もかも長男と一緒のことをしろと言う。

私は常に姉や周りの子と比較されて育ち、その苦痛を知っているので、
「○○ちゃんのように」という言い方はしないように気をつけていた。

また、「もう○歳になったんだから」とか、
「男の子なんだから」とか言う言葉も・・・。

誰かと同じことを求められたり、年齢、性別、生まれ順にこだわった言い方は、
時としてとても子供を傷つけ、本人の個性を殺してしまう言葉だと思う。

でも、うつ病になったことのない人に、
こういった精神的な痛みをわかってもらうのはとても難しい。。。

弟や妹ができた途端に「もうお兄ちゃんになったんだから」と言われ、
長男と遊べば、「なんで長男君と同じようにできないの?」と言われ・・・
この子の言い分はいったいいつ聞いてもらえるのだろうとずっと気になっていた。

人はたくさん失敗をする。
私も育児をしていく中でたくさん失敗してたくさん悩んだ。

このお母さんも決して悪い人ではない。
たくさん親切にしてもらったし、励ましてもらったりした。

ただ育児の怖いところは、たったひとつのつまづきが、
あっという間に膨れ上がり、
気が付けば誰の言葉にも耳を貸せなくなり、
どんどんどんどん八方塞りになってしまうところだ。

生まれた時は可愛いかったのに、今じゃあ何を考えてるのかわからない。
簡単に家出、援交、街にはネットカフェ難民が溢れ、
殺人でさえもゲーム感覚で行われる。

双子や長女の寝顔を見るたびに思うのだ。

生まれた時から誰かを殺したいと思ってる赤ちゃんなんていない

この安らかな寝顔を殺人鬼に変えてしまうのは親なのだ・・・と。
【2008/12/12】 | うつ病主婦的子育て論 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
双子の楽しみ
双子が生まれる前、「双子の育児は大変さ2倍、でも喜びも2倍」
という言葉を本やネットでよく見かけたが、

喜びが2倍ってどういうことよ(?_?)

・・・と思っていた。

でも、実際育ててみてその2倍の意味を実感

一卵性だとまた違うのだろうが、二卵性の我が子は、
本当に顔も性格も成長の仕方も全然違う。

のんびり屋で寝てばかりいたリラックマ状態の次男。
5ヶ月の終わり頃、いきなり体を反らし始め、
鼻水ダーダーになりながら数日で寝返りをマスターщ(TДTщ)ぐおおお?

あんなにやる気がなく、常にクター?ッとしていたのに、
彼をそこまで夢中にさせたものはなんだったのか・・・???

しかも、寝ること優先で、ミルク以外は放っといてくれという感じだったのが、
いつの間にか、小猿のようにしがみつく超甘えん坊に・・・

目つきが鋭くいつも眉間にシワを寄せているが、
笑うと「うひゃ?(´∀`*)」ととても可愛い声を出す。

いっぽう、寝る時間が極端に短く抱っこ大好きだった三男。
毎日泣いているのでさぞかし体が鍛えられているだろうと思ったら、
いまだに寝返りせず、イヒヒ(^皿^)と天井を見上げて笑っている。

目がくりくりしていて、天然の癒し系。歯が2本生えてきた。
あやすと「ケケケ(*^Д^*)」と本当によく笑う
最近は歩行器がお気に入りで、飛び上がって喜んでいる。

双子って、同時進行で育児をするから、
なんとなく2人でひとつみたいな感じだと思っていたけど、
悩むところも喜ぶところも全然違う。

ほんと2人分の喜び・・・(*^∀^*)

たくさん悩んで、たくさん苦労もあるけど、
子供たちの成長を見るたびに産んでよかったなぁ・・・
という思いが強くなっていきます。


「いつまで続く?? 夜中の授乳」へつづく
【2008/12/14】 | 双子の育児 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
生きる知恵
小学5年生って、子供のようで大人のようで・・・。
長男と友達の会話を聞いているといろいろ考えされられる。

日本男児君は我が家と同じく再婚家庭だが、
親が怖く、まとわりついたりすると怒られるらしい

「俺、今の父さん嫌い。いなくなればいいのに・・・。」

クリスマスプレゼントもなければケーキもない。
親や兄弟に殴られることもしょっちゅう・・・。
テレビも母親の好きな番組しか見せてもらえない。

そんな厳しい環境で育っている日本男児君は、
ついつい友達にも手を出してしまったり、
冗談が過ぎて泣かせてしまったりする。

うちの長男も、「用事があるから遊べないって断っても勝手に来る」とか、
「言われたくないことまで言われる」と泣いたことがある。

仲良くしたいのに、強引な方法しか知らなかったり、加減がわからなかったり・・・。

でも、そんな日本男児君の良いところはとても気が利くところだ。
テレビを見ている時に自分の頭が邪魔になっているとわかれば、
言われなくても自分から邪魔にならない位置に移動するし、
双子や長女の世話、家事の手伝いまで積極的にやってくれる。

私が長男を叱った時には、
「お前、母さんに謝ったほうがいいぞ」と耳打ちしてくれたり・・・。

厳しい家庭で育ったからこその生きる知恵をたくさん持っている。

「こんな優しい父さんと母さんがいて贅沢言うな」

日本男児君がよく長男に言っている言葉である。

私は自分が子供の頃、恵まれた環境にいる子を見ると、
なんだかそれだけで腹立たしかった。
あんな奴不幸になればいいのに・・・と思っていた。

私のようにひねくれずに一生懸命生きている日本男児君を見ていると、
私も頑張らなきゃと思えてくる。

今ではほとんど毎週のように我が家に泊まりに来ている日本男児君。
長女や双子をあやしている時は本当に優しい顔をする。

長男にとっても良いことも悪いことも教えてくれるいいお兄ちゃん的存在。
おかげで、直球勝負しか知らなかった長男も、
悪知恵が働くようになったり、交渉することを覚えたり・・・

ケンカすること、仲直りすること、謝ること・・・。
当たり前のことだけど塾では教えてくれない。

勉強よりも大事なことが世の中にはたくさんあるなぁとつくづく思う。


「恋」へつづく
【2008/12/17】 | 長男と仲間達 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
長男は保育所の頃から毎年バレンタインにチョコを貰っていたが、
まだ幼くて恋愛には無関心な感じで、
去年初めて自分から好きになった女の子ができ、
陰ながら応援していたのだが、告白できずに終わってしまっていた。

しかし、そんな長男に今年の夏、彼女ができた

学校行事のキャンプで告白されたらしい(*´∀`*)

私の小学校時代は付き合うと言っても、告白して終わりだったり、
特にデートなんて考えられもしなかったけど、
今どきの小学生はどうなんだろう???
旦那も私も興味津々。

彼女から電話がかかってきたり、彼女が家にやってきたり・・・

キャー、青春だわ(≧m≦)

でも不思議に思ったのが、彼女がいつも友達と一緒にやってくること。
女の子は集団行動が好きなのか??

待ち合わせですれ違いになったり、長男が出かけている時に彼女が来たり、
なんだかとてもややこしい・・・
間に友達を挟まずに直接連絡取り合えばいいのでは?と思って聞いてみると・・・

「(彼女の)友達にもデートに誘ってやれとか言われるんだけどさぁ・・・
なんか・・・照れるんだもん・・・

だそうです・・・・(^m^)

彼女の友達がいろいろ計画を練ったり、打ち合わせをしたりしてるようで、
この前は女の子4人と長男でデート
コンビニで待ち合わせをして、いろんな店を見て回ったようです。

男同士だと勝手に家に来て勝手に帰るという感じだけど、
女の子との付き合い方は違うんだなぁ・・・。

彼女が家に来ても、家に入れずに外で話をしているので、
男友達は窓からのぞいたり、周りをうろちょろしたり・・・(笑)

嬉しさと恥かしさが交錯するこの感じがなんとも甘酸っぱいです。

ああ・・・青春っていいなぁ・・・(*´∀`*)

私も彼女から見れば「彼氏の母」になるので、少しは綺麗にしないとなぁ。
毎回パジャマではやっぱりダメだよね・・・( ̄∀ ̄;)


「可愛い子にはケンカをさせろ」へつづく
【2008/12/19】 | 長男と仲間達 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
可愛い子にはケンカをさせろ
長男の友達のぽっちゃり君は母子家庭の1人っ子で、
見ていると、ああ、昔うちもそうだったなぁと思うことがいろいろある。

長女は生まれた時からいろんな人にもまれているので、
少々のことは気にせず我が道を行っているが、
長男はちょっと誰かがぶつかってきただけで、
なんで?とよく泣きそうな顔をしていた

兄弟がいればぶつかって倒されることも日常茶飯事、
つねられたり、叩かれたり・・・悪口を言われたりもするだろう。
慣れてしまえばいちいち深く考えたりしない。

でもこういった経験が少ないとどうしても、
「なんで叩くんだろう?」と悩んでしまったりする。

私ももっと大らかに「気にしなくていいよ」と言ってあげればよかったのだけど、
当時は私も長男と一緒になって悩んでしまっていた。
・・・というか、私が悩むから長男が不安になったのかもしれない

親にかまってもらいたいために、ちょっとのことを大げさに言ったり、
仮病を使ったり、結局それが私の悩みの種になってしまったのだが、
日本男児君と一緒に遊ぶようになってから、
長男が大げさに「すごく痛いんだぞ!」と言っても、

「大げさだ!」
「俺なんてそんなケガ何回もやってるぞ!」
「お前は弱っちいな!」


と、さんざんバカにされるのでだんだん長男は大げさなことは言わなくなった。

そして現在ターゲットがぽっちゃり君になっている
ちょっとつついただけで大げさに反応するので、
それが面白くて、ついつい皆からかってしまうのだ。

私も長男の時にからかわれるツラさを体験しているので、
ここは慎重に対応しなければ・・・と気をつけていたのだが、
よくよく見ていると、一般的なイジメと言われるようなものとは違うようだ。

長男達はたいてい4人で遊んでいるのだが、
からかわれるターゲットはその都度変わっている。

それぞれ対処法が違っていて、日本男児君は無言になる、
ペラ男君は言い返してもダメな時はプイッと帰る、
長男は相手が意味不明なことをまくしたてる・・・。

ぽっちゃり君だけが大声でやられたことを訴えるのでとても目立つのだ。

それに気づいてからは、あえて毎回毎回助け船を入れず、
なるべく様子を見ることにした。

このぽっちゃり君の面白いところは、泣かされている最中でも
昼ごはんが出来上がると1番に食べに来るところだ。

そして大好きな食べ物に関しては絶対ゆずらない!

そう、ちゃんと強いところがあるのだ

子供の世界には子供の世界のルールがある。
大人目線で考えて、神経質になったり、
ケンカをする機会を奪ってしまうから、
子供達は自分なりの戦い方が身につかないのかもしれない。

遊ぶということは、人格を形成していくうえで本当に大事だなとつくづく思う。


「うつ病旅館」へつづく
【2008/12/19】 | 長男と仲間達 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
完璧主義VS不完全主義
私の旦那は変わっている。
完璧主義の私と正反対で、ひと言で言えば・・・

不完全主義!( ´ー`)y―┛~~ なんとかなるべぇ?

一緒に暮らし始めた頃、私は今よりかなりうつがひどかったので、
当然会話をすることもとても苦痛だったのだが、
旦那は会話がなくても平気な人であった。

おかげで私は当時すごく助かったのだが、
体調が良くなってからも変わらず会話がない・・・

毎日一緒にいるのに何も話さないというのも変だし、楽しくないので、
こちらから話しかけると、とりあえず返事は返ってくる。
でも、私が話すのをやめると、そこで会話が終わってしまう・・・
会話の途中でわざと話を切っても気付かない・・・

話聞いてねぇだろ・・・てめぇ・・・(-_-メ)

こんな調子なので、うつ病に関しても理解しているのか不明で、
時々とんちんかんなことを言ったりするし、
私が指示を出すまで、ただジーッと待っていたりする。。。

最初の頃は、黙って見守ってくれているんだな・・・と思えたが、
毎回毎回黙って見ているだけだと、さすがにイライラする。

うつ病になると判断能力が落ちるし、頭が働かない。
なのになんで毎回毎回、私がうつに陥った原因を自分で探って、
これからはこういうふうに行動しろとか、
ここを気をつけてくれとか説明しなきゃいけないのか・・・

しかも何度説明したってまったく理解していなかったり、
聞いたことさえ忘れていたり・・・
結局は何もしてくれるわけではない。

私が立ち直るのに1週間かかれば1週間我が家は静まり返っている。。。
誰も解決してくれる人はいない。

自分で自分を励まし、ひたすらうつの苦しみに耐えながら思っている。

うつ病を治して絶対こいつと別れてやる(TへT)
【2008/12/21】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
硝子の家族
最初の結婚の時にはまさか自分が離婚するなんて思いもしなかったので、
多少気に入らないことや納得いかないことがあっても我慢していた。

もともと結婚に憧れなどなかったし、自分の両親を見ていて、
結婚なんてものは我慢の連続、単純にどこに住むかだけの違いだと思っていた。

でも、長男が生まれてからその気持ちが揺らぎ始めた。

長男も私も2人そろって高熱を出したことがあり、
体がしんどいので長男は1日中ぐずりっぱなしで私もヘトヘトだった。

その当時は姑も同居していたので、
「今日だけはどうしてもツライから晩御飯の支度をお願いできないか?」
と頼んでみたのだが、
「私の作ったものは長男が食べてくれないから無理」と断られてしまった。

惣菜を買いに行く元気もないほどフラフラだったので旦那にも頼んでみたが
「仕事で疲れてるのになんでそんなことしなきゃいけないの?」
と、こちらも断られてしまった。

熱で頭がぐわんぐわんし、手元も見えないような状況で結局晩御飯を作る。
旦那と姑は、熱でうなされる長男に声をかけるわけでもなく、
テレビを見ながら晩御飯が出てくるのを待っていた。。。

健康でなんでも自分でこなせていた時には気づかなかった・・・。
いや、もしかしたら気づいてはいたものの、
怖くて目をそらしていただけなのかもしれない・・・。

長男の育児がラクになっても、姑の具合が悪くなれば私が面倒を見るのだろう。
入院、手術、退院後のケア、最後には葬式の手配まで・・・
そして、旦那が倒れれば、仕事をしながら旦那の世話をする・・・。

世話に明け暮れた私の世話は誰がしてくれるのだろう。
金食い虫だと言われ、食事も与えられず、
毎日怒鳴られ蹴飛ばされるのだろうか・・・。
使い物にならなくなった私はただの肉の塊でしかない。

確かに結婚に憧れなどなかった。
ボケた舅の世話をし、悪口ばかり言う姑の世話をする母親の姿も見てきた。

女にとっての結婚は亭主とその家族のために犠牲になるだけの生活。
食べさせてもらっている以上贅沢を言っちゃいけない。
住む所があるだけでありがたい。

いつの間にかそんな価値観を植えつけられていた。。。

ただ漠然と本当にこのままでいいのだろうかという疑問が自分の中で生まれた。
私は幸せを望んじゃいけないのだろうか・・・?
家族って本当にこんなものなんだろうか・・・?

テレビの中で見る、楽しそうに笑う家族の姿。
あれはしょせん想像の中のことでしかないのか・・・?

熱にうなされる長男。

私もいつの日か、姑や祖母や母親のように、
長男の嫁をイビることでストレス発散するような、
そんな姑になるのだろうか・・・?

そんなくだらないことのために私はこの子を産んだのだろうか・・・?


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「嫁姑問題」へつづく
【2008/12/27】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
嫁姑問題
もともと姑側の事情で始めた同居であったが、
だんだんとその生活は苦しさを増していった。

気を使わなくてもいいと何度言っても、
「年寄りの洗濯物と一緒に洗うのは嫌だろう?」と言って、
わざわざ別に洗濯機を回す。

雨が降っても、私たちの洗濯物は取り込んでくれないし、
「安かったから」と言っては大量に果物などを買ってきては腐らせる。

全員好みが違うため、毎日頭を抱えながら食事を作っていたのだが、
ある日、横で突然姑が肉じゃがを作り出した。
どうせ作るのなら、ついでだから晩御飯作ってもらえるか聞いたら、
「これは明日のお弁当用だから・・・」と断られた。

なんで・・・?

こっちは長男をあやしたりしながら必死で作ってるっていうのに、
その忙しい時間に明日の弁当を作る必要がある?

2口しかないガスコンロの片方を取られ、まな板を使われ、
どうやって晩御飯作れっていうの・・・?
意味わかんない・・・。

そして姑の部屋といえば、長男の手が届くところに、
ハサミから殺虫剤から薬品までいろんなものが置いてある。
片付けるように頼んでも片付けてくれない。

挙句の果てに長男の見える所に入れたてのコーヒーを置き、
長男がそれをこぼして大やけどをしてしまった。

泣きわめく長男。
オロオロするばかりの姑・・・。

結婚したんだから・・・・・・・
嫁が姑のわがままに耐えるのは当たり前・・・・・・・

痛くて泣く長男を必死にあやし、
痛々しいその傷口を見るたびに必死で涙をこらえて手当てを続けた。

そんな私に姑が放った一言。

「ガアラさんはよく平気でいられるね。私なんて、可哀想で見ていられないわ。」

・・・姑を殺してやりたいと思った。

あんたがやったんでしょ!
見ていられない・・・って、私が手当てしなきゃ誰がするのよ!

平気なわけないじゃない・・・。
自分の傷より痛いに決まってるじゃん・・・。
何回泣いたと思ってんのよ・・・。

姑への憎しみは毎日募るいっぽうであった。

旦那に何度も話したが、最初は聞いてくれたものの、
だんだんと「母さんも歳なんだからお前が我慢しろ」になり、最後には
「俺の母親のことをなんでそこまで悪く言われなきゃいけないんだ!」
「いい加減にしろ!」になってしまった。。。

私が悪い・・・の・・・?


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「旦那の兄の借金」へつづく
【2008/12/31】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旦那の兄の借金
姑は1年ほどで私たちのアパートから出て行ったが、
次に起こった問題は、旦那の兄の借金であった。

バツイチ子持ちの女と再婚するために、いいところを見せようと、
部屋を借りる金や車を買う金を消費者金融から借りたらしい。

まだ返済途中なんだが、今度は事故を起こしてしまって、
早急にまとまった金が必要なんだと言っていた。

「消費者金融でお金を借りたいんだけど、もう自分の名前じゃ作れない。
お前の名前で1枚作ってくれないか?
返済はきちんとするから、迷惑は絶対かけない。」

兄が旦那のところに頼みに来た。

悪い予感。。。

旦那には、「今回限りにしてね。
万が一お兄ちゃんが返せなかったら私たちが払うことになるんだから。」
としつこいぐらいに言った。

でも結局旦那は、私に内緒で3枚ものカードを作って渡してしまっていた。

「そんなに作って、どうやって払っていくの?
私たちにだって生活があるんだよ!」

「そんなもん俺がなんとかするから大丈夫だ!
お前は他人だからそんな冷たいことが言えるんだ!
兄貴が困ってるんだから助けてやるのが当たり前だろ!」

しかし、その後案の定返済が滞った。
兄を追及すると借金の額は2年足らずで1千万近いことがわかった。

共働きで収入が40万。
返済額はそれを上回る50万。
どう考えても返せるわけがない。

結局兄夫婦は自己破産。

私たちのもとには、消費者金融と、その他保証人になっている借金、
約300万が残った。

月の返済額は数十万・・・。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「借金返済の日々」へつづく
【2008/12/31】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
借金返済の日々
生活はとても苦しくなった。
旦那の給料はまるまる借金の返済と、生活費に消えていき、
私のパート代でなんとか食費その他をまかなっていた。

贅沢なんてできないし、旅行なんてとんでもない生活。
それでも当時は離婚しようなんて思わなかった。

苦しい時こそ助け合う・・・それが夫婦であり、家族だと思っていた。

しかし、姑からは執拗に
「金の切れ目が縁の切れ目。
嫁なんて嫌になったら出て行くに決まってる。」
と言われ続けた。

旦那は旦那で「なんとかする」と偉そうに言っていたわりには結局何もできず、
兄の悪口を言いながらただ仕事をしていた。

私が働かなければ食費もないのに、
「しょせんパートのくせに・・・」「給料安いくせに・・・」と言われ、
買いたいものが買えないと、
「なんで金がないんだ!お前が贅沢してるんだろ!」と言われた。

少しずつでも借金が減って生活が安定すればきっと落ち着く・・・。
大丈夫だよ・・・。

そう自分に言い聞かせていた。

旦那を愛していたからじゃない。

ただ守りたかった・・・「家族」という形を・・・。

私の居る場所はここしかない。
帰る場所なんてどこにもない。

大きな幸せなんていらない・・・。
長男が笑っていればそれでいい・・・。

長男から「おばあちゃん」と「お父さん」を取り上げることなんてできない。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「離婚が頭をよぎる。。。」へつづく
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