長男の裏切り
6月中旬、ようやく双子も退院し、
家族6人楽しい生活が始まると思っていた矢先、事件が起きた。
・・・いや、正確に言えば私が起こしてしまったのかもしれない・・・。

その日、長男は「友達と探検に行く」と言って出かけていった。
この「探検」というのが前から引っかかっていた。
何度打ち消そうと思っても消えない不安。。。

もしかして元夫に会いに行ってるのではないか?

元夫とはもうずいぶん前にお金のことや長男への接し方などでもめて、
会わせることをやめていた。
養育費も会わせるのをやめた時点で振り込まれなくなった。

当時は母子家庭で、私がうつ病で満足に仕事ができないこともわかっていて、
元夫は養育費を払うのをやめた。
それはもう、私たちに死ねと言ってるのに変わりない。

私は元夫はもう親の権利も義務も放棄したのだと判断し、
長男の了承を得て、連絡先も連絡用の携帯も処分した。
引越しもしたし・・・今さら会うことなんてないはず・・・。

それでも「探検に行く」と言う時に限って、いつも様子がおかしい。
たとえ会っていたとしても仕方がない。
本当の親に会いたい気持ちはどうしようもない。
長男を信じよう・・・。

何度も何度も自分で自分を説得し、口出ししないようにしていた。
でも、とうとうその不安が抑えきれなくなってしまった。

夕方、帰ってきた長男に言ってしまった。

「前のお父さんに会いに行ってるでしょ?」

長男は・・・明らかに動揺していた・・・。

疑惑が確信に変わった瞬間、私の中で何かが壊れた・・・。

裏切り者ーーーー!!!

我を忘れ、長男の首を絞めている自分がいた。。。


「よみがえる憎しみ」へつづく
【2008/10/29】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
よみがえる憎しみ
お金もない、体力もない、そんな私でも一緒にいたいと言ってくれた長男。
あの気持ちは嘘だったのか・・・?

どん底から私たちを救い上げ、必死に父親になろうとした今の旦那。
転校してきた長男を受け入れ慕ってくれた友達。
長男が帰ってくると嬉しそうに出迎える長女。
これから一緒に生活していく双子たち。
いろんな顔が思い浮かぶ。

何もかも・・・長男にとってはどうでもいいことだったのか?
どんなに私たちが頑張っても、所詮好き放題の元夫には勝てないのか?
私をうつ病という闇に突き落としたあの男がそんなに大事なのか?

なんで・・・なんで・・・なんで・・・

元夫に対してひどいパニック発作を起こしてしまうため、
長男が元夫と同じ事を言ったりやったりする度にひどい発作に襲われた。

苦しくて苦しくて何度も一緒に暮らすことをあきらめようとも思った。
それでも一緒に暮らしていくために、必死で2人で解決策を考え、今まで協力してやってきた。

2人で前進しているのだと思った。
そう思っていたのは私だけだったのか?

元夫の影に怯え苦しむ私を目の前にしながら、
長男はその原因である元夫と楽しそうに遊んでいたというのか?
信じられない・・・どうして・・・

2階から長男の荷物を全部玄関に放り投げた。

「出て行け!2度と顔も見たくない!」

「どこに行けばいいの?」

「前のお父さんに迎えに来てもらえばいいでしょ?」

「・・・わかった・・・」

玄関の外で元夫と連絡を取ったらしく、しばらくして長男が戻ってきた。

「前のお父さんが、お母さんと話がしたいって・・・。」

話がしたい?何言ってるの?話なんかできるわけないじゃない!
今までメールするだけでも発作を起こしてたぐらいなのに・・・。
ほんとに何ひとつ理解してない・・・。

殺してやりたい・・・憎い・・・


「別れの決断」へつづく
【2008/10/29】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
別れの決断
長男と元夫とのやりとりは今の家に引っ越す前から続いていた。
どうやら連絡用の携帯を処分したことを知った元夫が、
連絡先を書いたメモを長男に渡していたようであった。

私にとっては殺してやりたいくらい憎い相手であっても、
長男にとっては世界にたった1人の血のつながった父親である。
その父親が自分に会いたがっているとわかれば当然嬉しい。

引越し後、新しい携帯を買ってあげた後、
私たちに隠れて連絡を取り続けていた。

でも、それは長男にとって心から喜べるものではなく、
本当の我が子のように育ててくれる今の父親、
病気と必死に闘っている母親に嘘をつき続けることであった。

誰にも相談することもできず、長男もまた苦しんでいたのであった。

長い時間をかけて私たちは話し合いをした。
長男の気持ちを優先して、以前のように定期的に会わせたいが、
それでは病気は確実に悪化する。

うつ病になってもう4年。
今まで様々な私の醜態を見てきている。
本当にこのまま私と一緒に暮らしていきたいのか、
それとも血のつながった父親のもとに行くのか・・・。

長男は、しぼりだすような声で答えた。

「ここにいたい。前のお父さんにはもう会わない・・・」

それが正しい決断だったのか正直わからない。
ただ、今まで隠していたことを話したことで、
長男は憑き物が取れたようにスッキリした顔になった。

それだけ、今まで話せずに自分ひとりで苦しんでいたのだろう。

すっかり立ち直り前向きになった長男とは裏腹に、
私の病状はこの事件をきっかけに急激に悪化の道を辿り始めた。。。


「暗闇の出口」へつづく
【2008/10/30】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
暗闇の出口
私の頭は再び分厚い膜が張ったような状態になってしまった。
目に映る物はすべて別世界のものを見ているようで、まるで現実感がない。
昼となく夜となく、わけのわからない幻覚に襲われるようになった。

起きているのか、夢の中なのかわからず、
実際に起きたことを夢のことだと思っていたり、
夢の中の出来事を本当に起きたことだと思っていたり、
日常生活は混乱していた。

普段と変わりなく毎日は過ぎていく。
しかし、動いていても、話していても、
自分だという実感がまるでない。

生きているのか死んでいるのかさえわからない。
苦しいよりも、なんだか体がフワフワしている感じであった。
頭がまったく回転しない。

それはまるで、うつ病を発症した当時のようであった。
必死にうつ病と闘ってきて、結局スタート地点に戻ってしまったのか・・・。

ボーッと窓の外を眺めていると、このまま息が止まってしまうような気がする。
それもいいかもな・・・なんだか疲れた・・・。

そんなある日、なんとなく見ていたホームページで、ある言葉を見つけた。

境界性人格障害・・・

書いてある内容が難しすぎてなかなか理解できない。
でも、なんとなく自分の症状と似ている気がする・・・。

他のホームページやブログも読み漁ってみる。
自分の言動、思考回路とほとんど同じようなことが書いてある。

どういうことだ・・・?
私はうつ病じゃなかったのか・・・?
いや・・・うつ病はうつ病で確かにある。
それ以外に境界性人格障害にもなっていたということか・・・?

旦那にも見せてみた。
「うん、ほとんど一致しているね。」

旦那も実は以前から時々私が凶暴になることに疑問を抱いていた。
うつ病の人が、こんなに凶暴な行動に出るのだろうか?・・・と。

漠然と闘っていた「うつ病」という病。
でも、この新しい発見によってわずかに光が射し始めた。

まだあきらめるのは早い!


「試行錯誤」へつづく
【2008/10/30】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
試行錯誤
私は病院できちんと境界性人格障害の診断を受けたわけではない。
また、その必要もないと考えた。

サイトによって書いてあることはいろいろで、
通院や服薬による治療が困難と書いてあるところもあるし、
加齢ととともに治っていくと書いてあるところもある。

私にとって必要なのは診断名ではなく、
その病気になる理由と治し方だ。

境界性人格障害の代表的な症状は「見捨てられ不安」

正直、この言葉を最初に見た時には、
自分に当てはまるのかどうか少し疑問を感じた。
私は、人とのつながりをあまり重要に考えたことはなく、
「寂しい」という感情をあまり持たない。

うつ病で堕ちている時は寂しさや孤独感を感じるが、
それ以外は常に誰かと一緒にいたいとか考えたことがなかった。
人は最終的には1人だという考え方だと思っていた。

でも、この病気の原因の多くが幼少期の母親との関係にあるというところから、
子供の頃をあれこれ思い返してみる・・・。

母親と姉が楽しそうに買い物に出掛けていく姿を見送る自分。
母親の膝に乗っている弟の姿を見ている自分。

その場面は覚えている。
でもその記憶に感情はない・・・。

もしかしたら、私はとてもとても寂しかったのかもしれない。
自分も同じようにしてもらいたい・・・もっと自分にもかまってほしい・・・

寂しくて・・・泣きたくて・・・
でもそんな気持ちを表現することができず固く固くフタをして鍵をかけた。

それでも湧き出す寂しいという感情を
いつのまにか強さや怒りにすり変えてしまっていたのでは・・・?

つまり、私が怒るということは寂しさの裏返し・・・
ということは、怒るべきではないところで怒っているということか・・・?

なんだかわかったようなわかってないような感じで、
とりあえず少し試してみることにした・・・。


「怒っているのは誰?」へつづく
【2008/10/31】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
怒っているのは誰?
私はカウンセリングについて勉強したわけではないし、
このことに気が付いた時、とても体調が悪かった。
そのためとりあえず思いついた方法は、

怒らないようにしてみるだった。

例えば、双子が泣いているのに、長男がゲームに夢中になっている時。
今までだったらすぐにイラッとして、
「泣いてるんだから面倒みてよ!」と怒鳴ることが多かった。

でも、このイラッとした時に怒りをグッと抑えてできる限り冷静に分析した。
なぜイラッとするのか・・・
何に対して腹が立っているのか・・・

必死になって泣いている姿をジーッと見てみる。
そうすると次第にその放っておいている相手が、
とても冷酷非道な人間に思えてくる。

お前はなんて冷たい奴だ!
なんでこんなに泣いて訴えているのに気づいてあげないんだ!
お前は最低な人間だ!

次から次へと罵倒する言葉が飛び出してくる。
・・・そう・・・この感じだ・・・。

頭の働きが悪いので、ああでもないこうでもないと
ごちゃごちゃ考えているうちに時間がたっていく。

そうすると、5分もたてば、長男が自分で気が付いて、
抱っこするなり、おしゃぶりさせるなり、何か対処している。

・・・そうだ、長男はいつも弟や妹たちの面倒をよく見ているじゃないか!
長男は優しい子なのだ。私はそのことを知っているはずだ。

悪いのは長男じゃない!

じゃあ5分間待たされた赤ちゃんは可哀想なのか?
いや、そうじゃない・・・。

私の中の「過去の自分」が勝手に可哀想だと思い込んでいるのだ。

幼少期にほったらかしにされて心の中で泣いている自分と、
赤ちゃんの泣き声がダブッて寂しさが溢れ出してしまう。
そしてそれが怒りに変わる・・・。

赤ちゃんは私ではない・・・泣いているのは自分じゃない。
ほったらかしにされているわけでもない。
可哀想な子なんかじゃないんだ。

長男に抱っこされて笑っているじゃないか!

そうだ・・・確実に私は何かを間違えている・・・。


「怒りの原因」へつづく
【2008/10/31】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
怒りの原因
この、怒りを分析する作業は何日も続いた。
私は精神科医でもなければカウンセラーでもないのだから、
もちろん、簡単に答えなど見つかるわけがない。

でも、きっとどこか突破口になるところがあるはずだと信じていた。

私が自分の「怒り」にこだわったのは、
自分でも原因のわからない怒りが多かったからである。

ブチ切れていろんなことをわめいてるわりには、
その時話している内容は無意味で、本心は別にあったりする。

一生懸命説明しながら、

違う・・・そんなことを言いたいんじゃない・・・

でも何を言いたいのか自分でわからない。
そう思うことも多かった。

発狂して暴力を振るいながらも、

こんなことしたいわけじゃないのに・・・!

と叫んでいる自分がどこかにいるのである。

例えば何気ない旦那の態度にブチ切れたとする。
長男が質問をしたのに返事をしないとか、
話をしている内容に納得いかないとか、
表情がすごく怒っているように見えたとか・・・。

それ自体は全然たいしたことではない。
よくあることなのである。
ただ、これはそれまでコツコツと溜めてきた火薬の着火剤になる。

つまり、いくら怒ったときの状況を分析して原因を探ったり、
解決策を練ったりしても意味がないのである。
根本的な原因、本当に言いたいことは、もっと以前にあるのだから・・・。

この怒りの原因を集めだしてから爆発するまでの間のズレ。
それが、私と旦那、あるいは私と長男の間に大きな溝を作り続けていた。

こんな関係が続いていれば当然、旦那や長男から見る私は、
なんで怒っているのかわからない、いつ怒り出すかわからない

理解不能な人になってしまう。。。

逆に私から見る旦那や長男は、
何度話しても、何度説明しても同じ事を繰り返す

理解のない人になってしまう。。。

・・・そう、本当に改善すべきは、「理解のない旦那や長男」ではなく、
「自分のことを理解できていない自分」の部分だったのである。


「前進か後退か・・・」へつづく
【2008/11/02】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
前進か後退か・・・
文章にすると、私はとても冷静に分析を続けているようにみえるが、
実際はこの作業に1ヶ月以上を費やしている。
そしてその間にも事件は起きていた。

ある日、長男と私で「近くの大型スーパーに行きたいね」という話になった。
そしてそれを旦那に話してみたのだが、相変わらず旦那は返事がない。

もちろん、それはわざと無視をしているのではなく、
どうしようかなぁと考えていて返事をし忘れただけのことで、本人に悪気はない。
しかしその日の私はこれにプチッときてしまった。

そしてイライラした気持ちを引きずったままスーパーに行ってしまった。
そこで今度は長男が「2階に行こうよ」としつこく言い始めた。
そこで私の中の何かが騒ぎ始めた。

さては以前にも元夫と来たことがあるんだな?
元夫との楽しい思い出に浸ろうってのか?

ふざけんじゃねーぞ!

・・・もうこうなったらおしまいである。

返事をしなかった旦那は、とても冷たい、大人気ない、頭が悪い、
何もいいところがない・・・
私の病気を治したいだなんだ言って、何もできない嘘つきだ。
ああ、なんでこんな人と結婚してしまったんだ・・・。

長男は、何かと言えば元夫のことを思い出し、
元夫のためなら私に平気で嘘をつく裏切り者だ。
私のことを利用するだけ利用して、内心バカにしているんだ。

止まらない・・・止まらない・・・
私がどんどん壊れていく・・・
全身がドロドロに溶けてしまいそうだ・・・
悪魔に精神を乗っ取られて自分が消えていく・・・

私はとうとう、旦那と長男に対してもパニック障害を起こすようになってしまった。
心臓がバクバクし、近くにいるだけで、体が震える。
怖さと気持ち悪さで体中に鳥肌が立つ・・・。
くそ・・・もうダメか・・・。

そしてそのことがさらに怒りに火をつける。
やっと答えが見えかけていたのに・・・
治るかどうかの大事な時期だったのに・・・
なんで私の邪魔ばっかりするんだ!

休養が大事だなんて言いながら、家事だ育児だって全部押し付けやがって、
てめーらがいるから私の病気は治らないんだ!

てめーら2人とも邪魔だ!出て行け!


「目に見えない変化」へつづく
【2008/11/03】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
目に見えない変化
気が付けばいつも周りは敵だらけ・・・。
誰1人として本気で自分を必要としてくれる人などいない。
私は誰からも愛されない・・・。
私が悪いわけじゃないのに・・・いや、私が悪いのか・・・

相変わらずのグルグル思考が始まる。
何もかもがどうでもいい・・・体が鉛のように重い・・・
もう何もしたくない・・・

この4年間という長い時間の中で何度こんな思いを味わっただろうか・・・。


ただ・・・この時だけは・・・違った。

ほんの少し、ほんとにほんとにわずかにだけ・・・
正気の自分が見え隠れしていた。

そのほんとにほんとにわずかな自分が、現れては消え現れては消えしながら、
一生懸命怒りの分析を続けていた。

そして、朦朧としたほとんど死人に近い状態の自分を動かし続けていた。

ニコリとすることもなく、ただただひたすら双子と長女の世話をする日々。
ある意味それは、自分自身でさえ理解不能な世界であった。
感情はほとんどない。
ただ同じ事を繰り返しているだけ。

わかっていることはただひとつ。

とにかく時間が過ぎるのを待て・・・ということだけ。

パニック発作を起こすため、旦那や長男には近づけない。
頼みたいことがあっても言葉を発することすら難しい。

でも発作のピークさえ過ぎれば絶対どうにかなる。
うつ病発症当時のひどいパニック発作。
私と長男はそれを乗り越えてきてるのだ。

絶対できる!


「力を合わせて・・・」へつづく
【2008/11/04】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
力を合わせて・・・
どれぐらい時間が経っただろうか・・・。
ようやく激しい怒りが治まり、気持ちが安定してきた。
でもまだパニック発作が完全に治まりきっておらず、離人症もひどいため、
このままではまたいつひどいうつ状態に陥るかわからない。

この不安定な状況を乗り切るため、旦那と長男に話をした。
姿が見えると発作が出るので、私の位置から旦那や長男の姿が見えないようにし、
離れた位置での会話だ。

長男に対して・・・

私に嘘をつくこと、ごまかそうとすることは絶対にやってはいけない。
調子が悪くなると被害妄想が強くなるため、疑われるような行動もダメ。
私が勝手な思い込みで怒り始めた時は、
自分の潔白を、私が納得するまで説明すること。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれないが、
要は「嘘をついているんじゃないだろうか?」と
疑っている状態が1番良くないということだ。

旦那に対して・・・

自分の意見がある時にははっきり言うこと。
何もかもを私に合わせる必要はない。
可哀想だから、大変だからという自己判断もいらない。

反対されれば間違いなく私は怒るだろう。
だけど、そこで逃げてはいけない。
正々堂々、自分の意見を言う必要があるのだ。

2人に共通していること。
それは・・・

おそらく私は「嘘」を「悪」だと捉えている。
嘘=裏切り=自分の敵

嘘の大きさは関係ない。
気遣いや優しさから出た嘘でも関係ない。
嘘そのものが、私の怒りを引き出すキーワードなのだ。

頭の膜がとれ、もう少し思考回路がまともになってくれば
細かいことも考えられるようになるだろう。
なんとか乗り切るんだ!


「長男の努力」へつづく
【2008/11/05】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
長男の努力
嘘やごまかしはいけないという私の提案に対して、
長男は「わかった。頑張ってみる」と言っていた。
しかし、小学生に絶対嘘をつくなというのは無理な話である。

どうしてもくだらないことで見栄を張ったり、
どうでもいいようなことを隠そうとしたり・・・。
何度も失敗や成功を繰り返した。

1度、長男が部活を休もうとしたことがあった。
明らかにそわそわしている。
そして聞いてもいないのに、ベラベラと部活の愚痴を言い出したので、
その時に再度説明した。

「部活サボリたいんでしょ?
あのね、お母さんは部活をサボるならサボるでいいの。
部活に行ったフリして遊びに行ったりするのがダメなんだよ

長男は照れくさそうに笑って、
「やっぱりバレちゃうか・・・。ごめんね、嘘つくとこだった

私が勝手な勘違いで怒り始めた時にも、最初は恐る恐るだったが、
だんだんと自信を持って、
「それは違う。お母さんの勘違いだよ。」と言えるようになってきた。

繰り返し繰り返しの地道な作業。
でもそのおかげで私の不安は少しずつ解消され、
長男を疑う気持ちは徐々に薄れていった。

人によっては、「子供に無理強いしては可哀想だ」と思うかもしれない。
ただ、私は今まで旦那や長男と生活していて思ったのだ。

うつ病の人と一緒に暮らしていて本当にツライのは、

何をしてあげたらいいのかわからない・・・

ということなんじゃないか・・・と。

長男は、いつ怒り出すかわからない恐怖、
怒り始めてもどうしたらいいのかわからない不安から解消され、
見違えるように明るくなった。

子供の笑顔というのは、親にとっては何よりの栄養剤だ。
長男の笑顔がひとつ増える度に、私の重荷もひとつずつ減っていった。

ずっと不安だらけだった長男の育児。
しかし今は、失敗したり、意地になったり、どんくさかったり・・・
そんな長男の人間くささを面白いと感じられるようになった自分がいる(^ー^)


「自分の苦しみが家族を苦しめる」へつづく
【2008/11/06】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
自分の苦しみが家族を苦しめる
旦那に対しては自分の意見がある時にははっきり言って欲しいと言ったが、
これは見事に失敗に終わったと言っていい。

・・・というのも、私は非常に記憶が曖昧である。
時間の経過の感覚も狂っているし、
自分が話した内容を覚えていないことも多い。

そのため怒り狂っている時に、
過去に話したこととは正反対のことを言っていたりするのだが、
そのことを指摘されても、自分は言った覚えがないので、

「いい加減なこと言わないで!」・・・となってしまう。

また、「あんたのせいで私は不幸になった」
「あんたがバカだから治らない」など、常に自分は被害者であることを訴え続け、
相手の性格、思考、行動に至るまですべてを否定し、追い詰める。

そのため、言われている旦那のほうは、
だんだん自分はそんなにダメな人間なのか・・・と思えてくるらしい。
反発しようにも、肝心なことは「記憶がない」「知らない」。
これではどうにもならない・・・。

そして、最終兵器が「死ぬ」「子供を殺す」である。
これを言われてしまってはもう抵抗のしようがない。

そこまで自分でわかっているなら止めれるのでは?

と思うかもしれない・・・。

だが、これが止まらないからこそ病なのだ・・・。

怒りで頭がいっぱいになってしまっている時は、
本当に相手が「どうしようもない、世界で1番役立たず」という感覚しかない。
だからこそ、平気で殴りかかり、首を絞め、包丁さえ持ち出すのだ。

私の症状が正確に境界性人格障害に当てはまるのかどうかはわからない。
ただ、この言葉を知るまで、私はまったく自分の異常行動に気付いていなかった。

理解不能な発言をしていることも、
被害者から加害者に変わっていることも、
周りの人を追い詰めていることも・・・。

「絶対に怒らないから正直に話して欲しい。きちんと受け止めたい」
そう言って初めて、旦那に教えてもらったのだ。

旦那にしてみれば、私の異常さに気付いていても、
それを言うことでかえって悪化や混乱を招くんじゃないかという心配があり、
言いたくても言えず、ただただ暴言や暴力に耐えるしかなかった。。。

恐ろしいことだ・・・。

心の病を治すのは簡単じゃない。
でも、簡単にあきらめるわけにもいかない。
大切な者を守るためにも、心の病はやはり治さなくてはいけない・・・。


「うつ病退治 第2弾」へつづく
【2008/11/07】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
うつ病退治 第2弾
旦那の場合は直接ぶつかってもダメなようだったので、
少し違う方法を考えてみた。

過去に自分が怒りながら話したことの記憶を辿ったり、
旦那に聞いた話などを自分なりに整理してみたのだが、
納得できるところもあれば、
「それ、ホントに私が言ったの?」と思えるようなところもある。
正反対のこと、つじつまの合わないこと・・・

つまりは、言葉巧みにまくしたてられるので、
一見正しいことを言っているように聞こえるが、

実はあまり意味がないのでは?ということ。

うつ状態の時もそうであるが、普段の自分とは明らかに違う思考をしている。
だったら、その言葉を信じ、忠実に尽くしても無駄なんじゃないかと思った。

そこで、あえて、怒っている時の言い分は無視して、
調子のいい時のみにスポットを当てる方法

調子が悪くなりだすと、言いたいことがあっても言えなくなる。
できるだけ、調子のいい時の会話から、
今現在何が不満なのかを探っておく。

テーブルの上がいつも散らかっている、庭の草が伸び放題など、
不満に思っていることを覚えておいて、
調子が悪くなった時に、それを行動して解決するのだ。

何で怒っているのかわからない、何が原因でうつ状態に陥ったのかわからない、
そういう時は、とりあえず原因探しは後回しにして、思いつくことを行動してみる。

要は、「何をしていいのかわからないから、何もしない」

という状態を作らないようにするということ

普段から気になっていることが解消されてることに気が付いたり、
旦那が自分のために一生懸命やってくれていることに気付けば、
多少なりとも気分は上向くはずだ。
うまくいけば、そこで本題の会話に持ち込める。

会話ができるようになれば、怒った原因、うつ状態に陥った原因がわかる。
解決が早ければ早いほど、立ち直りも早いはず・・・。

・・・と考えたのだが・・・


「伝える難しさ」へつづく
【2008/11/08】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
伝える難しさ
うつ病退治と偉そうな題名をつけたわりにはたいしたことない、
「調子のいい時に現在の不満を探る」作戦の結果は、正直・・・微妙・・・

私が不調になり始めた時に、突然庭の手入れを始めた旦那。
あ、以前私が「庭の草が伸びてるのが嫌だ」って言ったからだな・・・と気付いた。

そして、手入れが終わって家に戻って来た旦那。

「いや?、庭がすっきりして気分がいいわぁ?。
前から気になっててさぁ?(^∀^)」


と明らかに不自然な発言・・・。

それ絶対違うだろ・・・庭のことなんか気にしたことねぇだろ・・・
てか、それ私が教えたセリフそのまんまじゃね??( ̄□ ̄;)

旦那のあまりの大根役者ぶりに撃沈です・・・

でもこの努力は決して無駄ではなく、改めて
旦那も一生懸命私に協力してくれてたんだなということを再確認できた。

今までの私は、旦那に対して
なんで理解してくれないんだ!なんで何もしようとしてくれないんだ!
と腹を立ててばかりいた。

でも改めて自分は「どうしてほしいのか?」ということを考えると
とても難しいことに気付いた。

カーテンを開けるのか閉めておくのか、
そっとしておいたほうがいいのか、声をかけたほうがいいのか、
外に連れ出したほうがいいのか、休ませたほうがいいのか・・・

私にしてみれば、その時によってしてほしいことが違うのは当たり前だけど、
毎回毎回違うことを言われる旦那にしてみれば、
どうすればいいのかわからなくなって当たり前。

「どうしてほしいの?」と聞かれることにさえ腹を立ててた。

そんなことぐらい自分で考えてよ!

うつ病の人の対処法なんてネットで調べればいくらでも載ってるじゃない!
なんで調べようともしないの?

・・・調べたところで、その日の私の気分に合った対処法なんて載ってない

うつ病の本人である私がどうしてほしいのかがわからないのだから、
旦那もわからなくて当たり前。
責める必要なんてまったくなかったんだよね(^ー^)

むしろ、私のほうが、しっかり自分と向き合って、
自分の素直な気持ちを旦那に伝える努力をしなければいけなかった・・・。

本当に探さなければいけないのは「うつ病の人の対処法」ではなく、
私の正直なココロです。


「うつ病と薬」へつづく
【2008/11/09】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
うつ病と薬
私はうつ病になって2年ほどで通院をやめているが、
それは決して病院の先生が気に入らなかったわけではない。
むしろ感謝している。

私が通院していた精神科は、「薬に頼りすぎない治療」を目指しているところで、
診察自体は短時間だが、カウンセリングは45分もあった。

どんなに症状が悪化しようが、薬の量が極端に増えることはなく、
頻繁にアムカをしていた頃でさえ、朝昼晩2錠ずつと睡眠薬だけ。

トータル1日7錠

なかなかアムカがやめられなかったり、自殺願望が強くて仕方なかった時も、

「心が安定してくれば自然にやめられるから大丈夫」

という返事だった。

泣きながら病院に駆け込んだ時や、歩くこともままならない時は、
点滴や注射などをしてもらうこともあったが、
基本的にはカウンセリングで解決法を探しましょうという感じ。

一見、冷たいように感じられるかもしれないが、
この時にもし、「じゃあ、もっと効く薬に変えましょう」とか、
「もっと量を増やしましょう」と言われていたら、
私は間違いなく薬漬けになっていたと思う。

薬を変える、あるいは量を増やすというのは、
治療としては当たり前の選択肢かもしれない。

しかし、「他の薬ならもっと効くのかも」、
「もっと増やせばラクになるかも」という誤解を生んでしまう。

病院に行った時はとても調子が良くても、
家に帰った後に何か嫌なことがあれば、簡単に悪化する。

死にたくてたまらない瞬間も、眠れなくて気が変になりそうな時も、
狂ったように腕を切り続けている瞬間も、診察時間外であれば先生はいない。
当たり前のこと。

つまり、本当に苦しくて苦しくてたまらない時は、

どうあがいても自分で解決していくしかないのだ。

そう、本当に変えなければいけないのは薬や病院ではなく、
自分を取り囲む環境や、うつに陥りやすい自分の思考である。

探さなければいけないのはより良い病院ではなく、
少しでも早くうつ状態から立ち直れる方法である。

薬や休養でどれだけ一時的に回復しても、
同じ思考で同じように行動している以上、
何度でも同じ失敗を繰り返してしまう。

うつ病は頑張っちゃいけない?

どんな病気であっても、医者の助けを借りながら、自らも努力をするものだ。
食事に気をつけ、規則正しい生活を心がけ、適度な運動をする。

なぜうつ病だけが特別扱いなんだろう?
なぜうつ病だけが先生にすべてを委ねてしまうのだろう?

自分が治りたくないと思っている以上、
先生がどんなに頑張ったって無駄ではないのか?

子供達との関わりを続けていく中で少しずつ思考が変化し、
そしてその度に心が軽くなっていくのを実感した。

気が付けば、うつ独特の波が消えていた。
極端に嫌な出来事さえ起こらなければ、
意味もなく落ち込むということがなくなったのだ。

なぜ私はうつ病になったのか?

今ならわかる。
私は自分で自分を苦しめ続けていたのだ。。。


「完璧主義から抜け出す」へつづく
【2008/11/28】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
完璧主義から抜け出す
うつ病になりやすい性格のひとつに完璧主義があるが、
実は私は、完璧主義だという自覚がなかった。
逆に自分ではいい加減な性格だと思っていた。

でも、双子を育てていく中で、長男の時と同じようにできない苛立ちと葛藤し、
長男の時に頑張りすぎていたことに気が付いた。

長男はとても頭が良くて成績が良い。
でも、私はそれを当たり前のことだと受け止め、
運動が苦手なほうや、行儀が悪いほうばかり見ていた。

パーフェクトじゃないと許せなかったのだ。。。

長男だけじゃない。
人付き合いすべてにおいて、少しでも嫌な部分が見えると、
急に見下した態度をとったり、距離をおいたりしていた。

完璧な人などいないとわかっているはずなのに、
他人の欠点を許すことができなかったのだ。

なぜだろう・・・?

それはきっと自分が認められたことがないから・・・。

母親に否定され続けたから・・・。

本当は、結果に関係なく「よく頑張ったね」「すごいね」
と言われたかったに違いない。
中途半端でも、努力したことを認めて欲しかったに違いない。

でも、何をやっても、結果を出してもなんの反応もない。
それどころか「次は・・・」と言われてしまう。
その積み重ねが私を狂わせた。

中途半端にやったのに、お情けで「頑張ったね」なんて言われたくない。
うつ病でただ寝転がってるだけなのに、
「生きてるだけで頑張ってるんだよ」なんて言われたくない。

こんな惨めな自分、絶対認めたくない!

・・・でもね・・・
本当に惨めだったのは、振り回すだけの母親に
何十年も人生を捧げてしまったことだ・・・。

私はもう母親の手を借りなくても生きていけるんだ。
母親の機嫌取りをする必要はないんだ・・・。

本当に自分が好きなものを探してみよう・・・。

今まではきっと、無意識に母親の気に入ってくれそうなものを
選んでいたに違いない。
服も髪型も、仕事も、友達も、何もかも・・・。

私は本当はどんな生き方がしたいんだろう?
どんな服が好きで、どんな音楽が好きで、どんな遊びが好きなんだろう?

干渉されても昔みたいに言いなりになる必要はない。
好きなように生きることができるんだ。

それって幸せだね(^ー^)

本当の自分って、どんな人なんだろう・・・。


「未完成の面白さ」へつづく
【2008/11/29】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
未完成の面白さ
完璧主義を改善するために自分でいろいろ方法を考えたが、
実際にできたのは、長男に対して怒るのをやめたことぐらい・・・
長年の考え方を変えるというのはやはり簡単にはいかない。

それでも、少しずつ完璧を求めることがなくなっていったのは、
長男の友達のおかげであった。

長男の友達はとても個性が豊か。

食べることが大好きな1人っ子の「ぽっちゃり君( ´)Д(`)」
怖い両親を持ち、兄弟の多い「日本男児君(`・ω・´)」
母親がフィリピン人で、おしゃべり上手な「ペラ男君(゚∈゚*)」

例えば、ぽっちゃり君は食べることは好きだが、好き嫌いが多い。
バランスの良い料理を出しても、たいてい野菜は食べない。

それを、日本男児君がぽっちゃり君に、
「野菜も食べろ」とか「せっかく作ってくれたんだから残すな」とか、
いろんなことを言っている。

または、日本男児君は悪ふざけが過ぎて、つい手が出てしまう。
それをペラ男君が、
「あいつはすぐ叩いたり蹴ったりするから嫌いだ」と言ったり、

ペラ男君はおしゃべりが過ぎて、内緒のことまで人に話してしまう。
それをぽっちゃり君が「あいつは信用できない」と言っていたり・・・。

皆が皆、良いところもあれば悪いところもある。

完璧じゃないって面白い!(^Д^)

これがもし、全員ひとつも悪いところがなかったら・・・
やっぱり気持ち悪いかもね・・・( ̄_ ̄lll)
・・・というのか、誰が誰だか区別もつかない。

今まで私は長男に、勉強ができて、運動ができて、行儀が良くて、社交的で・・・
と、気が付けば驚くほどたくさんのものを求めるようになっていた。

もちろん、そんなことできるはずもないし、
できたからといって、長男が幸せになれる保障はどこにもない。

行儀が悪くて、気が利かなくて、すぐにすねる・・・
でも、そんな長男と一緒に遊びたくて毎日友達がやって来る。

人は欠点があるから面白い。
欠点があるからこそ、支えあう。


そんなものかもしれない・・・。

わいわいがやがやと、すっかりにぎやかになった我が家
時々腹を立てながらも子供たちの相手をしている自分。
子供たちと一緒になって遊んでいる自分。

いろいろな世界を見てきてたくさん歪んでしまったけど、
本来の自分はやっぱりにぎやかで楽しいことが好きなんだな・・・。
そして、ずっと嫌いだと思ってたけど、子供が好きなのかもしれないな・・・(^ー^)


「雲をつかめ」へつづく
【2008/12/03】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
雲をつかめ
長女が歩くようになってから、よく長女を散歩に連れて行く。
家の近所をただブラブラするだけなのだが、
長女は走ったり、石ころを拾ったり、本当に嬉しそう^^

ある日、長女が空に向かって一生懸命両手を広げている。

ああ、これが雲をつかむってことか・・・!(゜∀゜)

話には聞いたことがあるが、実際に見るのは初めて
目の前にあるから手が届くと思ってるんだな・・・。
一生懸命ジャンプしたり、めいっぱい手を伸ばしている。

大人から見たら絶対に不可能なこと・・・
でも、一生懸命雲をつかもうとしている長女をみていると、
なんだか本当につかめるんじゃないかという気さえしてくる。

私はいったいいつ雲をつかもうとすることをやめたんだろう・・・。
小さい頃はきっと長女と同じように、つかめると思っていたはずなのに・・・。

不可能ってなんだろう・・・?

無排卵で苦しんでいた時は、結婚も妊娠も無理だと思っていた。
でも、2回も結婚して4人も子供がいる。

家が貧乏で、制服もカバンもおさがりばかりだった子供時代。
結婚しても借金地獄に陥り、その日食べるものにさえ困っていた数年前。
でも、今はコンビニでおにぎりを買うことが出来る。

自分の部屋を持つことなんか昔はできなかったのに、
今では中古でも一軒家に住み、自分の車まである。
なんて贅沢な暮らし・・・。

長男と2人っきりの寂しい部屋で腕から血を流して泣いていた私。
あの日の私に今の未来が見えていただろうか・・・?

過去の私と話すことが出来るのなら、私は言うだろう。

不可能はない。あきらめずに頑張れ!

止まっているようでも、同じことの繰り返しのようでも、
時間は確実に進んでいる。

今日の一歩はちゃんと未来に続いている(^ー^)


「完璧主義はどこへ行く?」へつづく
【2008/12/04】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
完璧主義はどこへ行く?
以前「完璧主義から抜け出す」という記事を書きましたが、
個性豊かな長男の友達や、完璧にすることが不可能な双子育児のおかげで、
ずいぶん気分的にはラクになりました。

でも結局、やっぱり完璧主義は完璧主義なんですね。
簡単には変われません(^∀^;)
そこでこれ以上周りに迷惑をかけないために考えたのは、

完璧主義のはけ口を見つけること 

人に完璧を求めるのはやめるのですが、
やっぱりそれではストレスが溜まってしまうんですね。
だから、人意外の部分で好きなだけ完璧を追求する。

私の怒りは原因不明のものや、突発的なものが多い。
境界性人格障害のようなものと、うつと育児疲れなどが入り混じった、
とても説明のつかないものがほとんどです。

つまりは、怒る必要のないもの。

下手に目に付いたり、口に出してしまうことで、
どんどん怒りに火がついて収まりがつかなくなってしまうんですね。

だから長男やその友達たちが少々ムカつくような行動をしても、

見ざる、聞かざる、言わざる(>_<)  

そして、完璧にしたい欲求が出てきた時には、
とにかく掃除をしまくる

もともとが完璧主義なので、やり始めれば、
タンスの位置があと何センチ右がいいとか、
コップを並べる位置はもう一段下のほうがいいとか、いつまででもやってます。

例えば、このブログのテンプレートも、いじり始めるとキリがありません。
文字はこの色で、背景はこの色で、幅はこのぐらいで・・・と、
これまたいつまででもやってます。
壊したテンプレートは数知れず・・・。( ̄∀ ̄;)

ただじっくりと何かを追求する時間があると、
精神的には結構満たされます。

掃除を極めれば掃除の達人、
テンプレートを極めればテンプレートの達人

他人に迷惑さえかけなければ、
完璧主義はそんなに悪いもんでもないですよね。

上手に付き合って、いつか何かの才能が開花すればなぁ・・・
と甘い夢を見ている今日この頃です( ̄m ̄*)


「夫婦のすれ違い」へつづく
【2009/01/16】 | うつ病奮闘記② | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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