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自分のために・・・
先日、家から30分ほどの距離に住んでいる親戚夫婦に双子を預け、
長男や長男の友達たちと外食してきました

双子が生まれてからずっと
「何かあったらいつでも頼ってきてね」と言われてはいたのですが、
頼るのが苦手な私はずっと自分からは言えませんでした

でも、いつまでも苦手だからと避けていちゃ前に進めない。
この性格である限り、一生うつ病と付き合っていかなきゃいけない・・・。

やっぱり変わらなきゃ・・・

・・・ということで考え続けること数ヶ月。
ようやく自分から声をかけることが出来ました

「たまにはのんびり外食したいので、
お昼ご飯を食べる間だけ双子を預かってくれませんか?」・・・と。

双子用のベビーカーは大きくて入れない店が多いし、
なんと言ってもおとなしくしていてくれないので、外食は難しいのです。

親戚夫婦は快く引き受けてくれ、ひと安心。

食べたかった飲食店の開店が11時だったので、
それまでゲーセンで時間つぶし。

でも、気がつけば旦那も私もソワソワしたり、あくびしていたり・・・。

なんか落ち着かない・・・( ̄∀ ̄;)

双子が生まれてもう1年。
大きなベビーカーを押しながら、逃げ回る長女を追いかけて、
公園に行ったり、買い物したり・・・。

なんか、頭も体もその大変な状況に慣れてしまってるんですねぇ・・・。
いざ、双子がいなくなってみると余裕ができるというよりも、
気が抜けすぎて何をしていいのかわからない・・・(笑)

でも、久しぶりの外食は気分転換になり、
長男ともホッケーゲームで対戦したり、とても楽しく過ごせました

自分を変えるというのはとても難しい。
長い時間をかけて築きあげられたものならなおさら・・・。

それでもちょっとずつちょっとずつ前に進めたらいいな・・・(^ー^)


「うつ病主婦、料理に勝つ!」へつづく
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【2009/06/27】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
うつ病主婦、料理に勝つ!
今さらながら私が節約生活を始めたきっかけは近くの激安スーパーでした。
キャベツや大根、レタスなどがなんと1円で買えてしまうんです

激安スーパーといえば、朝いちから並んでとか個数限定とかで、
人を押しのけたり、1個の商品をめぐってつかみあい・・・なんてイメージで、
人混みの苦手なうつ病患者にはとても手が届かない場所。
だからお金はないけど、今までそういうところは避けていたんですね^^;

でも、ここのスーパーはいつ行っても1円
他の野菜も何十円単位で買えてしまうんです。

だから1番近いスーパーには行かず、買い物はいつもここ。

でも、問題は肉類。
別に高いわけではないのだが、野菜が究極に安いので、
肉ももっと安ければ、もっと食費が浮くんじゃないかと考えた

そこで、肉の安い店を探して放浪の旅が始まり、
その次が冷凍食品。

普通のスーパーではお弁当用の小さな冷凍食品しかないので、
食べ盛りの長男が普段食べるには物足りない・・・。

そこで辿り着いたのが業務用スーパー

ここならハンバーグも唐揚げもちょうどいいサイズのものが大量にある。
1件目は味が悪くてボツったが、2件目でベストなところに出会った

だから我が家は、今日は面倒くさいから簡単なもので・・・と思った日でも、
ハンバーグ、唐揚げ、メンチカツ、コロッケ、トンカツなどいろんなものが出てくる。
ほとんど、焼くだけ、揚げるだけなので30分もあればご飯ができるし、
毎回お惣菜を買いに行くよりはるかにラクで、安いし、旨い!(^∀^)v

先日、新しく最近我が家に遊びに来るようになった長男の友達。
一緒に昼ご飯を食べることになったのだが、

「お前ん家っていつもこんなに豪華な飯なの?

・・と感激していた(笑)

調子が悪い日は冷凍のピザやグラタン、お好み焼き、パン類。
少し元気になったらフライ類。
気が向いた時だけいちから手作り。

うつ病の私が料理を克服できた理由は、

「作らなきゃいけない」という心配をゼロにしたこと。

チンするだけ、並べるだけでOKな食材がたくさんあれば、
「何を作ろうかなぁ・・・?」と悩む必要はなくなります。

ろくに頑張って作っていないのに、
子供たちからは「うめぇ?」と喜びの声が聞けるのだから気分も良くなり、
「よし、今度はもっとおいしいものを作ろう!」となるわけですね^^

興味のある方は近くの業務用スーパーを探してみるといいかもですよ


「もう流されない」へつづく
【2009/06/28】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
もう流されない
母親とは、長女が生まれた時以来会っていない。
長女が生まれる時に、
「出産で入院している間、長男の面倒をみてくれ」と頼み来てもらったのだ。

でも、陣痛はいつ訪れるかわからないというのに早めに来ることもせず、
ようやく来たのは長女が生まれた後。
しかもひどい風邪をひいていて、とても誰かの面倒をみれる状態でもない。

結局、「しんどいから帰る」と強引に翌日帰ってしまい、
仕方なく旦那が休みをとってずっと自宅と病院の往復をしていた。

双子の時にはかなり早くから頼んでいたにも関わらず、
最終的には「今行くのは無理」と断られてしまった。

今でもちょくちょく電話をかけてきて「元気にしてるか?」と聞いてくる。
一方的にいろんなものを送ってきたり・・・。

先日姉から電話があった。

「何人子供がいても親にとっては同じように可愛いものだよ。」と繰り返していた。

姉はきっと母親の愛情をたくさん感じながら育ったんだろうな・・・。

私が母親のことを誤解している、
母親だって私のことを考え一生懸命頑張っているんだと言いたげだった。

姉もまた、病気のことも私のことも何ひとつ理解していない。

お姉ちゃん、違うんだよ。
親が同じように育てたつもりでも、全部の子供が同じように感じるとは限らない。

どんなに母親を受け入れようと思っても病気になってしまった事実は変わらないし、
現在も傷つけられていることには変わりない。

自分の子どもがどんなことで傷つき苦しんでいるのか知ろうともしないで、
相も変わらず一方的な愛情を押し付け、突然汚い言葉で罵る。

それが親の愛だというのなら、私はそんなものいらないよ・・・。

もう恨みや憎しみなんて感情は通り過ぎてしまった。

私はしっかり子供たちを見れる親でありたい。
ただ世話をする、ただ食べ物を与える・・・
それだけじゃなく、きちんと心の中を見てあげられる親でありたい。

だから、うつ病だろうがなんだろうが、私は必死で育児をする。


「頭が働かない日々」へつづく
【2009/06/29】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
頭が働かない日々
ひとくちにうつ病と言ってもその症状は様々で、
体がラクになったり、心が安定してきても私を困らせ続けているのが

頭の回転の悪さ・・・

スケジュール管理ができないということは以前記事にも書いたと思うが、
今日でも朝から「今日は何曜日だっけ?」とずっと考えている。

そのときは「後で確認しよう」と思うのだが、
結局確認することさえ忘れてしまって、さっきブログのカレンダーで気がついた

あれっ、もう7月なの!?Σ( ̄□ ̄;)

日にちの感覚がないため、普段はかろうじて曜日感覚のみで生活している私。
昨日は長男が休みだったから今日は月曜。
昨日燃えるゴミを出したから今日は水曜でプラスチックゴミの日・・・など。

でも、これがいったん壊れてしまうと、
まったくいつの時代を生きてるのかさえわからないような状態・・・

現在の家に引っ越してきてもう1年以上たつというのに、
郵便番号も電話番号も覚えられず、住所も時々うやむやになってしまう。
子供たちの生年月日も覚えられない・・・自分の年齢も覚えられない・・・

・・・まぁ、このへんはもともと数字に弱いのと、歳のせいか・・・( ̄∀ ̄;)

そんな私は、いつも近所のマックの姉ちゃんに感動する。
ドライブスルーで注文して受け取り口にまわると最高の笑顔で出迎え、
またさらに次の注文を聞きながら、信じられないスピードで商品を詰めていく。

素晴らしいです

猛烈にスローな暮らしをしている私から見ると、神業に近い速さです

マックに行くたびに、私もいつかあんなふうに早く動けるようになりたいなぁと思う。
今の状態だとまだまだ先は遠そうだが・・・。

頭の半分が休止状態ということは、
私の中にまだまだ不安や悩みの膿がたくさん溜まっているということ・・・。

いつか働ける日を夢見て、今日もうつ病退治に励みます


「心の成長」へつづく
【2009/07/01】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(15) | page top↑
心の成長
少し前にふらふらと立ち寄った本屋で「日本の歴史」を購入した。
日本の歴史を漫画でわかりやすく書いたもので、小中学生用のものだ。

長男から学校で歴史の勉強が始まったという話を聞いて、
自分が子供の頃、この本が欲しかったことを思い出した。

私にとってこの本は幸せな家庭の象徴で、
親が子供のことを大事にしているんだなぁと感じさせるものだった。

当時の自分の過ごしている家庭はといえば、
親が私のためを思って何かを買い与えることなどほとんどなく、
「欲しい」という言葉さえ発することができない状態だった。

バービー人形やおもちゃの家、アクセサリー、アイドルみたいな服。
憧れたものはいったいどれだけあっただろう・・・。

子供が好きなオムライスやハンバーグの晩御飯。

他の家庭では当たり前のものが私の家庭にはなかった。

でも今の自分はこうやって自分の欲しかった物を買うことができる。
もう自分の気持ちを抑えつける必要はないんだな・・・。

なんともいえない満たされた気持ちになった(^ー^)

心の傷は根深く、どんなに消そうと思っても消すことができない。
でも違う道を歩むことで少しずつでも

癒していくことはできる。

今の私はオムライスもハンバーグもたくさん作ってあげられる。
長男の欲しいものを買ってあげることも、一緒に遊びに行くこともできる。
そしてたくさん話を聞いてあげることも・・・。

私は子供たちと一緒に、幼い頃に止まったままになっていた心の人生を
もう一度生きなおしている・・・。


「うつ病主婦の1日」へつづく
【2009/07/10】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
うつ病主婦の1日
昨日の私の1日をちょっと振り返ってみます。

朝6:00  起床
       洗濯3回(シーツ類も洗ったので)
       布団干し
 10:00 掃除機   
       子供達をビニールプールに入れ、ついでにシャワー
       5人分の昼食用意+片付け
       洗濯物をたたむ
 17:00 5人分の晩御飯用意
       双子を順番にお風呂に入れ、長女と一緒にお風呂
       茶碗洗い+部屋の片付け


すごい大雑把ですが、こんな感じです^^

健康な人にはまだまだ及びませんが、
常に双子と長女がくっついている状態でこれをやっているので、
もんのすごいハードで、昼寝以外は動きっぱなしです

オムツ替え1日約20回、着替え1日約10回、
ジュースをあげれば床にこぼされて、床を拭かなきゃならないし、
ご飯を食べればテーブルも床も散らかり放題・・・。

追いかけたり追いかけられたり、噛み付かれたり踏まれたり・・・。
昼も夜も布団に横になる時は

ふはぁあああ???(ノ´Д`;)ノ

ひと試合終えた後のスポーツ選手並みの疲労感です。。。

「この人本当にうつ病かよ?」と思う人もいるかもしれないので、
お時間のある方は過去記事も読んでみると面白いかと思います。
私VS育児の進化の歴史が感じられるかも・・・(笑)

⇒うつ病発症当時(2005年)
⇒長女が生まれた頃(2007年)
⇒双子が生まれた頃(2008年)


・・・てか、この記事編集してて気がついたけど、
このブログって来月でもう1年になるのΣ( ̄□ ̄;)

3ヶ月ぐらいで書き終わるはずだったんだけどなぁ・・・。
時間の流れの感覚がないのってほんとに怖い・・・


「日本の歴史」へつづく
【2009/07/12】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
日本の歴史
以前心の成長の記事にも書きましたが、今「日本の歴史」を読んでいます。
全20巻のうち、5巻まで辿り着きましたが・・・

まったく意味がわかりません・・・(T∀T)

眠気の強い古墳時代を乗り越えて、今平安時代なのですが、
称徳天皇・・・天智天皇・・・光仁天皇・・・桓武天皇・・・
藤原仲成・・・冬嗣・・・良房・・・基経・・・時平・・・

もう・・・誰でもいいじゃん(-Д-)ややこしいったらありゃしない・・・

何かといえばすぐに処刑されたり島流しにされたり・・・
偉い地位につくために裏工作裏工作・・・
なんだかとんでもない時代です。。。

難しいことはわからん私だが、
少なくともせっせせっせと作った農作物を
根こそぎ持っていかれるような時代に生まれなくて良かったな・・・。

現代社会もまぁいろいろと大変だけど、
こうやって違う角度から見るとちょっと安心したりする。

テレビがあって、洗濯機があって、病院があって、学校があって・・・
当たり前のことだけど、なんだかとても有り難い。。。(-人-)

昔の人がパソコンなんか見たらビックリするんだろうなぁ・・・。
飛行機だったり、新幹線だったり・・・。

こんなものが作れるなんて、人間はとても頭がいい。
でも頭が良すぎるから苦しくなっちゃうんだろうなぁ・・・

全巻制覇まではまだまだ長い道のり。
大して夢中になってるわけでもないが、暇つぶしにはちょうどいい^^
マンガだからね(笑)


「花よりタンスにゴン」へつづく
【2009/07/27】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
花よりタンスにゴン
家事や育児ばかりしているとストレスが溜まってしまうので、
気分転換に何か違うことをやらなきゃと思うのだが、
時間が限られているので、なかなかやりたいことも浮かばない今日この頃。

服を買いに出かけても、
ん?、別にどうしても今必要ってわけじゃないし・・・と思ってしまい、
歩き回るだけ歩いて何も買わずに終わる。

美容院でも行ってみるか・・・と思っても、
気に入らない髪形になったら嫌だし、自分で切ったほうがラクでいいや、
と風呂場でチョキチョキ・・・

結局、いつも行ってるスーパーで野菜を買ったり、
ホームセンターを物色している時のほうが充実していたりする・・・( ̄∀ ̄;)

昔は流行りの服や髪型や映画や曲・・・いろんなことに興味があったけど、
今の私の興味の矛先はほとんどがこの散らかった部屋の片付け。

子供たちの安全を確実に確保しながら、
何をどこにどんなふうに配置すれば、見栄え良く、かつ機能的になるか。

ああでもないこうでもないとあれこれ試行錯誤を繰り返して、
ようやく自分の感性にピタッときた時には異常に興奮するヽ(`∀´)ノ

うつで調子が悪い時はゴミの山に埋もれているほうが落ち着いたりするのだが、
調子がいい時はやっぱり片付いているほうが気分がいい

子供が成長するにつれて使うものが増えたり減ったり変わったり・・・。
結局どれだけやってもキリがないんだけど、
すっきりしつつも決して無機質な感じにならないようにと日々奮闘している

やっぱり私は片付けが好きなんだなぁ・・・。


「他者とのつながり」へつづく
【2009/08/02】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
他者とのつながり
私はうつ病のひどかった頃まったくテレビを見ない時期があったが、
回復し始めた頃にアニメ「NARUTO」だけは見ていた。

このアニメは本当によくできていて、登場人物1人1人にとても深いドラマがある。
忍者の話なのだが、現在に通じるものもたくさんあり、
孤独、怒り、悲しみ、憎しみ、生きること・・・様々なことを考えさせられる。
下手なアカデミー賞映画なんかより全然素晴らしい。

その中でも私は我愛羅という登場人物に共感し、
このブログでもガアラというハンドルネームを使っている。

実験的な兵器として生まれ、愛に餓え、孤独に苦しめられ、
他者を殺すことだけが己の存在を証明することになってしまった彼だったが、
様々な出会いの中で少しずつ心が変化していく。

以下、「NARUTO疾風伝」での我愛羅の言葉(一部省略あり)

「待っているだけでは、もっと大きな苦しみにまた襲われる。
努力し、自ら切り開くしかないんだ。
1人っきりの孤独な道に逃げず・・・。

この里につながり、生きるために
努力し、他者から認められる存在になりたい。

他者とのつながり・・・
俺にとってそれは憎しみと殺意でしかなかった。

しかし、あいつがそこまでして言うつながりとは何なのか、
今頃になって俺にも少しわかったことがある。

苦しみや悲しみ、喜びも
他の誰かと分かち合うことができるのだと・・・。

あいつは俺と同じ苦しみを知っていた。
そして生きる道を変えることができることを教えてくれた。
俺もいつか誰からも必要とされる存在になりたい。」


うつのど真中にいてはこの言葉の本当の意味はわからないだろうと思うし、
反感すら覚えてしまうかもしれない。

だけど、回復した時にきっとこの言葉の意味がわかる。

自分の中の「過去」とどうやって向き合っていけばいいのか・・・。
時間のある方はぜひ第1話から「NARUTO」をご覧になってみてください^^


「おじいさん」へつづく
【2009/08/09】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
おじいさん
我が家の右斜め前には老夫婦が住んでいる。
おじいさんのほうはちょっと怖い顔をしていて、最初の頃に
「車のエンジン音がうるさい」とか「浄化槽はきちんと点検してるか」とか、
ちょこちょこと注意されたことがあって、ややビビッっていた( ̄- ̄|||)

そんなおじいさんが数ヶ月前、出かけようとした時に声をかけてきた。

「いらないおもちゃがあるんだが、もらってくれないか?」

てっきりまた何か注意されるのかと思ったので、ちょっとビックリしたのだが、
「助かります。欲しいです^^」と言ったところ、
袋にたくさんのおもちゃを持ってきてくれた

自分の子どもが赤ちゃん時代に使っていたおもちゃ。
もう20年ぐらい前の物だろうと思うが、とても保存状態がいい。

こんなふうにずっと大事に取っておくなんて・・・
この人たちがどれほど子供たちを大事に育ててきたのかがわかる。。。

その後も、本を持ってきてくれたり、
子供用のお茶碗や湯のみを持ってきてくれたり・・・。

実はこのおじいさん、毎日家の前を掃き掃除している。
自分の家の前だけじゃなく、我が家の駐車場、その隣の駐車場から道路まで・・・。

たまに我が家の駐車場に野良猫がをしていくことがあるのだが、
知らない間におじいさんが片付けてくれていたりする。

年寄りの暇つぶしなのか1日1善なのか・・・。

でも、ちょっとやそっとの半端な気持ちじゃ、
他人の家に転がってる野良猫のの始末までできないよね・・・。

「お年寄りを大事にしなさい」とは昔から何度も聞かされてきた言葉だが、
長生きしているというだけでなぜ無条件に尊敬しなきゃいけないのか?
と、昔の私は思っていた。

でも今は、すれ違うたびに声をかけてくれたり、話しかけてくれたり、
自分の子供の話、孫の話なんかを聞かせてくれる近所の人たちのことを、
素直に有難いと思うようになった。

人付き合いが苦手で、この家に引っ越して最初の頃は、
もっとプライバシーが守れる場所のほうがうつ病にはいいのではと思っていた。

でも今は、1人きりの孤独に戻るほうがはるかに怖い。

人は時として、とてつもなく大きな恐怖の対象ともなるが、
それとは正反対に、
とてもあたたかく安らぎを与えてくれる存在にもなるのだな・・・。


「フタを開けてみれば・・・」へつづく
【2009/08/11】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
フタを開けてみれば・・・
双子を連れて歩いているととにかくよく声をかけられる。
双子だとすごく大変なイメージが強くて、
少しでも励ましてあげなきゃ・・・という気持ちになってしまうのかな・・・!?

それが「すぐ上にお姉ちゃんもいるんですよ」と言うと、
「そりゃあ、もっと大変だ」さらにビックリされ、
「1番上は6年生です」と言うと、ビックリしすぎて言葉も出なくなるようだ(笑)

そんな大家族で先日近所の病院に予防接種に行った時のこと。

病院は小さな個人病院なので待合室も狭く、
6人も一緒に入ってきたらそれだけで相当目立つ。

6年生の長男に、2歳の長女、そしてベビーカーに乗った双子。
これは全部家族なのか?それとも親戚か?知り合いか?

待合室で他の席に座っている人の頭の中には、
おそらくいろいろな想像が膨らんでいるのだろう。

今回の予防接種は長男、次男、三男と男3人同じ日に予約を取ってあったので、
「○○さ?ん」と名前を呼ばれた後、
旦那を先頭に男連中が全員ゾロゾロと中待合室に入っていった。

でも、事情を知らない人から見たらきっと訳わからない感じだろうな・・・( ̄∀ ̄;)

そして案の定、誰も話しかけてこない(笑)

訳わからなさすぎて、
自然と「関わらないようにしよう」という意識が働いてしまうんでしょうね(^Д^)

昔、子供が長男しかいなかった時は
「何人も産めるなんて信じられない。私には無理。」と思っていたし、
双子のお世話を初めてした時も、
「多胎児の親やってる人は宇宙人か?こんなこと出来るわけがねぇ」と思った。

でも、気がつけば私も4人の母親で、双子の世話ももう1年もやってる。
他人からみたら立派な宇宙人かも。。。

なんのことはない、ただのうつ病主婦なんだけどね。

立派に見えたりベテランに見えたりする他人も案外そんなもんかもしれません^^


「体の不思議」へつづく
【2009/08/12】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
体の不思議
私がうつ病を発症したのは5年前だが、
ストレスによる体の不調はそれよりかなり以前から出ていた。

例えば、ひどい生理不順。
私は初潮が来たのが中学3年の時で、クラスで1番遅かった。
そしてそれ以降、まるっと1年間来ず、
ようやく来るようになったものの、周期は3?4ヶ月に1回。

結局、20歳頃になって出血が止まらなくなり病院に行くと、
あなたの場合は排卵してません。これは生理ではなく不正出血です」との診断。

私は極端に食べ物の好き嫌いが多いため、
栄養状態が悪いのも原因かもしれない。

好き嫌いなんか本人の努力しだいでなんとでもなる、ただの甘えだ・・・、
多くの人はそう思うだろうと思う。

私自身もそう思い、過去に何度か克服しようと努力したこともあった。
しかし、口に入れた瞬間に反射的に吐いてしまう。
理由はわからなかった。

ただ、少し前にはっきりとした味覚異常を起こした時にふと思った。
私はもしかして昔から味覚異常があったのかもしれない・・・と。

味覚が狂ってしまってると、何を食べても砂を噛んでいるような感じしかしない。
体のためにと無理して食べ続けても、今度は体がそれを受け付けなくなる。
実際それで、大好きだったマックのベーコンレタスバーガーが食べられなくなった。

無排卵を治すため1年ほど通院して、服薬を続けた。
最初こそ良かったものの、結局私の体は相変わらず排卵しないままだった。

吐き気が強くて食べられなくなり、だんだん弱っていく私に医師は
「治療して治さないと、子供が産めなくなっちゃうから頑張って!」
と声をかけてくれた。

でももう限界だった。
体重は30kg台まで減り、歩くこともままならなくなった。

天井が落ちてくる・・・壁が倒れてくる・・・視界が揺れている・・・
耳鼻咽喉科でメニエール病だと言われた。
理由は恐らくストレスだろうとのこと。

結局、これ以上治療を続けても仕方がないと、無排卵の治療はやめた。
もう子供を産むことはあきらめよう・・・。

そんな私がなぜ長男を妊娠することができたのでしょうか?


「偶然か必然か・・・」へつづく
【2009/08/26】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
偶然か必然か・・・
長男を妊娠・出産したことで、もしかしたら私の体も正常になるかもしれない。
少しだけ期待していた。
1人産めたんだからもう1人ぐらい・・・。

でも残念ながら、私の体は元に戻ってしまった。
相変わらず周期は3?4ヶ月に1回。
そして、妊娠しない・・・。

もう死ぬような思いをして治療をする気ににもならずほとんどあきらめていた。
しかし、そんな私の体に異変が起きた。

それは、今の旦那と再婚してから・・・。
気がつけば生理が毎月来るようになっていた。
そして2ヶ月ほどで長女を妊娠・・・。

なぜなんだろう・・・?

また偶然なのだろうか・・・?
10年に1度の奇跡なんだろうか・・・?

しかし、偶然でも奇跡でもないことはすぐに証明された。
それが双子の妊娠。

我が家の双子は二卵性。
家にある本にはこう書いてある。

「二卵性の双子になるのは、
ママが複数個の排卵が起きやすい体質だった場合や、
不妊治療による場合など・・・」

昔、無排卵だった私が複数個の排卵が起きやすい体質???
1個も排卵できないのに、何個も排卵???(@Д@;)

そこでちょっと思った。。。
薬をどれだけ飲んでも治らなかったこの体が治った理由。

私の体に異常をもたらしていたのはきっとストレスなのだろう・・・と。


「いつまでしがみつくのか?」へつづく
【2009/08/26】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
いつまでしがみつくのか?
私は昔からひどい冷え性で、40歳手前のこの年齢になっても、
未だに冬になると手足が冷えきってしまい、しもやけができる。

一般的に効果があるとされていることはいろいろと試したものの、
1日に何度も手を洗うような仕事をしていた時は、
手の指もしもやけでブクブクに膨れ上がってしまい、皮膚が裂けてしまった

病院では「大人になってこんなにひどいしもやけになる人は初めて見た」
と笑われてしまうほどひどい状態で、
しもやけにならない方法はないのか聞いてみたのだが、
「体質だから仕方ないだろうね・・・」との返事。。。

それ以外にも、長男を産んで半年ほどした頃に異常に頭がかゆくなり、
山のようにフケが出た時があって受診してみたのだが、
それも「こういうのは体質なんだよね・・・。」

体質・・・体質って・・・じゃあ我慢するしかないんかいっ

そして、今でも悩まされているムチウチ。
これも病院では、電気治療などしてくれたが気休め程度で、
結局のところ、時間がたって症状が落ち着くのを待つしかないと・・・。

でもムチウチで困っている人の中には、
保険期間いっぱいいっぱいに病院に通っても良くならず、
最終的には自費で整骨院に通ったり鍼に通ったりしている人もいる。

私の通っている鍼灸マッサージでも、何度病院で検査しても異常なしと言われ、
理由もわからない肩こりや頭痛、腰痛に悩まされている人が多く来るのだという。

つまり、病院は万能じゃない


「もしも万能薬ができたら」へつづく
【2009/08/28】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
もしも万能薬ができたら
昔は不治の病だった病気なのに現在は治せる、
そういう病気はたくさんある。
もしかしたら、うつ病だって薬で簡単に治せる日が来るかもしれない。

でもちょっと想像してみる。。。

もし私がうつ病になった時、薬で簡単に治っていたら・・・。
私はまた当たり前のように家事と育児と仕事を必死にこなし、
元夫や元姑に憎しみを募らせていたに違いない。

母親からの罵倒にも耐え、
これが結婚生活というものだ、これが人生というものだ・・・
そうやって自分に言い聞かせていたのだろう。

うつ病をきっかけにまったく違う人生を歩き始めた私。
とてもじゃないが、過去に戻りたいとは思わない。

昔の私とはいったい何なのか・・・?

友情を欲しがり、愛情を欲しがり・・・。
でも、それを言葉にすることすらできず、
心にぽっかりと開いた穴を必死で隠していただけだ。

憎しみや怒りで作り上げた鎧はとても重い。
耐えきれなくなって当たり前だ。
そして強そうに見えて意外にもろい。。。

鎧を脱ぎ捨てた私には何が残ったのか・・・?

ぽっかりと開いた穴を必死に塞ごうとしてくれる人達だ。
簡単には塞げない。
わかっていても必死になって塞ごうとしてくれる人達だ。

鎧を脱がなきゃ穴は塞げない。

そして気付く。
鎧なんか使わなくても生きていけるということに・・・。


「生き直し」へつづく
【2009/08/28】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
生き直し
今の旦那と一緒になって何が変わったのかというと、
なんでも話せるようになったこと。

私はそれまで母親とのことであったり、幻覚や妄想の部類、
あるいは霊的なことなど、1人で抱え込んでいたことがとても多かった。
なぜなら、そういう話を好まない人が多いから・・・。

元夫も、私の楽しい部分については評価し認めてくれた。
しかし、私の闇の部分については興味がなく、聞くのも面倒くさい感じだった。

そのため私は心の奥底の、苦しみの根本的な部分には目をつぶり、
一生懸命現実の世界のみを生きようとした。

過去の苦しみなど関係ない、
湧き上がるこの虚しさも、寂しさも・・・
誰かに話しても仕方のないこと、迷惑なことなのだ・・・と。

しかし今の旦那に出会い、とめどない私の話を聞いてもらい、気がついた。

私が話したかったことはファッションの話や仕事の話や遊びの話じゃない。
憎しみや苦しみでドロドロした醜い心の中。。。
いつまでも消えることのない、泣き続ける過去の自分の姿。

弱い自分・・・。

私は見つけて欲しかったのだろうと思う。
自分が時間を止めたその瞬間・・・。
自分が自分という人格・・・精神を捨てた瞬間・・・。

認めて欲しかったのは、今の自分じゃない。
過去に存在した、泣き虫で甘えん坊な自分だ。
決して表に出ることを許されなかった本当の自分。

幼き日の自分は、現在自分の産んだ子供たちと共に成長している。
わがままで自分勝手で飽きっぽくて・・・
そんな自分を許してくれる環境がここにはある。

もううつ病で苦しむことはないだろう・・・。
なぜなら、苦しむ要素はもう何もないから・・・(^ー^)


「減薬、断薬について」へつづく
【2009/08/28】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
減薬、断薬について
減薬や断薬をする時に、皆同じ壁にぶつかると思うのですが、
苦しくなってしまった時にもう一度よく考えてほしいのです。

うつ病になってから今日までの間で、断薬をした今が本当に一番ツライですか?
今まで薬を飲んでた間、今と同じ状態になったことはないですか?
薬を再開したら、もう二度と同じ苦しみを味あわなくて済むと思いますか?

薬を再開すれば、毎日が明るく、やる気や希望に満ち溢れ、
どんな労働にも苦痛にも耐えられるようになる気がしますか?

毎晩ぐっすり眠れるようになりますか?


タバコや麻薬をやめる時のことをちょっと想像してみてください。

タバコを吸っていた人が禁煙をするととてもイライラします。
それは、今までタバコによってイライラが抑えられていたということなのでしょうか?

麻薬をやっていた人が麻薬をやめる時にもがき苦しむのは、
今まで麻薬によって正常な状態を保っていたということなのでしょうか?

タバコや麻薬は、人が生きていくためにどうしても必要なものですか?

続けるのがいいのか、やめるのがいいのか、
答えはわかっているのにやめられない。
要するに、ニコチン中毒だったり薬物依存ですね。。。

今、毎日双子や長女を見ていて思うんです。
誰が教えたわけでもないのに、夜明けとともに目を覚まし、
毎晩同じような時間になると眠くなる。

でも、夜行性の動物はそうじゃないですよね?

結局、どうあがいても私たちは人間で、夜行性動物じゃない。
それなのに、その本来の生活から外れすぎている。

それじゃあ壊れて当たり前だと思いませんか?

明るい時間に活動し、栄養のある物を食べ、たっぷり睡眠をとる。
人間が健康でいるために必要なことは昔から何も変わらない。

変わったのは自分のほうです。。。

自分を取り囲む環境・・・自分を苦しめる人たち・・・。
自分を縛り続ける苦しい過去の記憶。
どれだけ薬を飲んだって、それらはなくなりません。

自分にとってどうあることが一番いいのか、もう一度よく考えてみてください。

うつ病はもともと波のある病気です。
今の苦しみの本当の原因は何ですか?

本当に薬をやめたせいですか・・・?

断薬による離脱症状と、自分の本来の症状を混同してはいけません。
本当のあなたはもっと健康なのかもしれないですよ・・・。


「笑う門にこそ福は来る」へつづく
【2009/09/01】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
笑う門にこそ福は来る
私の周りには、ほんのわずかですがうつ病が治った人がいます。
完治と宣言するのが難しい病気なので、あえて完治とは言いませんが、
身動きがとれなくなったり会社を休むようなことがないような状態です。

その人たちに共通していることは、環境が変わってるということです。

過剰な労働や人間関係など、仕事が原因でうつになった人は、
職場を変え、仕事に生きるのではなく休日を有意義に過ごすように。

育児が原因でうつになった人は、趣味を見つけ、友達関係を広げ、
自分自身の時間を大切にするように。

私の旦那もお気楽に見えますが、
実は20代の頃にパニック障害になったことがあるそうです。

仕事で認められたい、一人前の社会人として認められたい・・・。
必死になって仕事に明け暮れた結果、電車に乗れなくなってしまったと。

それで旦那は仕事のために体を壊すなんてバカらしいと悟ったそうです。
とっとと仕事を辞め、あっちをフラフラこっちをフラフラ・・・。

貯金が無くなったら、また仕事を再開し、
ある程度お金が貯まったら、また仕事を辞めてフラフラ・・・
私と知り合った頃には、見事に超テキトーな人間になっていました(笑)

でも、そのおかげかパニックの発作を起こしている姿など一度も見たこともなく、
ごくごく普通に今は電車で通勤しています

うつ病やパニック障害になると、「元の元気な自分に戻りたい」と思いがちですが、
元の自分とは決して元気で力に満ち溢れているわけではなく、
精神的な病になる要因をたくさん抱えた状態で爆発寸前です。

自分がどんなことに不満を抱いているのか、
どんなことが苦痛で、本当はどんなふうに生きたいのか・・・。
その答えは自分にしかわかりません。

「家族のため」「子供のため」という言葉はよく聞きますが、
イライラカリカリしているだけで笑わない人のそばにいても、
幸せを実感したり感謝の気持ちを抱いたりすることはなかなかできません。

あんなに頑張ったのに・・・こんなに苦労したのに・・・
そんなことは誰も望んでいないんです。

生きる道は決してひとつではありません。
北海道の人が沖縄に行けば、そこは暖かな楽園だし、
沖縄の人が北海道に行けば、そこは一面真っ白で幻想的な世界。

せっかくこんな広い地球に生まれたのに、
ちっぽけな世界しか知らずに死んでいくなんてもったいない。

自分にとって安心できる場所をもう一度探してみませんか?
自分にとって苦しくない生き方をもう一度考えてみませんか?


「運動会と離人感」へつづく
【2009/09/02】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
運動会と離人感
初めて自分の異常に気がついたのは長男が1年の時の運動会。
小学校に入って初めての運動会。
ずっと楽しみにしていた。

でも、実際行ってみると、自分だけが別世界にいるような、
なんともいえないおかしな感覚にとらわれた。。。

子供たちの姿、声援、校舎・・・
目の前にあるはずなのになぜかとても遠く、ガラス越しに見ているよう。

一生懸命明るく振舞ってみるが、まるで体が分離したみたいで、
自分がそこにいるという感じがしない。

自分が話しているという感覚、触れているという感覚、生きているという感覚。
当たり前の感覚が何も感じられない・・・。
まるで夢の中にでもいるようだ・・・。

自分だけが異空間に閉じ込められたような、どうしようもない孤独感。

なんなんだ・・・これは・・・。

その頃から私は、常に頭に分厚い膜が張り、
何を見ても何も感じられなくなってしまった。
目の前のものが目の前にない。。。

ネットで離人症について調べても、
とにかく精神的に安定した生活を継続するしかなさそうだった。
ちょこちょこと頭のマッサージをしつつ、生活の改善の日々。

あれから5年。
先日、長男の運動会があった。

6年生になった長男のメインイベントは、組み体操。

力強く組み体操をしている長男を見たら、
なんともいえず涙が溢れてきた。

本当に大きくなったなぁ・・・(´ー`)

今の私に離人感はない。

自分の目で見て、自分の手で触れ、自分の心で感じることができる。
皆と同じ大地に立ち、皆と同じ空間で過ごすことができる。

そして何より生きているという実感。。。

お昼のお弁当は、朝6時から作ったキャラクターおにぎり。
「絶対に手作りのものを入れてね」という長男のリクエストに応えた。

初めて作ったわりには上出来だと思うのだが、長男評価は95点。
キャラクターにまとまりがないそうで減点です(笑)

ピカチューの隣にいるのはポッチャマというキャラクターなのだが、
これも長女に「スズメ」と言われてしまった

お弁当

まぁ、いいさ。
料理嫌いの私がここまで頑張ったんだから・・・。

そして、ケチをつけながらも嬉しそうに食べる長男。
結局この顔がみたくて私は今日も頑張ってしまう。

いいお母さんじゃなくてもいい。
子供と一緒にいることが楽しいと思える私でいられれば・・・。

いつも私をつき動かしてくれる子供たちに感謝。。。


「もうひと息だ!」へつづく
【2009/10/01】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
もうひと息だ!
以前、頭が働かない日々という記事にも書いたが、
うつ病になってからというもの、頭の回転が悪くなり何かと苦労が耐えなかった

でも、それはそれで今は仕方ない。
できないことはできないと認め、誰かに頼むなり対策を練って、
生活に支障が出ないことが最優先。

スケジュール管理は旦那に任せ、私は無駄なことに頭を使わない。
目の前の家事や育児をせっせとこなし、
ストレスがたまってきたと感じたり、体に異変が出た時はとっとと休む。

子供を病院に連れて行くのも旦那、学校行事に参加するのも旦那。
子供会の廃品回収、資源回収、回覧板を回すのも全部旦那。

格好悪い? 情けない? 母親失格?

いいの、いいの。そんなの関係ない。

だって、そんなことにこだわってたら一生治らない!(ーへー)

だから、旦那には申し訳ないけど、
自分が少しでも「やりたくない」と感じることは徹底してやらないことにした。
だって、治らなきゃ一生こんなふうに負担をかけ続けるのだから・・・。

でも、できそうだな、やってみようかな・・・と思うことはきちんとやる。
たとえば小学校の通学時間の旗当番(交通当番)
信号の所に立って、子供たちが学校に行くのを誘導するのだが、
これは昔からやっているせいか、比較的平気。

やりたいことはやる、やりたくないことはやらない。
どうしようかな・・・と悩むことは、「やらない」の部類。

そんなふうに、生活と自分の思考を変えること数ヶ月。
精神的にも安定し、少しずつだが頭が働くようになってきた

以前は任せっきりだったスケジュールだったが、
自分で、「あ、そろそろ予定が入ってたんじゃなかったっけ?」
と気がつくようになってきた。

日にちの感覚も少しずつだが戻ってきているようで、
だいたい何日くらいというのがわかるようになってきた

うつ病は脳の病気だとも言われているが、
その大事な脳をぶっ壊してるのはストレス。

やっぱり、ストレスは徹底排除です

ストレスが無くなりゃ脳は元気になる<(^∀^)>

うつ病との決別の日をじわじわと感じている今日この頃です


「バラバラ・・・」へつづく
【2009/11/10】 | うつ病奮闘記⑥ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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