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うつ病主婦の旦那
長男と2人でいちからやり直そうと決めた頃、今の旦那と知り合った。
うつ病のことは話してもどうせ理解してもらえないし、
変に気を遣われると疲れるので話していなかった。

旦那は初めて私を見た時、
「男に媚びない女」というイメージを持ったらしい。

甘えることは昔から苦手だったし、
長男をしっかり育てようと決めたばかりだったので、
よけいにいつも以上に強い女に見えたかもしれない

うつ病と私と長男という記事にも書いたが、当時の私の生活はひどいもので、
どうやって旦那と付き合い結婚に至ったのかさえよく覚えていない。
本当にただ生きているだけで精一杯だった。

自分の感情を抑えきれず、友達を傷つけたこともあり、
調子のいい時以外は友達との交流も避けていた。

自分の感情をコントロールできない以上、
私ができることといえば会わないことぐらいである。

でも旦那はそんなコントロールがきかなくなった状態の私にも会いに来てくれた。
そして一緒に暮らす道を選んでくれた。

うつ病の人と一緒に生活するということは、並大抵のことではない。
仕事から帰ってきても「お帰り」も言わない、
テレビもつけず、ただ寝ているだけ・・・
かと思えば信じられないぐらいの暴言を吐き暴れまわる。
・・・そんな私・・・。

朝起きたら洗濯、ご飯の支度、片付け・・・。
その後には仕事が待っている。
休みの日には掃除、買い物。
休む時間もなく、愚痴をこぼすわけにもいかず、
いつ倒れてもおかしくないような状況・・・。

でも、旦那はそんなつまらない我が家にいつも帰ってきた。
寄り道もせずにいつもまっすぐ帰ってきた。
ケンカしている時も、寝不足でヘトヘトな時もいつもいつも帰ってきた。

長男が「初めて私を認めてくれた人」なら、
旦那は「初めて私を信じてくれた人」かもしれない・・・。
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【2008/10/02】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
宙船/TOKIO

その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでいけ
お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな


TOKIO 宙船  ●宙船/TOKIO
  ●歌 詞


* * うつ病主婦の想い * *

自分の病気の原因をつくったものへの怒り、恨みは計り知れないものがある。
でも爆発するだけしたら、後はしっかり前を向いて歩こう。
自分を不幸に追いやろうとする人のために人生を全部ムダにする必要はない。

やり直しはいつからでもできる。
自分を幸せにできるのも不幸にできるのも本当は自分自身だけだ。
【2008/10/02】 | うつ病主婦と音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旦那VS長男
うつ病の人への接し方はいろいろあると思うが、
我が家ほど気を遣っていないところもないかもしれない

私と結婚したことでいきなり小学生の父親になった旦那。

3人で食事に出かけ、長男が
「お父さんのおいしそう。ちょっとちょうだい」と言っても、
「これは俺のだからダメ。食べたかったら自分で注文しろ。」

うげ!大人気ない!
ちょっとわけてあげるぐらいいいじゃん


しっかり育てなきゃと思いだしたら、どんどん厳しくなり、
突然怒鳴ったり、つかみかかったりして長男をびびらせた。

そんな叱り方したって怖いだけで、なんで怒られてるのかわかんないでしょ!

それを反省して優しく接っするようにすると、今度は長男のほうが調子に乗って、
あれやって、これやってとこき使うようになってしまった。

(長男へ)てめぇー!何様のつもりだ!調子こいてんじゃねーぞ!
(旦那へ)へらへらしてねぇーでもっとしっかりしろー!

結局私が間に入らないとどうにもならないことも多く、
そのたびにストレスがたまる・・・。
私・・・病人・・・たのむからこれ以上ストレスかけないで・・・

あまりのケンカの多さに、この2人はよっぽど相性が悪いのか、
やっぱり本当の子じゃないと可愛いくないのかな・・・とか
結構真剣に考えたこともあった。

子連れでの再婚(今はステップファミリーというのかな?)は
やっぱり難しい。。。

続きはまた次回。。。
【2008/10/04】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ステキな関係
長男は最初から旦那に対して反抗的だったわけではありません。
旦那が我が家にやって来るまで1人で私を支えていた長男。
その負担はかなりのものだったと思います。

それが旦那がやって来てからは、私が具合が悪くなっても旦那が見てくれる。
ご飯だって待ってれば旦那が作って出してくれる。
それはきっと大事な母親を取られたような気分だったり、
もう1人でビクビクしなくていいという安心感だったり・・・
いろんな気持ちが入り混じってたと思います。

極端に幼児のような甘え方をしたり、わがままを言ったり、
かと思えば急に反抗的になってつっかかったり・・・。
そんな中で旦那は一生懸命手探りで自分の育児法を探していました。

旦那は基本的に無表情。
なので、その都度聞かないと何を考えているのかわかりません

でも、ケンカをしている時でも、学校の行事がある時は率先して参加していました。
私が人と接することが負担になるのもあるのですが、
平日の昼間はほとんど母親しか行事には参加していない中、
旦那は文句ひとつ言わず出かけてくれました。

そして長男もいつからか、学校行事はお父さんが出るものと認識したようで、
行事があると、「○日に授業参観あるけど、お父さん来れる?」
と、直接旦那とやりとりするようになりました。

買い物、公園、遊園地・・・どこへ行ってもケンカばかりの2人。
上手に甘えられない長男と上手に可愛がれない旦那。

ある日、旦那と長男は2人で映画館に行きました。
見慣れないシャツを着て帰ってきたので「どうしたの?」と聞くと、
「寒いからってお父さんが買ってくれたんだ」ってすごく嬉しそう

言葉はなくても男同士ってどこかで繋がっているのかもしれませんね
【2008/10/04】 | 旦那のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病なのに双子妊娠??
長女が4ヶ月になり、ようやく育児が少しラクになってきた頃、
驚くことに3度目の妊娠が発覚した。

避妊してないなら妊娠して当たり前と思うかもしれないが、
以前うつ病主婦が出来上がるまでにも書いたように、私は不妊で悩んでいた。
原因は私の無排卵。
排卵していないんだから、妊娠のしようがないはずなのだ

長女の出産後に看護師から、
「出産して半年以内の妊娠は体に負担がかかるから気をつけて」
と言われていたが、もう自分が妊娠することなど有り得ないと思っていた。

長男が授かっただけでも奇跡なのに、
長女を授かり、また更に・・・なんて本当にビックリ。。。

産婦人科で診察してもらったら双子だということが発覚。
二卵性だった

「双子というのは、普通の妊娠よりも母体にかかる負担も大きいし、
気をつけていても片方がお腹の中で死んでしまう場合もあります。
産後も助けが得られる環境が整っていないといけないし、
精神的にも体力的にも通常の妊娠よりかなり負担が大きくなります。
産むかどうかは、ご家族とじっくり話し合ってからお返事ください」

産婦人科の先生の真剣な表情から、
半端な気持ちで産んではいけないということが伝わってきた。

うちの家族といえば・・・

まるで宴会状態の喜びよう。。。( ̄∀ ̄;)

あのぉ・・・私がうつ病だってこと忘れてませんか・・・

うつ病・・・妊娠・・・出産・・・育児・・・

人数が増えればもっと大変になる。
これ以上耐えられるだろうか・・・?

でも結論が出るのは長女の時よりもはるかに早かった。

やるしかないじゃん・・・
出来るかどうかじゃなくて・・・
やるしかない・・・

やるしかないのだーーー


「産婦人科の転院」へつづく
【2008/10/05】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
うつ病で引越し(1)
双子を妊娠したことで解決しないといけない問題が山積み

まずは寝る場所の確保。
それまでは6畳の部屋に4人で布団をひいて雑魚寝していたが、
これにさらに2人増えるとなると・・・

寝る場所が足りない

さらに、通常の妊娠の場合は多少動いたほうが良いと言われるが、
双子は早産になりやすいため、妊娠後期は安静が必要。
8ヶ月頃から管理入院して絶対安静の状態になることも多いとなると・・・

マンションの3階まで階段で上がるなんて無理

おまけに当時通院していた産婦人科は小さな個人病院で
NICUなどの設備がないため双子の出産は無理

大きな病院に転院しないといけなかったのだが、
一番近くても車で30分くらいかかってしまう。。。

結果、どう考えても引越しするしかない・・・(-_-|||)

仕方なく近場で少しでも広めの部屋を探してみたがいい物件がない・・・
どうするべきか・・・

そこで我が家の大黒柱の旦那が出した結論。

「マイホーム買うか?

場所は今住んでる所から車で40分
長男は当然転校することになる。

それでいいのか?
大丈夫なのか?
それ以外の方法はないのか?

あれこれ悩んで結論が出せずにいる私に旦那が言った一言。

「なんとかなるべぇ? (^∀^)エヘッ」


「うつ病で引越し(2)」へつづく
【2008/10/05】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病で引越し(2)
私は元夫と離婚した後に一度引越しをしているが、
うつ病で引越しをするというのは本当に大変

引越し屋さんの見積もりが来てから実際に引越すまで約1ヶ月。
当日の朝、引越し屋さんのピンポンが鳴った時に
私はまだ台所でダンボールに埋もれていた・・・

1日片付けては3日寝込むという繰り返しの結果、
冷蔵庫の中身はほぼそのまんま、シンク下、ベランダ、押入れ・・・

とにかく何も片付いていない・・・

過去に何度か引越しはしているがこんなことは初めて・・・

恐るべしうつ病の威力。。。_| ̄|〇

たまたますごく親切な引越し屋さんで、
文句言わずに箱詰めから何からやってくれたんだけど、
荷物を部屋から出すだけで午前中いっぱいかかってしまって、
もう本当に申し訳なくて・・・

この使い物にならない頭と体・・・
ほんとに腹が立ちますヽ(`Д´)ノ チクショー!

そのことがあったから旦那にも
「たぶん私、何もできないと思うよ・・・」と言ったら・・・

「妊娠もしてるんだから無理しなくていいよ、俺が全部やるから

・・・なんとかするって言っても、仕事して家事やって育児やって・・・
そんなの絶対無理だよ?(´ω`;)

私の心配をよそに、マイペースで手続きに取り掛かる旦那でした。。。


「うつ病で引越し(3)」へつづく
【2008/10/06】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
うつ病で引越し(3)
うつ病になって3年が経過していた。
相変わらず良くなったり悪くなったりを繰り返しているだけで、
回復に向かっているのかどうかわからない。

いつまでこんな日が続くのだろうか・・・。

私の中には焦りと苛立ちがあった。

元夫との嫌な思い出がたくさんある町にはいたくない。

環境が変わればもしかして・・・

そんな淡い期待は何度も持ったことがある。
でも勇気が出なかった。。。

「うつ病の時には引越し等の大きな環境の変化は避けたほうが良い。」
そんな言葉をうつ病の人なら1度はどこかで聞いたことがあるだろう。

誰も知り合いがいない土地でうつが悪化してしまったら、
今度こそ本当に育児なんて出来なくなってしまう。。。

頼る人もいない。
信頼できる病院もない。

万が一、長男が新しい学校になじめなかったら?
担任がすごく怖かったり、同級生にいじめられたらどうする?
マイホームなんか買ってしまったら簡単にまた引越しなんてできない。

本当にいいのか・・・? 後悔しないか・・・?

どうやっても拭いきれない不安にだんだんイライラが募り、
「あれはどうなってる?」「これやった?」
自分ではできないくせに旦那に八つ当たりすることが増えた。

旦那はちっとも焦ったり、悩んだりしてる気配がない。
本当にちゃんと考えてるの?
もしかして無責任なだけ?

引越ししたい・・・したくない・・・したい・・・したくない・・・

不安な気持ちのまま2007年が終わろうとしていた。


「旦那の背中。。。」へつづく
【2008/10/08】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
旦那の背中。。。
引越し屋さんはスピーディーだった。
普段思うように体が動かせないうつ病の私には信じられない。。。

そんなに無理したら倒れるんじゃないかと心配になるぐらい、
休むことなく動き続けていた。

予定通りお昼前にはすべての作業が完了。
これからいよいよ新しい生活が始まる・・・

・・・と、感動に浸っている暇もなく、以前のマンションの退去の立会い。
足りないものの買出し。
長女の面倒を見ながらなのですっかりクタクタになってしまった・・・

ようやくひと息ついてのんびりしていると旦那の携帯に電話が・・・
やっと切れたと思ったらまた電話・・・。

電話をしている最中にもリフォーム業者が出入りしたり、
不動産屋さんが来たり・・・。

今まで全部旦那任せにしていたから全然知らなかった。

「手続きあるから、ちょっと行ってくるね

いつも普通に出かけていたけど、本当はちょっとどころではなかった。

学校の手続き、役所、不動産屋、リフォーム業者・・・
それ以外にも私の産婦人科に付き合ったり、長女の検診に出かけたり、
長男の学校行事に参加したり・・・

1人でいったいどれだけ背負ってたの?

次から次にかかってくる電話で話している後ろ姿を見ながら、
旦那がこなさなければならないことのその膨大な量に愕然とした。

1人でできるわけないじゃん・・・
たまには弱音ぐらい吐きやがれってんだ・・・バカヤロー

うつ病女のためにそんなに頑張ったっていいことないぞ・・・

意地でも治さなきゃいけなくなるじゃん・・・くそジジィ・・・

うつ病を治したいと思っている私以上に、

旦那は私のうつ病を治したいと思っている。

この引越しにかけた旦那の気持ちを思い知った。。。

そんな2008年4月だった。


「前へ・・・」へつづく
【2008/10/08】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
前へ・・・
私たちが購入したマイホームは中古物件。
住んでいたのは父親と息子3人。
母親は、末っ子が赤ん坊の頃に出て行ったという話だった。

まだ居住中の状態で下見をさせてもらったのだが、
庭は草が伸び放題、家の中は足の踏み場もない散らかりようだった。

末っ子ももう小6だというのに、家のあちらこちらに
古いベビー用品が散らかっており、
母親が出て行って以来片付けていないことが簡単に想像できた。

昼間だというのに、ほとんどの部屋のカーテンは閉まっている。

順調に子供が生まれ、この家に入居する時には、
家族で仲良く暮らす未来を想像していたことだろう。。。

ローンが払えなくなって売りに出すことを決めた父親。
その心境は私なんかでは到底計り知れない。

今まで何人も下見に来た人はいたらしい。
けれど、現状の汚さに誰もが断ったそうだ。

でも、私も旦那もこの家にしようと即決した。
理由は家の造り。
ゴミを取り払い、リフォームすれば他の物件よりも確実に立派な建物だ。

不思議と「離婚した家など縁起が悪い」という考えは出てこなかった。
いや、むしろ挑戦したい気持ちだったのかもしれない。

不幸は散々味わってきた。
これ以上不幸にできるもんならやってみろ!・・・と。

今はまだ地を這うような生活。
でもいつかきっと光が射すはずだ。
私たちにも・・・あの家族にも・・・。


「うつ病と近所付き合い」へつづく
【2008/10/10】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
産婦人科の転院
以前テレビで、最近は産婦人科も危機状態で、
妊娠してすぐでも、分娩の予約がとれないというのをやっていた。

妊婦検診だけしてくれても分娩できないんじゃ意味がない
妊婦たらい回し事件もあったし・・・。

双子を産み育てるために、中古の一軒家を探していた私たち。
「うつ病で引越し(1)」記事参照)

長男がいるので学校が近くにあること、
旦那が電車通勤なので、駅が近くにあること。

そして何より、双子の出産に対応できる病院があること

ようやく探し当てた物件は、家から車で15分ほどのところに病院がある。
大きな病院なので、未熟児センターもあり、救急にも対応している。

恐る恐る電話をかけてみると「大丈夫ですよ?」と明るい声。
「双子なんですけど・・・」というと、
「はい、8ヶ月頃までに来てくれればいいですよ

うおおお???!8ヶ月!?!?

そんなギリギリでいいのか??? ?( ̄□ ̄;)

むちゃくちゃ余裕あるやんけーーー

・・・そんな感じで転院決定。
近くにいつでも行ける病院があるっていうのはありがたい 

ちなみに、それまでは長女を産んだ産婦人科に行っていたのだが、
双子は早産の可能性大だし、うちじゃあ対応できないしということで、
とにかく早く転院してくれという感じ(ーー#)

早く転院したいのはやまやまなんだが、長男の学校のこともあるし、
引越し先のリフォームが終わってないしで、
結局引っ越したのは妊娠7ヶ月頃。

はぁ・・・ようやく病院の件はこれでひと安心。。。


「うつ病主婦の転院は大変。。。」へつづく
【2008/10/11】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
うつ病主婦の転院は大変。。。
病院を転院するにあたって大変だったことがいろいろ・・・。
まず初診の時、初めてかかる病院だったので当然診察券を作ったり、
問診表に記入したりするのだが、

「最後の生理はいつだったか?」
「妊娠がわかったのはいつだったか?」
「前の病院に初診で行ったのはいつだったか?」
などなど質問のオンパレード

うげっ!何も思い出せねぇ?!!((゚ω゚;;)))。o○

うつ病になってからというもの、時間や曜日の感覚がないため、
今年が何年で今が何月なのかわからなくなることが度々ある。
それなのに何ヶ月も前のことなど思い出せるはずがない・・・

先生が「10月頃かな?」と聞く。
「ん?、そうだったような・・・違うような・・・」

逆算しようにもパニクって計算不能・・・

しかも以前の産婦人科では「二卵性」とは言われていたものの、
膜性がどうだとか胎盤がいくつだとか、そういう話は聞いておらず、
これも質問されてもチンプンカンプン・・・(?Д?;)

双子とはいっても、一絨毛膜性と二絨毛膜性ではリスクが違うらしく、
それによって対応の仕方が変わる様子・・・。

何を聞いてもうやむやな返事しかできない私に、
先生もしばらく頭を抱えていたが、苦笑いしながらなんとか済ませてくれた。

看護師さん達もとても親切で、妊婦検診の受け方や入院の仕方、
その他いろいろ教えてくれたのだが、聞いても聞いても頭に入らない。。。
1コ聞くと1コ忘れるという状態・・・

もうこれは仕方ない。
あきらめて毎回毎回わからなくなる度に聞くことにした。

予定日まであと数ヶ月。
なんとか頑張るぞ

・・・と心の中で気合いを入れつつ、診察の帰りに軽く迷子になっていた。
はぁ?、なんとかしたい・・・この頭の回路・・・


「妊娠後期」へつづく
【2008/10/11】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と近所付き合い
うつ病の私が一戸建てに住むにあたって心配だったことは山ほどあるが、
そのひとつが近所づきあい・・・

マンションに住んでいた頃は隣がどんな人か知らないというのもザラだったが、
一戸建てとなるとそうもいかない。
下手すると一生の付き合いになるし、できるだけトラブルは避けたい。

でも普通でも人と関わることが苦痛な私
仲のいい友達でさえ、しばらく会話していると疲れてしまうというのに、
いったいどうやって付き合ったらいいものか・・・(-ω-;)

まともな会話が成り立たないこともあるから気に入られる自信もないが、
親切心でしょっちゅう干渉されても困るし・・・。
不安もあって、最初の頃はコソコソと隠れるような生活をしていた |д゚;) 

でも幸いご近所さんは嫌な人ではなく、必要以上の干渉もしてこない。
以前住んでいた家族のこともあってか、気を遣っているようである。

育児が大変で奥さんが出て行ったという印象が強いのか、
「困った時はいつでも声かけてね。1人で悩んじゃダメだよ」と言ってくれた。
世の中人の不幸を願う人ばかりじゃないんだな・・・

庭で洗濯物を干していると、左隣の人が
「たまにはおばちゃんと遊ぼうか?」と長女に声をかけてくれた。

人間不信気味の私は正直「大丈夫かなぁ?」と思っていたが、
長女は以外にすんなり付いていき、その後も楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

なんだかホッとした(^ー^)
自分1人で面倒見るのも大変だが、人に預けるのも勇気がいる。

長男の時にもこんなふうに声をかけてくれる人がいたら、
産後うつになんかならなかったんだろうな・・・。

人を信用できるようになるには、こういう温かい経験の積み重ねが必要なんだろうな・・・。
私はあんなふうに温かい人になれるだろうか・・・(´ー`*)


「心の中」へつづく
【2008/10/12】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と育児
長女を育てていく中で1番難しかったことは、
いかにストレスを溜めずに育児をするかということ

長男で経験済みとはいえ、10年近くも経っていて、
赤ちゃんのお世話などはほとんど忘れてしまっていた。

本を読んでもネットで調べても、昔のようには頭に入ってこないし、
やろうにも体が思うように動かない。。。

当然部屋はホコリが溜まっているし、毎日散歩にも連れて行けない。
身の回りの世話も最低限だけ・・・。
頑張ってひと通りやろうとすると最終的にはダウンしてしまう。。。

動けなくなろうが過呼吸になろうが、
自分しかいない時は当然面倒をみなければいけないわけで、
お願い・・・もうちょっと待っててと心の中でつぶやいても長女は泣きやまない。

私、うつ病なのよ・・・と説明したところで泣き止むはずもない
ひたすら回復するのを待ってみるが、そうしているうちに
どんどん泣き声が不快に感じるようになってくる。

うるさい・・・うるさい・・・うるさい・・・
結局泣き止まない長女に腹が立って、

いい加減にして!私だって休みたい!と怒鳴る。。。

どこまでが頑張るべきことで、どこまでが休むべきことなのか・・・
その判断基準がなかなかつかめずにいた。

旦那は相変わらずマイペースで、私が教えたことはやってくれるが、
知らないことは知らないままで済んでしまう・・・(_ _|||)

もっとちゃんとしたい!

こんないい加減な自分は嫌!

でも、この「完璧主義な自分」と「うつ病で完璧にできなくなった自分」との戦いが
私に少しずつ変化をもたらしていた。


「うつ病主婦の寝かしつけ」へつづく
【2008/10/13】 | 長女の育児 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
うつ病主婦の寝かしつけ
長女は本当によく泣く子だったので、生後1ヶ月頃、
旦那が「おしゃぶりさせてみたら?」と言いだした。

でも、私が過去に学習した育児マニュアル(笑)ではおしゃぶりは
やめるのに苦労するだの、出っ歯になるだの・・・
あまりいい意見が載っていなかった。

おしゃぶり=ダメな母親みたいな印象・・・

それで意地になって抱っこで寝かせる日々を続けていたのだが、
腕が痛い・・・腰が痛い・・・睡眠がとれない・・・。
どんどん体調は悪化するは、気分は沈んでくるはで、
結局泣く泣くおしゃぶりを使うことに・・・(TдT)

でも最初は嫌がってた長女も、慣れてくるとおしゃぶりでスヤスヤ(-ω-。)zzZ
おおっおしゃぶりってスゴイと素直に感動 
これで今まで抱っこに費やしてた時間が半減。

たくさん抱っこしないと愛情不足?

いやいや、全然そんな心配ない
長男の時にはホント体がガタガタになるまで抱っこしてたけど、
その代わり笑顔を向ける余裕もなかった。

いつになったら泣き止むんだ?いつになったら寝るんだ?
そればっかり頭にあってイライライライラ・・・。
これじゃあ抱っこはしてても愛情なんて伝わらないよね・・・

いつもおしゃぶりさせてると
赤ちゃんが何を言いたいのかわからなくなる?


いやいや、そんなに心配しなくていい
本気でお腹がすいてる時はおしゃぶりさせたって泣き止まない。

泣いたらいつでもどこでも常におしゃぶりとか、
大きくなってまでずっとというのは問題があるけど、
ツライ時期、例えば夜中の授乳がなくなるまでとか、
期間限定で使うにはとっても便利。

長女は5ヶ月頃、
おしゃぶりをしなくても自力で寝ることが増えてきたので、その時に卒業。

抱っこをした合計時間じゃなく、可愛いなぁ・・・と笑顔を向けられた時間、
育児にはそれが大事なんじゃないかなぁと今は思います(^ー^)


「果てしなく遠い外の世界」へつづく
【2008/10/13】 | 長女の育児 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
果てしなく遠い外の世界
長女が生まれるまで私はごく普通の(!?)うつ病患者だった。
天気が悪いと気分が落ち込む。
でも天気が良すぎても不愉快でカーテンを閉める。

玄関のドア、それをたった1枚開ければ外の世界に出られるのに、
その1枚の向こうは果てしなく遠く、どうしても手が届かなかった。

でも、長女が生まれてから、
なんとか長女を外に出してやりたいと思うようになった。
私はモグラのように地面の下の暮らしでも、
長女は健康で地面の上の生物だ。

どうやったら外に出られる?

働かない頭を目いっぱい稼動させた。

スーパーに行こうか・・・?
いや・・・知り合いに会ったら嫌だ・・・。

コンビニだったら行けるだろうか・・・?
ダメだ・・・行く気にならない・・・。

一生懸命外に出るための言い訳を探した。

せめて駐車場まで・・・
それもダメならベランダに出るだけでも・・・。

一生懸命自分で自分を説得して、
なんとかかんとか毎日少しずつ外の世界に近づいた。

今なら出られる!という時に出ないとタイミングを失ってしまうので、
出たいと思った時は顔も洗わないまま出ていた。
洋服も同じ服ばかりの着まわし。

旦那がいる時は旦那も一緒に出かけていたが、
正直、一緒に歩く旦那は恥ずかしかったかもしれない。
でも、旦那は何も文句を言わなかった。

だから私は汚い顔のまま買い物に行き、
汚い顔のままランチを食べに出かけた。

外に出られて長女は嬉しそうだった。
長男もいつも以上によくしゃべった。
旦那もよく笑った。

ここには私に「完璧」を求める人は誰もいない。

私が笑っていること・・・

それが重要なのだ・・・(^ー^)


「母親以外の愛情」へつづく
【2008/10/14】 | 長女の育児 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
母親以外の愛情
以前、「2人目で気づいたこと」の記事にも書いたが、
私は1人で育児を抱え込むのはツライと思いながらも、
どうしても自分以外の人に任せられずにいた。

それは大事な我が子に何かあっては大変だという思いからきているのだが、
結局はそれが自分を追い込み、子供を追い込んでいた。

長男を育てていた時がいい例で、
私は一生懸命あやさずにテレビを見ている元夫が許せなかった。

こんなに泣いているのに、なんで泣き止ませないの?

当時の私には元夫のことが血も涙もない冷酷な人に見えていた。

私にとって、「努力」や「一生懸命」という言葉は
単純に普段より頑張るということではなく、
自分の限界を超えて、体を壊すぐらいでなければいけなかった。
自分を犠牲にすることが前提のものだった。

でも、今から思えば元夫はちゃんと膝の上に乗せていた・・・。
本当はそれで充分なのだ。

「お?、よしよし?、どうしたの??」
・・・なんて朝から晩までやる必要なかったのだ。

私がすべての人を疑い、すべての人から長男を取り上げた結果、
長男に残ったものはただの孤独だった。

私に見捨てられたらおしまいだという大きな不安だった。

長女も9ヶ月に入った頃、後追いをするようになった。
それまで、お風呂も寝かしつけも誰でもOKだったのに、
全部「お母さんじゃないとダメ!」と泣き続ける。・゚・(ノД`)・゚・。

トイレに行くにも何をするにも、最後には立ち上がろうとするだけで泣く
どれだけあやしてもキリがない。
健康ならともかく今の私では体が持たない・・・。

旦那や長男は私を休ませるために精一杯あやしてくれた。
ひどい時には30分以上泣き続けることもあったが、
私はひたすら耳をふさいだり、他のことで気を紛らわせたり、
自分の体と精神を休ませるために努力した。

後追いは時期が過ぎれば自然におさまるもの。
私以外の人が長女をあやして長女の精神状態に異常が現れたかというと、
まったくそんなことはない。
むしろ、長男の頃よりもはるかに精神状態が安定している。

母親の私が忙しくて手が離せなくても、
代わりに遊んでくれる人もいれば八つ当たりできる相手もいる。
そして母親も用事が終われば笑顔で迎えてくれる。
長女はちゃんとそのことを学習したのだ。

母親の愛情はもちろん必要。
でも、自分を大事に想ってくれる人がたくさんいるって幸せなことですよね


「赤ちゃん返り」へつづく
【2008/10/15】 | 長女の育児 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
心の中
育児って、いったいいつになったらラクになるのか、
長男のことを思い返しても・・・

ラクになることなんかない( ̄∀ ̄;)

が答えでしょうか・・・?

赤ちゃん時代は、自分でご飯が食べれるようになればとか
歩けるようになれば・・・話せるようになれば・・・と思うけど、

自分で食べれば散らかる、歩けば逃げ出す、話せば反抗する・・・
で、結局ひとつできるようになればまたひとつ苦労が増える・・・

長女はうつ病で産んで育てて、うつ病なりの苦労もあったが、
1人で抱え込まず助けが得られたことで多少はラクだった。
でも、結局どんなに気をつけていても、うつの波はやってくる。

手抜き、妥協、我慢・・・
充分考えてやっているつもり。

なのになぜ治らない・・・?

何が足りない・・・?

やっぱり育児をしながら治すなんて無理なのか・・・?
やっぱり薬の力を借りなくては無理なのか・・・?

あと何年かかるんだ・・・?
一生治らないのか・・・?

うつで気分が沈む度に同じ思考に辿り着いてしまう。
なぜ・・・なぜ・・・なぜ・・・。

旦那や長男のちょっとした言動で撃沈してしまう。
誰かの何気ないひと言が延々頭の中を回り続ける。
傷ついて打ちのめされて、ただ逃げ続けるしかない。

なぜ自分はこんなに弱い・・・?ヽ(>Д<。)ノ

這い上がっても這い上がっても突き落とされる。
双子が着々とお腹の中で大きくなっていっても、
そんなうつ病の脅威に何度も心が折れそうになっていた。。。


「絶 望」 へつづく
【2008/10/18】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
妊娠後期
双子は二卵性のせいか、お腹にいる時から個性があった。

右側の次男はあまり動かない。
あまりにも動かなすぎて大丈夫なのかと心配になるぐらい

左にいる三男は絶えず動いている。
あまりにも動きすぎて「もしかして苦しいのか?」と心配になる

どこまでもマイナス思考のうつ病妊婦である

転院先の病院に2度目の診察に行った時、
二人に体重差が出始めてることがわかった。

次男は標準に近い状態で体重が増えているが、
三男のほうが500gほど足りない。
しかも逆子になっていた。

「まぁ、ぴったり同じ体重で生まれるなんてことはないし、
逆子もうまくいけば普通に産めるから大丈夫だよ


と、先生はいたって余裕の様子。
この先生、なんだか漂々としていてうちの旦那に似ているなぁ・・・( ̄ω ̄;)

とりあえず双子ちゃんは気をつけていても早産傾向にあるため、
1日でも長くお腹の中に留めておかなきゃいけないのだが、
お腹の張りが半端じゃない。。。(>ω<、)
長女がいるため早期に入院するのはできるだけ避けたい。

頼みたくはないが、万が一のためにいちおう母親に連絡。
「長期入院になったら長女の面倒がみれなくなるから来てくれないか?」
と頼んでみたが、

「生まれそうになったら教えて(´д` )」とのこと・・・。

それじゃあ遅いんだよ・・・

とりあえず張り止めの薬を飲んでいたが、
日々の生活の中、1人で面倒をみている時は
どうしても長女を抱っこしなくてはいけない時間がでてくる。

お腹と背中の痛みにただひたすら耐える・・・耐える・・・o(>_<。)o


「妊娠9ヶ月目」へつづく
【2008/10/19】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
絶 望
長女が生まれてからというもの、私にかかる負担は確実に大きくなっていた。
つい最近まで寝ているだけで精一杯だったのに、
オムツ、着替えなど、体調に関係なく動かなければいけない。

毎日自分が風呂に入ることさえできずにいたのに、
長女は毎日風呂に入れなければいけない。
さらに、外出、料理など、

うつ病を理由に避けてたことすべてが許されなくなった

そして、うつ病の体の重さに加え、
妊娠後期の大きくなったお腹がさらに負担を増す。

体はもう限界だった。
息が苦しい・・・。
頭が・・・変になりそうだ・・・。

起き上がれない私を横目に、旦那はいつも通り仕事に行こうとしていた。
うつ病で育児をしているのだからツラくて当たり前・・・
今までなんとかなったんだからなんとかなるだろう・・・
そんな気持ちだったのかもしれない。

家族を養うために働かなくてはいけない。
それはわかっている。
だから今まで耐えてきた。
でももう限界だった。
どうあがいてももう体がいうことをきかない。

「救急車呼んで・・・」

旦那は私の言葉にようやくハッとしたようだった。

とりあえず近場で病院を探してみるものの、その日はどこも休み。
ようやく見つけた古びた精神科に駆け込んでみたが、
「妊娠している以上、どうすることもできない」という返事だった。

当然といえば当然である。
通院は自らの意思でやめたのだ。
今更病院に頼ろうなんて甘い。。。

どこを検査しようが患部の見えない心の病。
決定的な治療法もない。
・・・医者にも見捨てられた。

私はこの先どうなっていくのだろう・・・。


「破 壊」へつづく
【2008/10/20】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
破 壊
ただひたすら荒れた。。。
このツラさを解消するための術が何もない。

「一緒に頑張ろうよ」と旦那は言う。
これ以上、何をどう頑張れというのか・・・。

だったら今すぐ治してくれ、この病気を!

引越しをしたら悪化することぐらいわかってたはずだ!
無理をして良くなるはずがないことだってわかってたはずだ!
どうするつもりだったんだ!何も考えてなかったのか?

苦しいのも私、解決するのも私。
全部私1人が背負わなければいけないのか?
なんでだ・・・私がいったい何をした・・・?
そんなに私が悪いのか・・・?

こんな体にしやがって・・・
そうだ、悪いのはあいつらだ・・・
自分の母親と元夫と元姑と・・・
そうだよ・・・あいつらが死ねばいい・・・
そうだ・・・私を傷つける奴はみんな死んでしまえ!

頭が爆発する。
苦しい・・・気が狂いそうだ・・・

なんとか説得しようとする旦那につかみかかる。
殴る、蹴る、物を叩きつける・・・
破壊したい衝動が止まらない・・・。



ああああああああーーー!!



・・・誰かこの頭を叩き割ってくれ・・・


「生きる理由」へつづく
【2008/10/21】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
生きる理由
どれだけ時間がたっただろうか・・・。
おそらく何日もかけて長い時間旦那と話をしたのだと思うが、
もう何を話したのかさえ覚えていない。。。

長女は歩くようになっていた。
今にも倒れそうな危なっかしい足取りで、
一生懸命歩き、私の体に嬉しそうに倒れこんでくる。

何がそんなに楽しいんだろ・・・?
なんでそんなに必死で成長しようとするんだろ・・・?

この世の中はツライことばかりだというのに、
長女のその瞳には何が映っているのだろう・・・?

この子が生きようとする理由は何・・・?

・・・・・・何もあるはずはない。
長女に生きる理由など必要ないのだ。
生まれたから生きる・・・
ただそれだけのこと。。。

うつ病になってからずっと考えていた。
自分はなぜ生まれ、なんのために生きているんだろう・・・って。

考える必要なんかなかったんだな・・・。

完全に社会から取り残された部屋で、長女が笑う。
・・・バカだね・・・
こんな私と一緒に居て楽しいのかよ・・・

ちくしょう・・・
もっと・・・もっと・・・強くなりたいよ・・・
大切な者を守れるように・・・強い母になりたい。。。


「長男の裏切り」へつづく
【2008/10/21】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
長男の転校
引越しを決める時に1番悩んだのは長男の転校のこと。
子供は順応性があるから大丈夫なんていうけど、
私自身が転校した経験がないので、心配でたまらない。。。

不安な気持ちのまま、新しい学校で迎えた5年生の新学期。
初登校から帰ってきた長男に「どうだった?」と聞いてみると、
「いろいろ覚えないといけないから大変」との返事。

あんまり心配しすぎても良くないし、ここは我慢我慢・・・
長男を信じよう・・・。

それから数日後、長男が新しくできたという友達を家に連れてきた。
5年生ともなると体も大きく、なんだか怖い気もする・・・

長い間、まともに人との交流ができていないので、
「いらっしゃい」のひと言もうまく言えず、少々焦る私・・・。

長男と友達が2階に上がってからも、ドーンと音がする度に、
いじめられてるのか?殴られた?突き飛ばされた?

もう不安で不安で落ち着かない・・・

音がする度に階段の下のほうに走って行き耳をすませる。
・・・楽しそうな笑い声がする・・・。

はぁ・・・よかった・・・(´Д`;)

こんなことで神経すり減らして、ほんと情けないな・・・。
でも、母親でいる限りなんだかんだで心配し続ける気がする

どうか、長男が毎日楽しく過ごせますように・・・(-人-)


「初めてのケンカ」へつづく
【2008/10/24】 | 長男のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
初めてのケンカ
ある日のこと、長男と友達はいつも通り遊んでいた。
楽しさのあまりだんだんテンションのあがる2人。
そして調子に乗った長男の足が友達の顔面に当たってしまった。

友達は 「痛え??!」と叫んだが、
長男は気づいてないのか、無視してるのか、知らんぷり・・・。

その態度に友達は激怒、
長男を追い掛け回し始めた。

2階に逃げ込む長男 
追いかける友達 

ドンドンドン・・・ガターン・・・

大きな音と怒鳴り声。

大丈夫だろうか・・・?
子供のケンカに親は口出ししないほうがいいとはわかっていても、
長男は気が弱く、いつもやられっぱなしになってしまう。
どうしよう・・・。

しばらくすると、2人とも降りてきた。
怒鳴りあい、とっくみあい、散々暴れて、
最後には友達は怒ったまま帰って行った。

仲直りできるだろうか・・・?
今後学校でいじめられたりしないだろうか・・・?
ものすごく心配

でも、少し嬉しくもあったのだ。
長男は今までこんなふうに友達の前で取り乱した姿を見せたことがない。
いじめられても泣くのをグッとこらえて、家に帰ってから泣くのだ。
こんなふうに怒鳴り返して、泣きながらケンカしたことなんてない。

あの友達が長男を変えてくれたのかな・・・。

数日後、その友達は何事もなかったように我が家にやってきた。
2人でゲラゲラ笑って遊んでる。

今の世の中、ケンカのできる友達は貴重だと思う。
良かったね、いい友達ができて・・・(^ー^)


「継続は・・・力にならず」へつづく
【2008/10/24】 | 長男のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
愛唄/GReeeeN

ただ泣いて笑って過ごす日々に 隣に立って居れることで
僕が生きる意味になって 君に捧ぐこの愛の唄


GReeeeN 愛唄愛唄/GReeeeN
歌 詞


* * うつ病主婦の想い * *

うつ病になってから、未来が思い描けなくなった。
どん底で一生懸命自分の価値や生きる意味を求め続けた。
でも、そんなものは必要ないのだ。。。
この家族と過ごすことに価値がある。
この家族と一緒にいたいから、きっと私は生きている。。。
何気ない日常こそが未来へ続いているのだ。
【2008/10/24】 | うつ病主婦と音楽 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
妊娠9ヶ月目
お腹の双子は妊娠8ヶ月を過ぎた。
早いと8ヶ月頃から入院が必要になると聞いていたので、
もうそろそろか・・・もうそろそろかとビクビク

毎日長女を抱っこしたり、追いかけたり、
安静とは程遠い生活を送っているため落ち着かない…(´д`||i)

そして妊娠9ヶ月の診察の時、とうとう先生が

「あぁ・・・子宮口開き始めてるね・・・どうしようか?」と言ってきた。

胎児は当然まだ2000gにも満たない。
産むには早すぎるのだ。

「長女がいるのでできるだけ長期入院は避けたい」と言うと、
「それじゃあ、とりあえず今すぐ入院っていうふうにはしないけど、
家では出来るだけ安静にして、来週もう1度診察に来てください。」
ということだった。

出産予定日まではまだ1ヶ月以上ある。
さすがの旦那もそんなに長く会社を休むわけにはいかない。

仕方なく再度母親に連絡。
「来週診察して、子宮口が今より開いていたら入院になっちゃうから」
と説明したが・・・・

「今は用事があって行けない。
来月にならないと無理。」


来月って・・・
来月までもつなら最初からアンタにゃ頼まないよ・・・。
はぁ・・・どこまでもアテにならない母親・・・。

再度サポートセンターや乳児院など、
とにかく入院している間助けてもらえそうなところを確認。
いよいよ出産間近・・・。


「いよいよ入院」へつづく
【2008/10/26】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
いよいよ入院
1週間後の妊婦検診。
子宮口は3cm開いてしまっていた・・・
もう家に帰ったって、いつ破水するかわからない状態。
今すぐ入院。絶対安静・・・。

覚悟はしていたものの、1人だけ病院に残るのはなんだか心細く、
旦那達を見送ろうとエレベーターに向かっていると、

「トイレに行く以外はとにかく寝ていてください

と、看護師から厳しいお言葉・・・。

はい・・・すみません・・・・゚・(ノД`)

はぁ・・・いつまで入院するんだろ・・・。
不安なまま1晩を明かす。

母親はというと、

「困ったねぇ・・・今行くのはたぶん無理だよ。」

何ヶ月も前からお願いして、1週間前にも再度お願いしたのにこの態度です
もう2度と頼み事はしません・・・。

そして翌日の先生の診察・・・
「あらら・・・さらに開いちゃってるね・・・
小児科の先生とも相談したんだけど、34週だし、
未熟児になっちゃうけど、たぶん大丈夫だと思うから
・・・お産にしますか?」

はい!!(>▽<)ノ

とりあえず長期入院はしなくて済んだ。

あとはひたすらいきむのみщ(`Д´)щ


「新たな命の誕生」へつづく
【2008/10/26】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
新たな命の誕生
今回の出産は旦那も子供も立会いである。
ここはひとつ「母は強し!」というところを見せねばと思っていたが、
いざ強い陣痛がやってくると・・・

痛い??!ぐおおーーー!

痛みのあまり、優しくお腹を擦ってくれる研修生の手も払いのけ、
手を握って励まそうとする旦那の手も払いのけ、ジタバタジタバタ・・・

もう無理ーー!ダメーー!嫌だーー!ヽ(´Д`ヽ)

ヤケを起こした私に助産師の一喝 

「赤ちゃん死んだら困るでしょしっかりしなさい

しっかりしなさい・・・
おお・・・なんと心地よい言葉か・・・・
うつ病になってからというもの、誰もかれも腫れ物に触るような態度で
傷つけないように、怒らせないように接してくることが多かった。
こんなふうに厳しく叱られたのは何年ぶりか・・・

・・・って、そんな感動に浸ってる暇もないのだが、
とにかく死にもの狂いで1人目を出産

もう無理・・・もう絶対嫌???・゚・(ノД`)
・・・とそんなもん聞いてもらえるわけもなく

「もう1人出てくるから、また頑張ってねΨ(`∀´)Ψ」

・・・と助産師さん。

もう無理だってば?・゚・(ノД`)
泣こうがわめこうが許されない、それが出産の世界

もう1人産むなんて絶対無理。
だけどこんだけ陣痛の痛みに耐えたのに
今更腹切って産後さらに傷口の痛みに耐えるなんてもっと嫌。

ああ・・・あれも嫌これも嫌・・・
そしてやけくその最後ののいきみш(`皿´)шドリャーー

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

おぎゃーーー!!

うええぇぇ???ん・゚・(ノД`)やっと生まれたぁ?

たくさんの「おめでとう」の声。。。
「よく頑張ったね」と笑顔の助産師さん。。。

死にたい死にたいと願っていた私のもとにまた新しい命がやってきた。。。


「双子の出産後」へつづく
【2008/10/27】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
双子の出産後
産後の処置が終わり、同じ病院内にある未熟児センターに双子を見に行った。
次男2044g 46cm、三男1660g 40cm
保育器に入った小さな小さな双子ちゃん
手足は細く、新生児用のオムツでさえ体が全部すっぽり入ってしまいそうな感じだ。

これがお腹にいた子たちかぁ・・・(*´∀`*)

長男の時も長女の時もそうだったけど、
生まれてすぐはなんとなく自分の子だという実感がない。

通常通り5日間の入院期間を終え、私は退院。
双子たちはそのまま病院に残った。

退院するまでの約1ヶ月、
旦那と私はおいしいものを食べに行ったり、
必要な物を買出しに行ったり、のんびりと時間を過ごした。

ちょくちょく病院に様子を見に行ったりもしていたが、
看護師さんに抱かれている姿があまりにも自然で、
ますます自分の子だという実感が薄れていく。。。

妊娠したとたん母親になるとか、産んだから母性本能が湧くとか・・・
私だけかもしれないけど、そういうのは違う気がする。

長男の時は生後3ヶ月頃、初めてニコッと笑ってくれた時。
長女にいたっては、1歳を過ぎるまで、
可愛いよりも大変という気持ちのほうが上回っていた。

きっとこの双子たちもそうやって一緒に暮らしていく中で、
愛着が湧くんだろうな・・・(^ー^)

これからいよいよ新しい生活が始まる。
双子の育児という未知の世界。
私はちゃんとやっていけるんだろうか・・・?


「双子が我が家にやってきた!」へつづく
【2008/10/28】 | 双子の妊娠・出産 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
長男の裏切り
6月中旬、ようやく双子も退院し、
家族6人楽しい生活が始まると思っていた矢先、事件が起きた。
・・・いや、正確に言えば私が起こしてしまったのかもしれない・・・。

その日、長男は「友達と探検に行く」と言って出かけていった。
この「探検」というのが前から引っかかっていた。
何度打ち消そうと思っても消えない不安。。。

もしかして元夫に会いに行ってるのではないか?

元夫とはもうずいぶん前にお金のことや長男への接し方などでもめて、
会わせることをやめていた。
養育費も会わせるのをやめた時点で振り込まれなくなった。

当時は母子家庭で、私がうつ病で満足に仕事ができないこともわかっていて、
元夫は養育費を払うのをやめた。
それはもう、私たちに死ねと言ってるのに変わりない。

私は元夫はもう親の権利も義務も放棄したのだと判断し、
長男の了承を得て、連絡先も連絡用の携帯も処分した。
引越しもしたし・・・今さら会うことなんてないはず・・・。

それでも「探検に行く」と言う時に限って、いつも様子がおかしい。
たとえ会っていたとしても仕方がない。
本当の親に会いたい気持ちはどうしようもない。
長男を信じよう・・・。

何度も何度も自分で自分を説得し、口出ししないようにしていた。
でも、とうとうその不安が抑えきれなくなってしまった。

夕方、帰ってきた長男に言ってしまった。

「前のお父さんに会いに行ってるでしょ?」

長男は・・・明らかに動揺していた・・・。

疑惑が確信に変わった瞬間、私の中で何かが壊れた・・・。

裏切り者ーーーー!!!

我を忘れ、長男の首を絞めている自分がいた。。。


「よみがえる憎しみ」へつづく
【2008/10/29】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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