うつ病・パニック障害発症
頭に膜が張ったような状態が数ヶ月続き、
眠ることさえできなくなってしまって1ヶ月以上。
ある朝目が覚めると体が動かなくなっていた私。

その後どうしたのか、もう今では思い出すことができないが、
友達に連れられて精神科に行った記憶はうっすらある。

診察室に入るなり、悲鳴をあげて逃げ出した。。。

そして待合室で泣いた。
人目もはばからず大声で泣き続けた。

状態が落ち着くのを待って、もう一度診察室に呼ばれたが、
体がガタガタ震えるばかりで、言葉が何も出ない・・・。
涙が止まらない・・・。

友達が代わりに先生に話をしたと思うのだが、覚えておらず、
その後の記憶もない。

1週間後、再度病院に行くが、やはり言葉が出ない。
前回のこともあって、今回は症状をメモに書いて持っていった。

手の震えがひどいため、ミミズのような文字。
メモ用紙がまっ黒になるぐらいたくさんの症状を書いた気がする。

「うつ病」「パニック障害」

その診断名にさえ何の現実感もない。

起き上がれない私のために友達が毎日食事を作りに来てくれた。
でも、そんな友達にさえ、私は物を投げつけわめき散らした。

光、音、人・・・
それまで当たり前に私を取り囲んでいたもの。
そのすべてが恐怖に変わった・・・。

話すこともなく、笑うこともなく、ただ布団に横たわる。

死人・・・。


「うつ病主婦の決断」へつづく
【2008/08/20】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病主婦の決断
うつ病とパニック障害の発症当時は、とにかく外に出ることが怖かった。
人の視線、音、話し声・・・何もかもが恐怖。。。

買い物しようとようやくスーパーまで辿り着いても、
自動ドアが開いたとたん体中に鳥肌が立ち逃げ出す。
なんとかスーパーに入れても、レジで待つことがツラくてたまらない。

震えが止まらない・・・落ち着かない・・・怖い・・・

結局耐えられずに逃げ帰ることもしょっちゅうであった。
人前だろうとなんだろうと涙がポロポロ溢れて止まらない。。。

それでも、1ヶ月以上ほとんど寝ている生活をしているうちに、
その症状はだいぶ改善されてきた。

元夫のこと以外は・・・。

ある程度精神状態が落ち着き、なんとか言葉も発せられるようになっても、
元夫が帰ってくる時間になると相変わらずソワソワし、恐怖に震えた。

何度も何度も家の中を往復し、体がガタガタ震える。
言葉も出なくなり、話しかけられても幼児のようなしゃべり方しかできない。

「病気のフリはやめろ!」

何度となく元夫にそうやって責められた。

私はこの人と一緒にいる限り治らない。。。

元夫に別居を申し出た。
そして、生活のために2ヶ月で復職。

うつ病の時は大きな決断をしちゃいけないというが、
おそらく私はこの人とはもう一緒にいられないだろうと感じていた。

そして別居から半年後に離婚した。

あきらめたのではなく、前を向くために・・・。


「うつ病と仕事 ?」へつづく
【2008/08/21】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と仕事 ?
うつ病のまま仕事をしていて何が大変だったかというと、
新しいことが覚えられないということ

うつ病になる前から3年間働いた職場。
やり慣れているはずの仕事。

それなのにちょっとした変更、期間限定のイベントなど、
新しく覚えなければいけないことが覚えられない。
それどころか、今まで30分でできた仕事が1時間もかかってしまう

当然仕事はどんどんたまっていき、早くしなければと思うのだが、
何から手をつけていいのかわからず、気がつけば時計ばかり見ていたりする。

体がダルイ・・・眠い・・・(-_-|||)
どんなに頑張ろうと気合いを入れても、体も頭もついてこない・・・

また更に苦痛だったのが休憩時間。
今までは先頭きってしゃべってたくらいおしゃべりが大好きだったのに、
周りの話し声、笑い声が騒音にしか聞こえない・・・

接客もツラくなってしまった。。。
人と話をすると、なぜかとても疲れてしまうのだ。

職場の人にうつ病になったことを公表していたこともあり、
「この人をどう扱っていいのかわからない」というような視線もツラかった。

少し前までは、お互いからかいあったりして楽しかったのになぁ・・・。
同情されるのってツライ・・・(ノ_・。)

そこで離婚を機に転職を決意。
でも、これってうつ病の人がやっちゃいけないことの基本ですよね(笑)


「うつ病と仕事 ?」へつづく
【2008/08/22】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
うつ病と仕事 ?
新しい職場ではうつ病であることは内緒にしていた。
話したところで理解してもらえないだろうし、
また同情したような目で見られるのも嫌だったから・・・。

でも、結果は、

自分は本当にうつ病なんだということを自覚させられただけだった

教えてもらったことがなかなか覚えられない。
それどころか、一生懸命集中して話を聞いてるつもりなのに、
相手の言っている意味がわからない・・・(ノ_・。)

1週間・・・2週間・・・3週間・・・
どれだけたっても進歩している気配がない。

常に「あれはどうやってやるんだったっけ?」
「これってどうすればいいんだっけ?」
わからないことが多すぎて、何度聞いても不安がなくなっていかない

仕事が大好きだった過去の自分。

バイトを変わる時にはわざわざやったことのない職種を選んで、
新しい知識や技術を身につけるようにしていた

成長していく自分が好きだった。

でも、その職場は今までと違った。
どんどん出社するのが嫌になり、毎朝休む理由を考えていた。

そのうち「明日なんか来なければいいのに・・・」と思うようになり、
生きていることがツラくなってしまった。。。(´_`|||)

結果・・・腕を切りつけるようになった・・・。
薬を大量に飲んでは暴れるようになった・・・。

死にたい気持ちとの闘いが始まった・・・。

息子は当時まだ小学1年生。
自分がしっかり支えていかなきゃ・・・。

再度転職を決意。


「うつ病と仕事 ?」へつづく
【2008/08/24】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と仕事 ?
新しく転職した先は、ただ事務所にいればいいというだけの超簡単な事務職。

やることがないので当然退屈で、
普通ならば本を読んだりして時間をつぶすのだろうが、
当時の私は文章を読むことが困難で、何も頭に入らなかった。
マンガを読んでもクスリとも笑えないどころか面白くない

パソコンは自由に使ってよかったので、ネットサーフィンなどしてみるが、
やっぱり楽しくない・・・

何をするわけでもなくただボケ?ッと窓の外を眺め、
自分にはもうこんな仕事しかできないのか・・・と時々悲しくなった。

でもどんなに嘆いたところで、
ひとつ用事を頼まれただけで頭の容量がいっぱいになってしまう自分がいる。

新しいことを覚える時には頭の先から足の先まで、
とにかくすべてのものをフル稼働しなければならない自分がいる。

これが今の自分の精一杯。

幼児並みに低下した自分の能力。
それは認めざる得ない(-_-。)

悔しかった・・・とても悔しかった・・・。

今の旦那と再婚した後、旦那は
「ツラかったら仕事辞めてもいいんだよ」と言ってくれた。
「しっかり休んで具合が良くなったらまた働けばいいよ」って。

でも辞めなかった。

どんなにくだらない、ほとんどなんの役に立ってないような仕事でも、
唯一「頑張っている」と胸を張って言えることだった。

家事も育児もすでに満足にできなくなっていた私。
これで仕事も辞めてしまったら、自分は本当に「何もできない人」になってしまう。

それだけは絶対に嫌だ・・・(>_<。)

少しずつ少しずつ、亀のような歩み。
それでもその中で、少しずつ本を読めるようになり、
エクセルやワードなども勉強した。

やっぱり進歩していくことは楽しい

再婚してから数ヵ月後、妊娠しているのが発覚した。
どうしようか迷ったが、今までのように薬に頼ることができないため、
周りに迷惑をかける前に仕事を辞めた。

今度は自分が無能だからではなく、
産まれてくる赤ん坊を守るためという言い訳ができた。
家でじっとしているためには、自分なりに納得のいく理由が必要だったんです。

仕事が好きな自分はたぶんずっと変わらない。
いつか昔みたいにバリバリ働ける日がくるといいなぁ・・・。


「うつ病とテレビ ?」へつづく
【2008/08/24】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病とテレビ ?
私はうつ病になってからテレビを見なくなったが、
正確にはいつから見なくなったのか覚えていない。

ある日、ふと以前録画した映画を見ていないことに気付いて見てみたのだが、
これがまったく意味がわからない・・・(?_?)

なんじゃこの映画。全然面白くないじゃん・・・。
なんでこんなのが人気あるんだろ・・・?

仕方がないから録画した他のドラマの続きを見てみる。

・・・・・・
意味がわからない・・・ 面白くない・・・

初めて何かがおかしいことに気がついて、番組表を見てみると、
自分が見ていたドラマはとっくに終了していて、新しいドラマが始まっていた。
逆算していくと、どうやら3ヶ月以上テレビを見ていないようだ。

どういうことだ・・・Σ( ̄Д ̄;)
まるで浦島太郎状態・・・。

しかしそこから意識してテレビをつけるようにしてみると、
音がものすごく不快だということに気がついた。

特にCMの大音量、バラエティー番組の笑い声・・・
何分かつけていると気分が悪くなった

それ以来我が家ではテレビをつけなくなり、
長男がアニメを見るときは、ものすごく小さい音で、
テレビのまん前で見てもらうようになった。

そんな生活は1年以上続いていたのだが、
長女を妊娠中、「なんとかこれを克服できないかな?」と考え出した。


「うつ病とテレビ ?」へつづく
【2008/08/25】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病とテレビ ?
テレビを見たいとは思ったものの、
不快なものに手を出すというのはなかなか難しい

とりあえず番組表をチェックして、見れそうなものを見てみる。
つまらなくてもイラッとしても、できるだけ我慢我慢・・・

それでも、たとえばドラマの手術シーンや人が殴りあう姿などは、
刺激が強すぎて見た瞬間パニックを起こしてしまう。

ニュース番組でも、暴動で血を流す人や虐待された動物など・・・。
こぶしを握り締めて、体をガタガタ震わせながら見ていた。
限界を感じた時は速攻で消す(>Д<)うぎゃああ

うつ病になるまでは当たり前に見てたけど、
テレビって結構過激な映像流れてるんだなぁ・・・

小さい頃からずっとこんなもの見てたら、やっぱり感覚が麻痺しちゃうよなぁ・・・
なんてつくづく思ったりして・・・

そんなこんなで少しずつ見られる時間も番組も増えていき、
今ではもう当たり前にいつでもテレビがついています。

長男と一緒にお笑い番組を見て笑ったり、
長女と一緒に幼児番組を見て歌ったり、
テレビが復活してから我が家は明るくなりました

パニックを起こしそうになるたびに、
「あ?、なんでこんなくだらないことを必死になって頑張ってるんだろ?」と、
自分で自分がおかしくなってしまう時もありましたが・・・まぁ結果オーライです

でも娯楽の道具のテレビを見るのに、こんなに頑張らなきゃいけないうつ病って・・・
やっぱり難しい病気だね・・・


※ちょっとカテゴリー違いになりますが、
続きはこちらを先に読んでいただいたほうがわかりやすいかと思います。
「うつ病なのに双子妊娠??」

読み終わった方はうつ病奮闘記の続きをどうぞ⇒「うつ病で引越し(1)」
【2008/08/26】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
うつ病で引越し(1)
双子を妊娠したことで解決しないといけない問題が山積み

まずは寝る場所の確保。
それまでは6畳の部屋に4人で布団をひいて雑魚寝していたが、
これにさらに2人増えるとなると・・・

寝る場所が足りない

さらに、通常の妊娠の場合は多少動いたほうが良いと言われるが、
双子は早産になりやすいため、妊娠後期は安静が必要。
8ヶ月頃から管理入院して絶対安静の状態になることも多いとなると・・・

マンションの3階まで階段で上がるなんて無理

おまけに当時通院していた産婦人科は小さな個人病院で
NICUなどの設備がないため双子の出産は無理

大きな病院に転院しないといけなかったのだが、
一番近くても車で30分くらいかかってしまう。。。

結果、どう考えても引越しするしかない・・・(-_-|||)

仕方なく近場で少しでも広めの部屋を探してみたがいい物件がない・・・
どうするべきか・・・

そこで我が家の大黒柱の旦那が出した結論。

「マイホーム買うか?

場所は今住んでる所から車で40分
長男は当然転校することになる。

それでいいのか?
大丈夫なのか?
それ以外の方法はないのか?

あれこれ悩んで結論が出せずにいる私に旦那が言った一言。

「なんとかなるべぇ? (^∀^)エヘッ」


「うつ病で引越し(2)」へつづく
【2008/10/05】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病で引越し(2)
私は元夫と離婚した後に一度引越しをしているが、
うつ病で引越しをするというのは本当に大変

引越し屋さんの見積もりが来てから実際に引越すまで約1ヶ月。
当日の朝、引越し屋さんのピンポンが鳴った時に
私はまだ台所でダンボールに埋もれていた・・・

1日片付けては3日寝込むという繰り返しの結果、
冷蔵庫の中身はほぼそのまんま、シンク下、ベランダ、押入れ・・・

とにかく何も片付いていない・・・

過去に何度か引越しはしているがこんなことは初めて・・・

恐るべしうつ病の威力。。。_| ̄|〇

たまたますごく親切な引越し屋さんで、
文句言わずに箱詰めから何からやってくれたんだけど、
荷物を部屋から出すだけで午前中いっぱいかかってしまって、
もう本当に申し訳なくて・・・

この使い物にならない頭と体・・・
ほんとに腹が立ちますヽ(`Д´)ノ チクショー!

そのことがあったから旦那にも
「たぶん私、何もできないと思うよ・・・」と言ったら・・・

「妊娠もしてるんだから無理しなくていいよ、俺が全部やるから

・・・なんとかするって言っても、仕事して家事やって育児やって・・・
そんなの絶対無理だよ?(´ω`;)

私の心配をよそに、マイペースで手続きに取り掛かる旦那でした。。。


「うつ病で引越し(3)」へつづく
【2008/10/06】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
うつ病で引越し(3)
うつ病になって3年が経過していた。
相変わらず良くなったり悪くなったりを繰り返しているだけで、
回復に向かっているのかどうかわからない。

いつまでこんな日が続くのだろうか・・・。

私の中には焦りと苛立ちがあった。

元夫との嫌な思い出がたくさんある町にはいたくない。

環境が変わればもしかして・・・

そんな淡い期待は何度も持ったことがある。
でも勇気が出なかった。。。

「うつ病の時には引越し等の大きな環境の変化は避けたほうが良い。」
そんな言葉をうつ病の人なら1度はどこかで聞いたことがあるだろう。

誰も知り合いがいない土地でうつが悪化してしまったら、
今度こそ本当に育児なんて出来なくなってしまう。。。

頼る人もいない。
信頼できる病院もない。

万が一、長男が新しい学校になじめなかったら?
担任がすごく怖かったり、同級生にいじめられたらどうする?
マイホームなんか買ってしまったら簡単にまた引越しなんてできない。

本当にいいのか・・・? 後悔しないか・・・?

どうやっても拭いきれない不安にだんだんイライラが募り、
「あれはどうなってる?」「これやった?」
自分ではできないくせに旦那に八つ当たりすることが増えた。

旦那はちっとも焦ったり、悩んだりしてる気配がない。
本当にちゃんと考えてるの?
もしかして無責任なだけ?

引越ししたい・・・したくない・・・したい・・・したくない・・・

不安な気持ちのまま2007年が終わろうとしていた。


「旦那の背中。。。」へつづく
【2008/10/08】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
旦那の背中。。。
引越し屋さんはスピーディーだった。
普段思うように体が動かせないうつ病の私には信じられない。。。

そんなに無理したら倒れるんじゃないかと心配になるぐらい、
休むことなく動き続けていた。

予定通りお昼前にはすべての作業が完了。
これからいよいよ新しい生活が始まる・・・

・・・と、感動に浸っている暇もなく、以前のマンションの退去の立会い。
足りないものの買出し。
長女の面倒を見ながらなのですっかりクタクタになってしまった・・・

ようやくひと息ついてのんびりしていると旦那の携帯に電話が・・・
やっと切れたと思ったらまた電話・・・。

電話をしている最中にもリフォーム業者が出入りしたり、
不動産屋さんが来たり・・・。

今まで全部旦那任せにしていたから全然知らなかった。

「手続きあるから、ちょっと行ってくるね

いつも普通に出かけていたけど、本当はちょっとどころではなかった。

学校の手続き、役所、不動産屋、リフォーム業者・・・
それ以外にも私の産婦人科に付き合ったり、長女の検診に出かけたり、
長男の学校行事に参加したり・・・

1人でいったいどれだけ背負ってたの?

次から次にかかってくる電話で話している後ろ姿を見ながら、
旦那がこなさなければならないことのその膨大な量に愕然とした。

1人でできるわけないじゃん・・・
たまには弱音ぐらい吐きやがれってんだ・・・バカヤロー

うつ病女のためにそんなに頑張ったっていいことないぞ・・・

意地でも治さなきゃいけなくなるじゃん・・・くそジジィ・・・

うつ病を治したいと思っている私以上に、

旦那は私のうつ病を治したいと思っている。

この引越しにかけた旦那の気持ちを思い知った。。。

そんな2008年4月だった。


「前へ・・・」へつづく
【2008/10/08】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
前へ・・・
私たちが購入したマイホームは中古物件。
住んでいたのは父親と息子3人。
母親は、末っ子が赤ん坊の頃に出て行ったという話だった。

まだ居住中の状態で下見をさせてもらったのだが、
庭は草が伸び放題、家の中は足の踏み場もない散らかりようだった。

末っ子ももう小6だというのに、家のあちらこちらに
古いベビー用品が散らかっており、
母親が出て行って以来片付けていないことが簡単に想像できた。

昼間だというのに、ほとんどの部屋のカーテンは閉まっている。

順調に子供が生まれ、この家に入居する時には、
家族で仲良く暮らす未来を想像していたことだろう。。。

ローンが払えなくなって売りに出すことを決めた父親。
その心境は私なんかでは到底計り知れない。

今まで何人も下見に来た人はいたらしい。
けれど、現状の汚さに誰もが断ったそうだ。

でも、私も旦那もこの家にしようと即決した。
理由は家の造り。
ゴミを取り払い、リフォームすれば他の物件よりも確実に立派な建物だ。

不思議と「離婚した家など縁起が悪い」という考えは出てこなかった。
いや、むしろ挑戦したい気持ちだったのかもしれない。

不幸は散々味わってきた。
これ以上不幸にできるもんならやってみろ!・・・と。

今はまだ地を這うような生活。
でもいつかきっと光が射すはずだ。
私たちにも・・・あの家族にも・・・。


「うつ病と近所付き合い」へつづく
【2008/10/10】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と近所付き合い
うつ病の私が一戸建てに住むにあたって心配だったことは山ほどあるが、
そのひとつが近所づきあい・・・

マンションに住んでいた頃は隣がどんな人か知らないというのもザラだったが、
一戸建てとなるとそうもいかない。
下手すると一生の付き合いになるし、できるだけトラブルは避けたい。

でも普通でも人と関わることが苦痛な私
仲のいい友達でさえ、しばらく会話していると疲れてしまうというのに、
いったいどうやって付き合ったらいいものか・・・(-ω-;)

まともな会話が成り立たないこともあるから気に入られる自信もないが、
親切心でしょっちゅう干渉されても困るし・・・。
不安もあって、最初の頃はコソコソと隠れるような生活をしていた |д゚;) 

でも幸いご近所さんは嫌な人ではなく、必要以上の干渉もしてこない。
以前住んでいた家族のこともあってか、気を遣っているようである。

育児が大変で奥さんが出て行ったという印象が強いのか、
「困った時はいつでも声かけてね。1人で悩んじゃダメだよ」と言ってくれた。
世の中人の不幸を願う人ばかりじゃないんだな・・・

庭で洗濯物を干していると、左隣の人が
「たまにはおばちゃんと遊ぼうか?」と長女に声をかけてくれた。

人間不信気味の私は正直「大丈夫かなぁ?」と思っていたが、
長女は以外にすんなり付いていき、その後も楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

なんだかホッとした(^ー^)
自分1人で面倒見るのも大変だが、人に預けるのも勇気がいる。

長男の時にもこんなふうに声をかけてくれる人がいたら、
産後うつになんかならなかったんだろうな・・・。

人を信用できるようになるには、こういう温かい経験の積み重ねが必要なんだろうな・・・。
私はあんなふうに温かい人になれるだろうか・・・(´ー`*)


「心の中」へつづく
【2008/10/12】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
心の中
育児って、いったいいつになったらラクになるのか、
長男のことを思い返しても・・・

ラクになることなんかない( ̄∀ ̄;)

が答えでしょうか・・・?

赤ちゃん時代は、自分でご飯が食べれるようになればとか
歩けるようになれば・・・話せるようになれば・・・と思うけど、

自分で食べれば散らかる、歩けば逃げ出す、話せば反抗する・・・
で、結局ひとつできるようになればまたひとつ苦労が増える・・・

長女はうつ病で産んで育てて、うつ病なりの苦労もあったが、
1人で抱え込まず助けが得られたことで多少はラクだった。
でも、結局どんなに気をつけていても、うつの波はやってくる。

手抜き、妥協、我慢・・・
充分考えてやっているつもり。

なのになぜ治らない・・・?

何が足りない・・・?

やっぱり育児をしながら治すなんて無理なのか・・・?
やっぱり薬の力を借りなくては無理なのか・・・?

あと何年かかるんだ・・・?
一生治らないのか・・・?

うつで気分が沈む度に同じ思考に辿り着いてしまう。
なぜ・・・なぜ・・・なぜ・・・。

旦那や長男のちょっとした言動で撃沈してしまう。
誰かの何気ないひと言が延々頭の中を回り続ける。
傷ついて打ちのめされて、ただ逃げ続けるしかない。

なぜ自分はこんなに弱い・・・?ヽ(>Д<。)ノ

這い上がっても這い上がっても突き落とされる。
双子が着々とお腹の中で大きくなっていっても、
そんなうつ病の脅威に何度も心が折れそうになっていた。。。


「絶 望」 へつづく
【2008/10/18】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
絶 望
長女が生まれてからというもの、私にかかる負担は確実に大きくなっていた。
つい最近まで寝ているだけで精一杯だったのに、
オムツ、着替えなど、体調に関係なく動かなければいけない。

毎日自分が風呂に入ることさえできずにいたのに、
長女は毎日風呂に入れなければいけない。
さらに、外出、料理など、

うつ病を理由に避けてたことすべてが許されなくなった

そして、うつ病の体の重さに加え、
妊娠後期の大きくなったお腹がさらに負担を増す。

体はもう限界だった。
息が苦しい・・・。
頭が・・・変になりそうだ・・・。

起き上がれない私を横目に、旦那はいつも通り仕事に行こうとしていた。
うつ病で育児をしているのだからツラくて当たり前・・・
今までなんとかなったんだからなんとかなるだろう・・・
そんな気持ちだったのかもしれない。

家族を養うために働かなくてはいけない。
それはわかっている。
だから今まで耐えてきた。
でももう限界だった。
どうあがいてももう体がいうことをきかない。

「救急車呼んで・・・」

旦那は私の言葉にようやくハッとしたようだった。

とりあえず近場で病院を探してみるものの、その日はどこも休み。
ようやく見つけた古びた精神科に駆け込んでみたが、
「妊娠している以上、どうすることもできない」という返事だった。

当然といえば当然である。
通院は自らの意思でやめたのだ。
今更病院に頼ろうなんて甘い。。。

どこを検査しようが患部の見えない心の病。
決定的な治療法もない。
・・・医者にも見捨てられた。

私はこの先どうなっていくのだろう・・・。


「破 壊」へつづく
【2008/10/20】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
破 壊
ただひたすら荒れた。。。
このツラさを解消するための術が何もない。

「一緒に頑張ろうよ」と旦那は言う。
これ以上、何をどう頑張れというのか・・・。

だったら今すぐ治してくれ、この病気を!

引越しをしたら悪化することぐらいわかってたはずだ!
無理をして良くなるはずがないことだってわかってたはずだ!
どうするつもりだったんだ!何も考えてなかったのか?

苦しいのも私、解決するのも私。
全部私1人が背負わなければいけないのか?
なんでだ・・・私がいったい何をした・・・?
そんなに私が悪いのか・・・?

こんな体にしやがって・・・
そうだ、悪いのはあいつらだ・・・
自分の母親と元夫と元姑と・・・
そうだよ・・・あいつらが死ねばいい・・・
そうだ・・・私を傷つける奴はみんな死んでしまえ!

頭が爆発する。
苦しい・・・気が狂いそうだ・・・

なんとか説得しようとする旦那につかみかかる。
殴る、蹴る、物を叩きつける・・・
破壊したい衝動が止まらない・・・。



ああああああああーーー!!



・・・誰かこの頭を叩き割ってくれ・・・


「生きる理由」へつづく
【2008/10/21】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
生きる理由
どれだけ時間がたっただろうか・・・。
おそらく何日もかけて長い時間旦那と話をしたのだと思うが、
もう何を話したのかさえ覚えていない。。。

長女は歩くようになっていた。
今にも倒れそうな危なっかしい足取りで、
一生懸命歩き、私の体に嬉しそうに倒れこんでくる。

何がそんなに楽しいんだろ・・・?
なんでそんなに必死で成長しようとするんだろ・・・?

この世の中はツライことばかりだというのに、
長女のその瞳には何が映っているのだろう・・・?

この子が生きようとする理由は何・・・?

・・・・・・何もあるはずはない。
長女に生きる理由など必要ないのだ。
生まれたから生きる・・・
ただそれだけのこと。。。

うつ病になってからずっと考えていた。
自分はなぜ生まれ、なんのために生きているんだろう・・・って。

考える必要なんかなかったんだな・・・。

完全に社会から取り残された部屋で、長女が笑う。
・・・バカだね・・・
こんな私と一緒に居て楽しいのかよ・・・

ちくしょう・・・
もっと・・・もっと・・・強くなりたいよ・・・
大切な者を守れるように・・・強い母になりたい。。。


「長男の裏切り」へつづく
【2008/10/21】 | うつ病奮闘記① | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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