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硝子の家族
最初の結婚の時にはまさか自分が離婚するなんて思いもしなかったので、
多少気に入らないことや納得いかないことがあっても我慢していた。

もともと結婚に憧れなどなかったし、自分の両親を見ていて、
結婚なんてものは我慢の連続、単純にどこに住むかだけの違いだと思っていた。

でも、長男が生まれてからその気持ちが揺らぎ始めた。

長男も私も2人そろって高熱を出したことがあり、
体がしんどいので長男は1日中ぐずりっぱなしで私もヘトヘトだった。

その当時は姑も同居していたので、
「今日だけはどうしてもツライから晩御飯の支度をお願いできないか?」
と頼んでみたのだが、
「私の作ったものは長男が食べてくれないから無理」と断られてしまった。

惣菜を買いに行く元気もないほどフラフラだったので旦那にも頼んでみたが
「仕事で疲れてるのになんでそんなことしなきゃいけないの?」
と、こちらも断られてしまった。

熱で頭がぐわんぐわんし、手元も見えないような状況で結局晩御飯を作る。
旦那と姑は、熱でうなされる長男に声をかけるわけでもなく、
テレビを見ながら晩御飯が出てくるのを待っていた。。。

健康でなんでも自分でこなせていた時には気づかなかった・・・。
いや、もしかしたら気づいてはいたものの、
怖くて目をそらしていただけなのかもしれない・・・。

長男の育児がラクになっても、姑の具合が悪くなれば私が面倒を見るのだろう。
入院、手術、退院後のケア、最後には葬式の手配まで・・・
そして、旦那が倒れれば、仕事をしながら旦那の世話をする・・・。

世話に明け暮れた私の世話は誰がしてくれるのだろう。
金食い虫だと言われ、食事も与えられず、
毎日怒鳴られ蹴飛ばされるのだろうか・・・。
使い物にならなくなった私はただの肉の塊でしかない。

確かに結婚に憧れなどなかった。
ボケた舅の世話をし、悪口ばかり言う姑の世話をする母親の姿も見てきた。

女にとっての結婚は亭主とその家族のために犠牲になるだけの生活。
食べさせてもらっている以上贅沢を言っちゃいけない。
住む所があるだけでありがたい。

いつの間にかそんな価値観を植えつけられていた。。。

ただ漠然と本当にこのままでいいのだろうかという疑問が自分の中で生まれた。
私は幸せを望んじゃいけないのだろうか・・・?
家族って本当にこんなものなんだろうか・・・?

テレビの中で見る、楽しそうに笑う家族の姿。
あれはしょせん想像の中のことでしかないのか・・・?

熱にうなされる長男。

私もいつの日か、姑や祖母や母親のように、
長男の嫁をイビることでストレス発散するような、
そんな姑になるのだろうか・・・?

そんなくだらないことのために私はこの子を産んだのだろうか・・・?


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「嫁姑問題」へつづく
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【2008/12/27】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
嫁姑問題
もともと姑側の事情で始めた同居であったが、
だんだんとその生活は苦しさを増していった。

気を使わなくてもいいと何度言っても、
「年寄りの洗濯物と一緒に洗うのは嫌だろう?」と言って、
わざわざ別に洗濯機を回す。

雨が降っても、私たちの洗濯物は取り込んでくれないし、
「安かったから」と言っては大量に果物などを買ってきては腐らせる。

全員好みが違うため、毎日頭を抱えながら食事を作っていたのだが、
ある日、横で突然姑が肉じゃがを作り出した。
どうせ作るのなら、ついでだから晩御飯作ってもらえるか聞いたら、
「これは明日のお弁当用だから・・・」と断られた。

なんで・・・?

こっちは長男をあやしたりしながら必死で作ってるっていうのに、
その忙しい時間に明日の弁当を作る必要がある?

2口しかないガスコンロの片方を取られ、まな板を使われ、
どうやって晩御飯作れっていうの・・・?
意味わかんない・・・。

そして姑の部屋といえば、長男の手が届くところに、
ハサミから殺虫剤から薬品までいろんなものが置いてある。
片付けるように頼んでも片付けてくれない。

挙句の果てに長男の見える所に入れたてのコーヒーを置き、
長男がそれをこぼして大やけどをしてしまった。

泣きわめく長男。
オロオロするばかりの姑・・・。

結婚したんだから・・・・・・・
嫁が姑のわがままに耐えるのは当たり前・・・・・・・

痛くて泣く長男を必死にあやし、
痛々しいその傷口を見るたびに必死で涙をこらえて手当てを続けた。

そんな私に姑が放った一言。

「ガアラさんはよく平気でいられるね。私なんて、可哀想で見ていられないわ。」

・・・姑を殺してやりたいと思った。

あんたがやったんでしょ!
見ていられない・・・って、私が手当てしなきゃ誰がするのよ!

平気なわけないじゃない・・・。
自分の傷より痛いに決まってるじゃん・・・。
何回泣いたと思ってんのよ・・・。

姑への憎しみは毎日募るいっぽうであった。

旦那に何度も話したが、最初は聞いてくれたものの、
だんだんと「母さんも歳なんだからお前が我慢しろ」になり、最後には
「俺の母親のことをなんでそこまで悪く言われなきゃいけないんだ!」
「いい加減にしろ!」になってしまった。。。

私が悪い・・・の・・・?


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「旦那の兄の借金」へつづく
【2008/12/31】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旦那の兄の借金
姑は1年ほどで私たちのアパートから出て行ったが、
次に起こった問題は、旦那の兄の借金であった。

バツイチ子持ちの女と再婚するために、いいところを見せようと、
部屋を借りる金や車を買う金を消費者金融から借りたらしい。

まだ返済途中なんだが、今度は事故を起こしてしまって、
早急にまとまった金が必要なんだと言っていた。

「消費者金融でお金を借りたいんだけど、もう自分の名前じゃ作れない。
お前の名前で1枚作ってくれないか?
返済はきちんとするから、迷惑は絶対かけない。」

兄が旦那のところに頼みに来た。

悪い予感。。。

旦那には、「今回限りにしてね。
万が一お兄ちゃんが返せなかったら私たちが払うことになるんだから。」
としつこいぐらいに言った。

でも結局旦那は、私に内緒で3枚ものカードを作って渡してしまっていた。

「そんなに作って、どうやって払っていくの?
私たちにだって生活があるんだよ!」

「そんなもん俺がなんとかするから大丈夫だ!
お前は他人だからそんな冷たいことが言えるんだ!
兄貴が困ってるんだから助けてやるのが当たり前だろ!」

しかし、その後案の定返済が滞った。
兄を追及すると借金の額は2年足らずで1千万近いことがわかった。

共働きで収入が40万。
返済額はそれを上回る50万。
どう考えても返せるわけがない。

結局兄夫婦は自己破産。

私たちのもとには、消費者金融と、その他保証人になっている借金、
約300万が残った。

月の返済額は数十万・・・。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「借金返済の日々」へつづく
【2008/12/31】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
借金返済の日々
生活はとても苦しくなった。
旦那の給料はまるまる借金の返済と、生活費に消えていき、
私のパート代でなんとか食費その他をまかなっていた。

贅沢なんてできないし、旅行なんてとんでもない生活。
それでも当時は離婚しようなんて思わなかった。

苦しい時こそ助け合う・・・それが夫婦であり、家族だと思っていた。

しかし、姑からは執拗に
「金の切れ目が縁の切れ目。
嫁なんて嫌になったら出て行くに決まってる。」
と言われ続けた。

旦那は旦那で「なんとかする」と偉そうに言っていたわりには結局何もできず、
兄の悪口を言いながらただ仕事をしていた。

私が働かなければ食費もないのに、
「しょせんパートのくせに・・・」「給料安いくせに・・・」と言われ、
買いたいものが買えないと、
「なんで金がないんだ!お前が贅沢してるんだろ!」と言われた。

少しずつでも借金が減って生活が安定すればきっと落ち着く・・・。
大丈夫だよ・・・。

そう自分に言い聞かせていた。

旦那を愛していたからじゃない。

ただ守りたかった・・・「家族」という形を・・・。

私の居る場所はここしかない。
帰る場所なんてどこにもない。

大きな幸せなんていらない・・・。
長男が笑っていればそれでいい・・・。

長男から「おばあちゃん」と「お父さん」を取り上げることなんてできない。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「離婚が頭をよぎる。。。」へつづく
【2008/12/31】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
離婚が頭をよぎる。。。
借金返済開始から1年ほど経ち、金銭的には多少ラクになってきた。
しかし、望んでいたようには旦那は変わってくれなかった。

相変わらず仕事、仕事の毎日で、ほとんど家にいない。
やっと帰ってきたと思っても寝ているか、またすぐ出かけてしまう。

「長男にとっては、今が1番父親が必要な時期なんだよ。
借金も落ち着いてきたんだし、もっと勤務時間の短い仕事に変わったら?」

「俺はお前らのために働いてやってるんだぞ。文句言うな!」

お前らのために・・・。
私も長男もそんなこと望んでいないのに・・・。

会社の愚痴を言うわりには旦那はなかなか転職には応じてくれなかった。
結局は、ただ転職するのが面倒だったようだ。

その後は浮気に走り、以前よりもっと家に帰らなくなり、
私たちを避けるような生活になった。

長男のためにも、子供の前では父親の悪口は言うまいと、
「お父さんは私たちのために働いてくれてるんだよ。感謝しなきゃね。」
と、寂しがる長男を励まし続けていた。

しかし、長男が話しかけてもテレビに夢中で返事もしない。
年に一度の運動会さえ、「俺も行かなきゃいけないの?」と言う。

この人は何のために私たちと暮らしているんだろう・・・?

妻として愛してくれ、大事にしてくれなんて思ったことはない。
ただ、長男にとっていい父親でいてくれさえすればそれで充分だった。
だけど、もう父親としても何の役にも立っていない・・・。

約束しては裏切られ、その度に泣いている長男。
もう・・・こんな長男の姿を見たくない・・・。

初めて「離婚」を口にした。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「母として・・・。」へつづく
【2009/01/01】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
母として・・・。
離婚の話し合いでいったい何を話したのか、もう今では思い出せない。
おそらく「長男のことをもっと大事にしてくれ」・・・
というようなことを言ったんだろうと思う。

旦那は怒った。
離婚に対してじゃない。

「お前はいつも長男、長男・・・て、長男のことばっかり!
俺はいったい何なんだ?
俺のことはどう思ってるんだ?」

旦那は長男にばかり夢中になっている私のことがずっと気に入らなかったのだ。

・・・ヤキモチ・・・

みっともない・・・。

旦那を見る目がさらに冷めてしまった。。。

父親らしいことも何ひとつせず、尊敬できるようなことも何ひとつせず、
頼って来い、甘えて来いと口だけは一人前。

長男のことで悩んだ時、ちゃんと話聞いてくれたことあった?
問題が起きた時、解決してくれたことがあった?

嫁姑でもめた時も、自分の立場がまずくなると私のせい。
借金も自分でなんとかするって偉そうに言ったくせに、
何もできずにお金がないイライラを全部私にぶちまけるだけ。

通帳からレシートから全部チェックして
「お前が無駄遣いしすぎなんじゃないのか?」
って、それも私のせい・・・。

そんな人をいったいどうやって頼れというの・・・?
そんな人のいったいどこを好きになれというの・・・?

挙句の果てが、甘えてこない私へのあてつけのように浮気。
バカとしか言いようがない・・・。

「あんたのことなんか好きじゃない。
浮気だろうがなんだろうが勝手にすればいい。
ただ父親としての義務ぐらいしっかり果たして!」

旦那は納得しなかった。

でも結局この時は「離婚なんて絶対嫌だ!」と長男が大泣きしたので、
仕方なく再度話し合いやり直すことになった。。。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「運命の事故」へつづく
【2009/01/01】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
運命の事故
ある日の日曜日、朝からモーニングを食べに行く予定だったが、
待っても待っても旦那が帰ってこない・・・。

「またか・・・」
長男を喜ばせたいと言って約束したくせに結局破る・・・。

仕方なく、朝食用のパンを買いにコンビニへ行った。
レジでお金を払おうとしたその時、いきなり店内に車が突っ込んできた。

何が起こったのか一瞬わからなかった。
気がついたら、目の前に車のボンネットがあり、
レジを打とうとしていた店長は車と壁に挟まれていた。

もう1人の店員が、警察と消防に連絡を取っている。

駐車場を出ようとしていた車が、アクセルとブレーキを間違い、
猛烈な勢いで店内に突っ込んできたのであった。

動こうとするとひどく足が痛んでまともに歩けない。
両腕はガラスの破片であちこちが切れ流血している。

あれ・・・?私・・・被害者・・・?

人間、自分の想像をはるかに超えたことに遭遇すると、
頭が真っ白になるものだ・・・。

とりあえず、家に長男を待たせている。
いったん帰らなくては・・・。

家に帰って、旦那に連絡。
「大変だったなぁ?、できるだけ早く帰るよ。」との返事。

長男を連れて再びコンビニに戻り、その後病院、警察署。
家に帰れたのはお昼を過ぎてからだった。

旦那は・・・その日結局帰ってこなかった。

翌日会った時に旦那が言った言葉は

「たいしたことなくて良かったな」だった。

私の足は打撲痕であちこち紫になりパンパンに膨れ上がっていた。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「カウントダウン」へつづく
【2009/01/01】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
カウントダウン
事故の後、ひどいムチウチになった。
体中がギシギシして、動くのがとてもツライ・・・。

どうしようもなく疲れ果ててある日横になっていると、
旦那が帰ってきて言った。

「なんでこんな時間から寝てるんだ?俺の晩飯は?」

「体が痛くて作れないよ・・・」

「は? じゃあ病院行けよ。」

「もう行ってるよ。ムチウチだって言ってるじゃん。」

「ふ?ん、とりあえず飯。腹減った。」

人の痛みなど、まったくわからない人だった・・・。

その後、今度は長男が頭に大怪我をした。
下手をすると命にも関わる怪我だった。

でも相変わらず旦那は傷口を見てやるでもなく、
「たいしたことなくて良かったな・・・。」

私は温かい家族の姿など知らない。
空想の中だけで本当は実在しないのかもしれない。

だけど・・・違う・・・。

こんなの家族じゃない!!

その後、私に離人症の症状が出始めた。
現実感がなくなり、
自分だけが他の人と違う空間にいるようなおかしな感覚・・・。

いつもと同じように仕事をし、家事をしているが、
自分が動いているという感覚が無い。

まるでロボットになって自動で勝手に動いている自分を、
もう1人の自分が見ているような感じ。

「私」という存在がこの世から消えた・・・。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「自分が消える」へつづく
【2009/01/02】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
自分が消える
以前、絶望への階段という記事にも書いた通り、
うつ病になってからの私はすべての判断能力を失った。

朝から晩までメールに明け暮れ、子育ても一切しなくなった。
食事時だろうが、寝かしつけてる最中だろうが、旦那がいようが、
ひたすら出会い系の男たちにメールを打ち続けている。

複数人とのセックスで性病にもなっても、
いっそエイズになって死ねたらいいなと思っていた。

最後には家にまで男を連れ込み旦那を激怒させた。

本当に何もかもがどうでも良かった。。。

旦那は離婚届けを突きつけ、「今すぐ出て行け!」と怒鳴った。
来る日も来る日も、いろんなことを言われ続けた。

ある意味、自業自得。

でも、自分でもなんでそんなことになっているのか、
何がどうなっているのかまったく理解できなかった。

ただ、繰り返し繰り返し、旦那が
「いつになったら出て行くんだ?」
「住む所は決まったのか?」
など、しつこくいろんなことを質問してきたことだけは覚えている。

普通であれば、なぜそんな行動をしたのか、
これからどうしたいのかなど何か自分の意思があるだろう。

でもどんなに考えても考えても、何も答えが出ない。
何を答えたらいいのか、どうすればいいのか何もわからない。。。

何ひとつ自分で判断することができなくなっていた。
そして、自分が悪いことをしているという自覚もまったくなかった。

自分が生きていて、自分が動いているという実感がまったくない。
頭に分厚い膜が張っていて、起きているのか寝ているのかもわからない。

「うつ病なんじゃないの?」

友達にそう言われた時も、「まさか私が・・・」と思っていた。。。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「旦那が出て行った日」へつづく
【2009/01/10】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
旦那が出て行った日
旦那にしてみれば、悪いことをしたのは私。
被害者である自分は当然、そんな妻を養う義務もないし、
同情の余地もない。

しかし、精神科での診断は旦那が思っていたのとは違っていた。

「旦那さんも病院に連れてきてください」

カウンセリングをしていく中で、うつ病の発症から急激な悪化まで、
旦那が深く関わっているとカウンセラーは判断したのだ。

もちろん母親との関係なども原因なのだが、
特にパニック障害に関しては、旦那に対する発作が1番ひどかった。

それまで「お前がうつ病のはずがない」と言い張っていた旦那も、
医者の呼び出しと聞いて少々ビビッたようだった。

もともと叱られるのが嫌いな人なので、
「君の責任だ」と言われるのが怖かったのだろうと思う。
実際そんなことを言うのかどうかも謎なのだが・・・。

突然手のひらを返したように優しくなり、
「前から心配していた。何でも協力する。」と言い出した。

でもそんな上っ面だけの優しさが通用するはずもない。
協力すると言いながら、病院にも行こうとしない、
うつ病について知ろうともしない。

旦那が帰ってくると思うだけで落ち着かない。
体がガタガタ震えて言葉も出なくなる。

せめて少しの間でいいから安心して暮らしたい・・・。

旦那に別居を申し出た。

「俺が稼いだ金で家賃払ってるんだから、ここは俺の家。
お前らが出て行くのが当然だろ。」
「病気のフリか? くだらない芝居しやがって・・・。」

ずっとそう言っていた旦那。

「私の言うことが信用できないのは仕方ない。
だったらお願いだから病院に行って先生に話を聞いてきて。
私は、もう本当に何もわからない・・・。」

「・・・病院は忙しくて行くのは無理だ。
わかった。俺が出て行くよ・・・。」

簡単な荷物だけを持って旦那は姑の所へ出て行った。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「別居生活」へつづく
【2009/01/10】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
別居生活
夫婦のイザコザなんてどこにでもある。
仕事が忙しくて家事や育児ができない亭主は世の中たくさんいる。

たった1人育てただけでうつ病になるほうがおかしい

旦那はずっとそう思っていた。

自分の責任を問われるのが嫌で急に親切なフリを始めたが、
時々言葉の端々にそんな思いが感じ取れる。

別居を始めても旦那への恐怖心は消えなかった。
いつ玄関から入ってくるかと思うと落ち着かない。
用事があってメールをするだけでも体がガタガタ震える。

なんとかただ耐えるしかなかった日々の中、事件が起きた。

長男と私がケンカになり、旦那が家までやってきた。

「話なんてできるわけないじゃない!帰って!」

追い返そうと玄関のドア越しに怒鳴ったが、
旦那は勝手に入ってきてしまった。

一気に体が凍りついた。
怖くて怖くて家中を逃げ回った。
もう何がなんだかわからない。

来ないでーーー!!

それはまるで、映画の「13日の金曜日」のジェイソンが、
チェーンソーを持って目に前に立っているような恐怖だ。

怖い・・・怖い・・・
恐怖で頭がどうにかなりそうだった。。。

泣きわめき、逃げ回る私を見て、旦那は言った。

お前・・・頭おかしいよ・・・

「もうお前には長男をまかせられない・・・。」

そう言って旦那は長男を連れて行ってしまった。

心も体も粉々だった。。。
部屋中のものを投げ散らかし、壊し、腕を切った。

流れる血を見ると少し落ち着いた。

なんでまだ生きてるんだろ・・・。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「うつ病と夫婦関係」へつづく
【2009/01/11】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病と夫婦関係
「一時的に別居をしたりもめたりしても、お互いの努力で立ち直り、
ちゃんと夫婦としてやり直している家庭もある。
判断力のない今の時点で離婚を決めたら、
病状が安定して冷静になった時に後悔するかもしれない。」

そんなふうにカウンセラーは言っていた。

「うつ病でどうやって子供抱えて生活していくの?」
「離婚しないほうが金銭的にラクだよ。」

周りからもいろいろな言葉で反対を受けた。

旦那に対するどうしようもない恐怖心。
これが消える日が来るのだろうか?

いや、たとえ消えたとして、私は旦那を許せるのだろうか?

たしかにうつ病は理解するのが難しい病気だ。
なんで泣くのか、なんで暴れるのか、
なんで体を傷つけるのか、なんで死のうとするのか・・・。

そんなもの説明したくても何も説明できない。
理由なんて自分にもわからないのだ。

だけど、狂ったようにしか見えない時でも私はちゃんと生きていて、
痛みや苦しみを感じている。

動けなくて死人のようになっている時でも、
どうしようもない苦しみに耐え続けているのだ。

「キチガイ」・・・「病気のフリ」・・・
「気の持ちよう」・・・


人生の中でもっともツラい時に旦那が放った言葉。

もうわかった・・・。
もう優しいフリはもういらないよ・・・。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


「うつ病で離婚」へつづく
【2009/01/11】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
うつ病で離婚
「もうお前には任せられない」と言いながら、
旦那は子供を引き取って育てようとはしなかった。

「子供は母親と一緒にいるのが一番だから」・・・と。

キチガイで、しょっちゅう暴れまわり、泣きわめき、
自分を切りつけているような母親でも?
一緒にいれば幸せ?

ふざけんな!
自分が面倒見るのが嫌なだけだろ!

自分の都合のいい時に都合のいいぶんだけ遊び相手。
「いいお父さん」を演じている自分に酔っているだけだ。

子供のしたいこと、してほしいことなんて、
何ひとつ考えてやったこともない。
健康にも配慮しない。

「親がなくとも子は育つ。」
「子供は勝手に大きくなる。」

そうだね・・・
遊んでやらなくたって、親がいなくたって、
最低限の飯さえ食べてりゃ体は大きくなるんだろうね。

だけど、それじゃあダメなんだ・・・。
飯を食べてるだけじゃあ、心は育たないんだ・・・。

今、目の前にいるじゃんか・・・。
心が壊れてボロボロになってる私が・・・。

なぜ人の痛みがわからない?

私は、長男を自分と同じような病気にはしたくない。

私はただ耐えるためだけに生まれてきたわけじゃない。
不幸になるためだけに生まれたんじゃない。
長男だって不幸になるために生まれてきたわけじゃない。

うつ病になったって、まだやれる!
幸せにしたいという気持ちさえあれば、絶対できる!

これからは前を向いて歩こう。
いつか、2人揃って笑える日が来るように・・・。

離婚しよう・・・。

2005年7月。私は13年の結婚生活に終止符を打った。。。


※これは元夫との結婚生活のことで過去のお話です。


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【2009/01/12】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
離婚のその後
元夫と離婚して、もうすぐ7年ぐらいだろうか・・・。

離婚してみて最初に感じたのは孤独感だった。

少しでも早くあの状況から抜け出したくて、
少しでも早く旦那から逃げ出したかったはずなのに・・・。

運動会も誕生日もお正月も行楽地へ行くのも・・・いつも2人ぼっち。
それは想像以上に寂しいものだった。

自分が寂しいというより、
長男が寂しいと感じてるんじゃないかという心配・・・。

めったに家に帰ってこない、
めったに遊びに連れて行ってくれないとは言っても、
父親がたまにでも家にいてくれることと、
もう一生帰って来ないことの違いは大きかった。

そして、一緒に生活していた頃にすべて夫のせいにしていたことが、
実は自分にも原因があったことに気づき始めた。

長男の引っ込み思案、何でも簡単にあきらめてしまうところ、優柔不断。
それは私が植えつけてしまったものだった。

でももうそんな責任を転嫁する相手もいない。
過去の失敗もこれから先のことも全部自分1人で背負わないといけない。

本当にこれで良かったんだろうかという迷いが生じた・・・。

元夫は常にベタベタしていたいタイプの人だった。
でも私はもともとベタベタするのが嫌いだった。

メールがしたいと言って夫が携帯を買ってくれたことがあったのだが、
私は「なんで夫婦でメールしなきゃいけないの?面倒くさい。」
と言って、用事がある時以外使わなかった。

夫にとって、それは「大事にされてない」ということだったのだろう。
夫が「こうしてほしい」と言うことを次々と拒否する私。

そして子供が生まれたことによって、私はますます夫をないがしろにし、
夫はますますすねてしまい、子供に怒りすら覚えるようになった。

お前が俺のことを大事にしないから、俺もお前を大事にできない・・・。

つまりはお互いに求めるものが違いすぎたのだ。

何度も何度も考えた。
あの時、自分が夫の望むような妻になれていたら、
家族3人もっとずっと長く仲良く暮らせたのだろうか・・・と。

でも・・・。
私がベタベタできないのは、決して性格的なものだけじゃなく、
昔から人に体を触られるのが嫌いだからなのだ・・・。
ある意味、病的なもの・・・。

でも、夫はそういう人の心の闇みたいなものには全く関心がない。
楽しいことやカッコイイことは好きだが、深刻な話は嫌いな人だった。

心の闇を抱えた自分が、
心の闇に何の関心もない夫と暮らすのはやっぱり無理だった・・・。


あれから7年たち、再婚し6人家族になった我が家。

長男が長女にこんなことを言っていたことがある。

「長女ちゃんたちが生まれるまで、兄ちゃん1人ぼっちだったんだぞ。

寂しかったんだぞ・・・(`・ω・´)

そして、再婚した今の旦那のことを聞いてみた時には、
「いいんじゃないの?いないよりは・・・」と言っていた。

父親がいない時期があったからこその言葉。
使い物にならなくても、頼りにならなくても・・・

いないよりはマシ・・・

私は元夫と離婚する時、
こんな父親ならいないほうがマシだと思って離婚したんだけどね・・・


人生はやり直しができない。
あの時違う選択をしていたらどうなっていたんだろうなんて、
どれだけ考えたって答えはわからない。

離婚して後悔したこともあった。
再婚してもやっぱり後悔することはたくさんあった。

ただひとつ、後悔せずにすんだことは、
長男に兄弟を作ってあげることができたこと。

2人っきりの寂しい誕生日、運動会、お正月・・・。
もうそんな思いをさせなくてもいい・・・。

この記事を書きながら、ふと
あぁ~、私の泥沼の時期は終わったんだなぁと感じました。

来年には長男は、もう高校生です。
受験に合格してれば・・・ですが(笑)
【2012/06/05】 | うつ病と離婚 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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